第174話 光の道しるべは空高く

 被害のあった村の有る山間部まで行くのには時間がかかった。

 一番近い神殿からでも山に登る必要があった為。


 こんな時、本当にワイバーンが欲しい。 空を飛びたい。

 切実にそう思った時。 

 ──風を感じた。 


「追いついた! 乗れ! セレスティアナ!」

「え!? 何でここにギルバート殿下が!?」


 突如、騎竜に跨るギルバート殿下が現れ、私をふわりと竜の背に引き上げた。


「王城にオースティン伯爵領から竜種の襲撃があったと知らせがあった。辺境伯と其方も

救援に向かったと聞いて、最寄りの転移陣に竜ごと移動して来た」


「お父様は!?」

「ほら、あそこだ」

「ティア!! こっちも竜騎士が拾って乗せてくれた!」


 近くを二人乗りで飛ぶワイバーンがいた。

 良かった!


「煙が上がっている所が村か!?」


 お父様の鋭い声が聞こえた。


「多分そうです! 狼煙だと思います!」


 お父様と同じ竜に乗る竜騎士が答えた。


 はっ! そうだ! ラナンは!?


 ──ええ!?


 ラナンを探して見れば、忍者のように木々の枝を足場に飛んでいる!!

 まるで鳥のように身軽に。


 リナルドも私の肩の上では無く、いつの間にか自分で飛んでいた。


 山に登ってる間に時間が経って空は薄暗くなって来た。


「下に竜種! ブロゲです!」


 お父様が竜騎士に低空へと指示を出して、5匹のブロゲを相手に劣勢になっている3人の戦士の前に飛び降りた。


 槍を振るってブロゲを横っ腹を強打し、薙ぎ払うと竜種が吹っ飛んだ。


 村に先に着いていた戦士は既に満身創痍だ。

 服装から冒険者らしい人が多い。


「こいつら、背中が硬いぞ! 刃が通らない!」


 冒険者の戦士からそんな声が聞こえた。

 ならば──


「背中が硬いなら、腹からはどうかしら!?」


『アース・スピア!』


 ズドッ!!


 私は魔力を練って竜種の腹に土魔法で大地の槍を突き立てた。

 3匹の竜種に、土の槍を背中まで貫通させた。


 ──つまり、串刺し状態である。


「通った!」


 ギルバート殿下が驚きの声を上げる。


「ギャオオオ!」


 竜種が大きな口を開け、威嚇のように凶悪な響きの雄叫びを放った。


 ──その刹那!


 ズドッ!!


「こっちも通ったぞ!」


 ブロゲの威嚇の咆哮に怯みもせず、好機とばかりに大きく開けた口の中を狙い、お父様の槍が貫通!

 そして、すぐさま槍を口の中から引き抜いた。

 血飛沫が舞う。


「竜種のボスはどこだ!? 群れのボスは!?」


 殿下の側近も竜騎士と同乗していて、上空からそう叫んだ。


『こっち! 他のより大きくて赤いの!』


 竜種の上空で旋回するリナルドの声が聞こえた。

 竜種とはいえ、こいつらには翼が無いから飛ばないのがせめてもの救いだ。


 赤いブロゲの首が一撃で切断された。

 閃光のように速い動きで駆け寄ったラナンが首を落としたのだ。


 流石戦闘タイプ! 

 いつの間にか追いついて、見事にボスを仕留めた。


 首領を失った他のブロゲに戸惑いが生まれた。


「夜が来る前に決着を! やつらが闇に紛れたら厄介だ!」


『ティア! 歌を!』


「リナルド!? こんな時に何の歌を!?」

『闘神を讃える歌で味方にバフが乗るよ!』

「わ、分かった!」


 剣戟音が響き、血飛沫が飛び散る中で、闘神を讃える歌を歌った。


 歌が響くにつれ、青いオーラに包まれた味方が体力と気力を持ち直して来た。


「体が軽くなった! 残敵を掃討せよ!」


「応!」

「うおおおおおおッ!!」

「おらああああっ!!」


 戦場に野太い声が響く。


「くたばれや! クソトカゲが!!」

「みなぎって来た──っ!!」


 戦士達の咆哮と共にバフが乗った攻撃が竜種を叩きのめして行く。


 ギャアア!


 山間の村に竜種の断末魔の叫びと戦士達の怒号が響き渡った。



 陽が暮れて戦闘は終わった。


「何匹かは逃走したが夜の山の中で探すのは困難だ! 深追いするな!」

「負傷者を集めろ!」

「生存者はどこだ!?」


 村の人間と家畜に多く犠牲者が出ていた。


「高床式の食料倉庫の梯子を外した中に、何人か村人の生存者がいました!」

「二階のある家にも少し生存者がいました!」


 梯子を外したら上の階には登って来れなかったらしい。


「一階しか無い家は!?」

「扉を壊されている所は残念ながら」


 お父様がインベントリからテントを出してくれたので、そこに負傷者が集められた。

 紛争地域の野戦病院みたいだ。


 私は竜の背から降りて、怪我人に治癒魔法をかけてまわった。


 生存者には大切な家族を失った人達がいて、泣き声や啜り泣きが聞こえる。

 痛ましい姿だった。


「生存者はほとんどが戦えない、女子供や老人だな」

「男達は家族を守る為に戦ったんですね」


 ギルバート殿下の側近の騎士達がいつの間に側に来て話をしていた。


 村の男性達は勇敢だった……。

 テントに入る前に見た。

 愛する者を守る為、死に物狂いで農具を振るった痕跡があった。

 それは血に塗れた鍬だった……。


 涙が出た。


「疲れた……」


 攻撃と治癒魔法でだいぶん魔力を消費したらしい。

 私は膝をついた。


「セレスティアナ。お疲れ様」


 水を差し出してくれる王子様がいた。


「ギルバート殿下……ありがとうございます」


 殿下は私にコップに注いだ水を差し出してくれた。

 さらにハンカチも貸してくれた。


 泣いて失われた水分を補給出来た。

 よしよしと、頭も撫でてくれた。



 魔獣に襲われ、食い散らかされた遺体がそこかしこにあった。

 犠牲者の遺体は焼かれた。


 寿命などの自然死では無い場合、遺体に悪い物が憑かないように火葬にされる。


 私はもう一度歌を歌った。

 今度は鎮魂歌を。


 すっかり夜になり、闇に包まれた山の中。


 私は光魔法を使って光球を天に向かって放った。

 亡くなった人達の魂が、暗い闇の中でも迷わず、天に昇れるように。

 道しるべとして。


 周囲にいた人々も、丸い光が遺体を焼いた煙と共に昇って行くのを見た。

 いくつもの光の球が空高く、神のおわす、天上へと……ゆっくりと昇って行く様を…

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