第177話 初耳

 ライリーに帰還した。


 冬のサロンの暖炉前。


 目の前のソファーではお父様とエルフのアシェルさんがお酒を飲みつつ、燻製のお魚などを楽しんでいる。


「つまり、通常は空を飛ぶサメの魔物など存在しない。

状況から察するに、人魚のマナを取り込んだクラーケンがサメを飛ばしていたんだ」


「流石は長寿のエルフ。物知りだな」


 このように雑談などもしつつ……。

 私もちょっと混ざろう。


「アシェルさん。今の時期にも咲いてる、いいお花畑がある場所を知ってませんか」

「お花畑? 今は冬だよ、ティア」


「だけどアシェルさんなら、いい感じの花が沢山咲いてる南の島とか知ってるかなって」

「この冬にわざわざ花畑を見るために南の島に行こうとしてるって事かい?

何のために?」


「ギルバート殿下が私の守護騎士になりたいらしくて。

でも正式に騎士にするのは、殿下が成人する15歳まで待っていただく事にしたの……」


「ゴホッ……! ティ、ティア! その重要な話は父である私も初耳なんだが!」


 まだ話しをしてる途中なのに、お父様が慌てて会話に割り込んだ。


「その……私に剣と、未来、人生を捧げるみたいな話でしょう。

告白めいてて恥ずかしいので、人に言う心の準備が出来て無くて……言っていませんでした」


「何という事……」

 お父様が愕然としている。


「わあ……」

 長生きエルフのアシェルさんも驚いている。


「え? 断るべきでしたか? 真剣に言ってくれたのは確かなんです」

「いや、断るべきではない。だが、内容的にすぐに報告して欲しかった」

「申し訳ありません……」

「ティア。それで、殿下が守護騎士になる話と花畑は何の関係があるんだい?」


「まだ学院にも行って無い殿下をすぐにライリーに呼ぶのはどうかと思うし、とりあえずは将来騎士にすると言う、内定の証に短剣を渡そうと思うのですが、今は冬で庭園も寂しい感じだから……せめて渡す場所にはこだわりたいと言うか」


「つまり、花畑で剣を渡したいって?」

「そうなの。私、立派な剣は短剣しか持ってないから、せめてとても綺麗な場所で渡したいなって」


「ふっ……」

「ふふふ」


 ──む!?


「お二人とも何ですか? 私は笑う程おかしな事を言いましたか?」


「お花畑で自分の騎士に剣を……ね。ティアは可愛いね!

お顔もそんなに赤く、薔薇色に染まって……」


「ああ。我が娘ながら、本当に可愛い事を言う──」


 シチュエーションにはこだわりたい派なんです!

 映えは大事なんです!


「私の記念すべき最初の騎士候補なんですよ! 

自分からなりたいと申し出てくれたのです! 

本当は普通の長さの剣をあげたいけれど、私は持ってません。

王家から賜った短剣が手持ちで一番見栄えもするので、でもあの短剣は殿下も知っている物ですから、感動が薄いかもしれないし。

ダンジョンでレアな剣をゲットしたいけど、それはきっとダメだと言われるでしょうし」


「ダンジョン!? 無理に決まっているだろう。そんな危険な」


 Sランク冒険者のアシェルさんが血相を変えて却下して来た。


「アシェルの言う通りだ。

10歳になったら専属の護衛騎士を選ばせると言っただろう。

ちゃんとドワーフの工房に騎士に与える剣は注文してあるんだぞ」


「え? 騎士に与える剣の予算を組んでいたとは知りませんでした」


「発明品の大きな収入が入り出してから、コツコツ貯めて用意していたぞ」


「温泉地とかの復興に使ったかと思っていました」


「いやいや、全部はつぎ込んでない。

大事な娘を守る為の予算を別に取らない訳が無いだろう」


「でもきっと剣が出来るのは、私の誕生日のある春ですよね?」

「まあ、時間はかかるが。殿下は春まで待てないのか?」


「春はまだ殿下は12歳で、夏に13になっても正式な騎士にする約束は15歳の時で、どの道、他の騎士と一緒に叙任式はできないので……」



『あるよ、花畑』

「え? リナルド、本当に!?」


 近くで寝てるかと思ったら起きてたのね!


