第172話 秋色の景色

 私は乙女ゲームのシナリオを考える。


 今度はお試しサンプルじゃなくて、商品版の。

 ひらめきは日常の出来事からもやって来る。


「だからね、その時私は泣いているリズに新しいハンカチを貸す事も出来たけど、せっかくイケメン騎士が先にハンカチを渡してあるのに、私の同じ行為で上書きしたら、台無しになるのでは!?

という心配があったのね」


『それでティアはハンカチを持っていたのに、リズに渡せなかったんだね』


「そう。

私が仮にハンカチを渡そうとして、リズが「いいえ、私にはもう騎士様が貸してくれたハンカチがあります」って、断るとしたら、ドラマチックなんだけど」


『うん』


「ここであの時の私がよく分からない金持ちの女の子ではなく、男だとしたら、ほら、乙女ゲームのルート選択肢が出てきそうな、分岐ネタになりそうみたいだなって、さっき思ったの」


『ティアはあの時、リズにハンカチを渡す代わりに背中をポンポンしてたよね。

僕はティアのバッグの中から状況を把握していたんだ』

 

「そう。

あの時はともかく、騎士とのロマンスを潰さないように考えた結論が、新しいハンカチを渡す代わりに、背中ポンポンだった訳」


『ティアの脳内でその場面が後に、乙女ゲームネタに変換されたのは理解した』


「ゲームにするならば私の存在を、設定を男にして、実は辺境伯令息だった男から新しいハンカチを受け取る。

その場合、その選択肢で騎士ルートのロマンスが始まるはずのフラグが折れる可能性がある。

─まで、さっき考えたわ」


『身分的に孤児と王族の護衛騎士や辺境伯令息とのロマンスは難しいのでは』


「夢も希望も無い事を言わないで。

ともかく、これからヒロインは借りたハンカチを洗って返すという行為でまた騎士に会う理由が出来る。

また新たなイベントが発生するかも」


『まあ、ギルバート殿下にくっついてライリーにまたあの金髪イケメン騎士が来る可能性はあるけど』

「普通にあるし、側近だから絶対に来るわ」


『でもゲーム機になるクリスタルが購入出来るのは富裕層の貴族の令嬢だろうに、主人公が孤児で共感は得られるものなのかな?』


「そこは実は貴族の血を引いていました設定を付けるとかね。

駆け落ちした貴族の子供だったけど何かの不幸で親が亡くなって、親族がずっと探してたらようやく見つけたみたいな」


 ラナンは口を挟まず、扉近くの椅子に座って私達の話をずっと静かに聞いている。


 なので私はこんな風にリナルドを相手に乙女ゲームのシナリオのネタ話をしばらくしていた。


 すると、自室の扉を叩く音が聞こえた。

 そろそろダンスの練習時間だからアリーシャだろう。


「お嬢様。そろそろダンスレッスンのお時間です」

「はーい!」


 やっぱりそうだったと思いつつ、練習用の服に着替えてレッスン室に向かった。


 騎士の少年が行儀よく壁際の椅子に座って私を待っていた。


「お待たせ。セドリック君、今日はよろしくね」


「は、はい。本日はお嬢様のダンスレッスンのお相手に選ばれ、光栄です。

どうぞ、僕、いえ、私の事はセドリックと、呼び捨てて下さい」


 ダンスする前からお顔が赤いわね。

 緊張しているのかな。


「では、セドリック。レッスンをはじめましょう」


 そう言って私は手を差し出した。


 記録のオーブの再生機能で音楽を流す。

 この辺境に楽師を呼んで雇うのが面倒なので、有効利用している。


 何度か休憩を挟んでレッスンは終わった。


「湯殿の用意はしてあるし、湯殿から上がったらおやつをメイドが運んで来るから、お父さんも休憩にして、よければ一緒に食べていってね」


「あ、ありがとうございます! お嬢様!」


 私は笑顔で手を振ってお風呂に向かった。


 お風呂上がりにレモン水を飲んで、おやつのアイスを食べた。

「あ〜、美味しい」




 〜 一方その頃の騎士の息子セドリック 〜


「父上! 知ってたけど、お嬢様、めちゃくちゃ可愛いくて綺麗だったです!」


「前より身長も伸びてますますお綺麗になっていたな」

「本当に妖精か天使のようで、手も僕より小さくて、柔らかくて、ひらりと舞う淡い紫色のスカートが花びらに見えて来るんですよ!」


「ははは。セドリック。ちょっと落ち着け」


 コンコン。

 ふいにノックの音が響く。


「どうぞ」

「失礼します」


 サロンで父親の騎士と合流したセドリックの元に、メイドがおやつを運んで来た。


「アイスクリームです。どうぞ」

「うむ」

「ありがとう」


「……冷たい! 美味しい! 白いのに何か茶色いソースがかかっていますね」


「それはバニラアイスに茶色のチョコレートがかけてあります」

「へー! 君、説明ありがとう」

「分からないことが有れば、いつでも聞いて下さいませ」


 側で控えているメイドがおやつの説明をし、ぺこりと頭を下げた。


「これはチョコレートと言うのか。美味いな。いや、ここの食事は全部美味い。最高だ」

「父上ばかり狡いです」


 セドリックは少しむくれて見せた。


「私はただの臨時の交代要員だが、お前もいつか城勤めの騎士に選ばれるといいな」


「父上は他に、どんな物を食べたのですか?」


 興味深々で父親に質問する騎士の息子セドリック。


「前回来た時は生姜焼きという肉にキャベツを刻んだ物。

それと、チーズエビマヨ?だったかな。やたら美味しいスープとか。

貝とエビから取ったダシが効いてて美味いのだとか言っていた」


「は──。よく分からないけど美味しいんだろうな」


「今回のは一緒に食べたから分かるだろう」


「滑らかな卵サンドとローストビーフサンドとフルーツヨーグルトにジュース。

全部美味しかったです」


しばらく父と子は楽しげに会話をしていたが、城勤めの背の高い黒髪の騎士がサロンに入って来て、ティータイムは終わりとなった。


「おっと、交代で私の休憩時間は終わりだ。先に帰っておくのだぞ」

「はい。父上」


 爽やかな秋風の中を、馬を走らせ、帰路に着く騎士の子。

 空はもう夕焼け色になっていて、草原の緑も、秋色に色着いていた。

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