『森の中の滝の裏に、冬でも花が咲いてる妖精の花畑が有る』

「わあ! 妖精の!? 幻想的!」

「リナルド、森とはどこの森だ?」


『辺境伯も覚えがあるだろう。夜に光る木から樹液を取った場所のライリー内のレイゲンの森』

「ああ、レイゲンの森か」

「あの温泉地にわりと近い場所にある森ね!」


「しかし、あそこも結構距離があるな。また教会か竜騎士の手配がいるのでは。

予算は出すが、殿下は忙しいだろうに来れるのか?」


「殿下に春まで待つか、竜騎士と一緒に最寄りの教会に転移をする時間はあるか、お手紙で聞いてみます」


「まあ、ついでに温泉地の復興がどれくらい進んでいるか、視察も出来るな」

「殿下の別荘予定地や伯爵領の移民受け入れ施設も探せますね」


「ところで、クイーンへの褒美の短剣とはいえ、王家から賜った品を人に渡すのは止めておきなさい」


「え? ダメでしょうか。結局王族の殿下が手にする事になっても?」


「王家は怒らなくても他所の貴族にどんな嫌味を言われるか分からない。

念の為だ。違う剣を用意する」


「でも殿下にもうあの短剣を渡すとお手紙を出してしまいました」

「私が別に用意したと説明する。殿下なら理解していただけるだろう」

「……そうですか。考えが足りず、申し訳ありません。ありがとうございます」


「次は恥ずかしくても、ちゃんと相談してくれ」

「はい……」


 ──ん? 次なんか無いのでは?

 今回の件はかなりのレアケースだと思うのだけど。


 *


 ギルバート殿下に出したお手紙のお返事を待つ間に、作業をする。


 ドールのお洋服を縫ったり、後は彫り物。

 かまぼこ板の半分くらいのサイズの板に彫刻刀で絵と文字を掘っていたら、ラナンが声をかけて来た。


「お嬢様は木材に何を掘っているのですか?」

「スタンプを作っているの」

「スタンプは何に使う物ですか?」


「お仕事を頑張っている人にお弁当引き換え券をあげる為の物よ。

紙にスタンプを押してお弁当引き換え券にするの。

引き換え券を作って食堂で使えるようにしておけば、私に直接お弁当が欲しいと声をかけられなくても、

ピクニックやお出かけでお弁当が欲しい時に使えるしね。

春までに完成できれば良いと思って」


「あげるのはどなたですか?」

「とりあえず馬車の座面のコイルを入れる袋の納品で多忙だったマイラとリズとかのミシンを頑張って覚えてくれた人と厨房の人達とかかな」


「厨房の……」


「人に作ってばかりで自分たちで食べられないのは申し訳無いものね。

食材使って家にお土産を持って帰りたい時もあるでしょう」


「なるほど」

「そうだ、ラナンにもあげるわ」

「私は特に頑張っていませんが」

「ブロゲ、竜種の赤いボスを倒したじゃない」


「普通に仕事をしただけです」

「大将首を取ったような物じゃない?」

「食事は足りていますので、私の分は不要です」


「チケットはあげたい人がいたら、人にあげてもいいのよ。

このライリーの城の中でしか使えないチケットだけど。

仲良くなりたい人や、親切にしたい人が出来たら譲ればいいわ」


「……ありがとうございます」


 あげてもいいと言ったら、ラナンもようやく受け取る気になったようだ。

 せめて誰かと仲良くなるきっかけになれば良いとか、

 お友達に分けられる物があると良いよねって思ったのだけど……。

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