第169話 夜の紅葉見物
紅葉の季節になった。
豊穣祭の後。
殿下にお手紙で王都の紅葉ライトアップ見物に誘われたので、お父様に相談した。
夜か──と、お父様はしばらく考え込んだが、ちゃんと護衛騎士を連れて側を離れないからとか、王族からのお誘いだし、とか説得して何とか許可を貰った。
*
秋も深まって木々が赤や黄色に色着き、紅葉した。
来ました。
王都の紅葉ライトアップ!!
夜見ると幻想的でひと味違う美しさ。
本日もお忍び用茶髪のアリアカラーで参りました。
護衛騎士はラナンとジャンケンの勝者のレザークとローウェ。
出店もいっぱいで賑わっている。
そこかしこにお酒を飲んで上機嫌の人達がいる。
前世で何度も見た、公園での春のお花見みたいな雰囲気になっている。
さてと、ガイ君カラーの殿下はどこかな?
私はキョロキョロと周囲を見渡した。
「席取りをしているなら、良い席におられるのでは」
レザークが言った。
「でも変装しているんでしょ。王子様として取ったなら貴賓席だろうけど」
「とりあえず、紅葉がよく見える場所に移動してみましょう。池のそばとか」
ローウェもそう言うので、池の側に行ってみた。
「アリア!」
こちらに向かって手を振り駆け寄る黒髪の美少年。ガイ君に変装した殿下だ!
取った場所に連れて行ってくれた。
レジャーシートの代わりの敷物が敷いてある。
「池越しの紅葉がよく見える、良い場所を取ってくれたのね」
「ああ。どうする? 池に浮かべた船にも乗れるぞ」
「とりあえず今は乗るより撮影したいの」
「分かった」
ウロウロしながら色んな角度から乙女ゲームの背景資料を集める私。
池に映り込む光と紅葉した木々達。
魔石の光が照らす紅葉は本当に幻想的。
船遊びデート中のどこかの貴族も撮影させて貰った。
「ラナン、紅葉が映える池の前に立って。隣にローウェかレザークも立って」
「はい」
「じゃあ私が」
ラナンの隣に立ったのはローウェだ。
ふふふ。綺麗な紅葉の背景と美男美女の参考資料が充実して行く。
「おい、そろそろ踊り子のステージが始まるぞ」
「衣装がすげー色っぽいらしい」
「そいつは見逃せねえな。夜に来て良かった」
不意に周囲から、そんな紅葉を見に来たらしき、おっさん達の声が聞こえた。
行くしか無い!
「ちょっと行って来るね」
「待て待て、俺も行く」
「いいけど」
殿下がついてくるようだ。
「そう言えば、チョコケーキ。とても美味しかったぞ。
それと壺のチョコを姉と……義理の母が分け合っていた」
「奪い合いじゃなく分け合ったなら良かった。
でもお姉さんからはこちらにも交易の申し出があったのだけど」
「自分の所に来るまで待てなくて……実家にねだりに来たんだろう」
「あら」
お互いやんごとなき家の者のお忍び中ゆえ、言葉を選びながら会話をしつつ、私達はステージの近くに来た。
いかにも踊り子です!と言った風の、透け素材も使った色っぽい衣装の踊り子さんが音楽に合わせて踊っている。
良いねえ。色っぽいし、綺麗だ。記録のクリスタルを構えてしばらく撮影。
黒髪に褐色肌でエキゾチックな美女だ。
ふと隣にいる殿下の様子を見たら目が合った。
「な、なんだ?」
「……」
今回もどうやら踊り子だった亡くなった母親を思い出して落ち込んでる様子は無い。
ひとまずほっとした。
「ガイ君。そろそろ屋台の方に移動しよう」
「ああ」
「全く仕入れ一つまともに出来ないなんてね!
見なよ。こんな小さくて酸っぱい林檎なんて全く売れないじゃないか!
普通の林檎すら買って来れないってどう言う事だい!」
「ご、ごめんなさい。仕入れ先のおじさんがこれしか売ってくれなくて」
14、15歳位の女の子が果物屋のおばさんに怒られている。
顔は可愛いけど、服がボロくて身なりはあまり良くない。
どうも仕入れに失敗したらしい。
「そんなはずは無いだろ! 相手も商売だってのに」
「……この林檎、試食してもいいですか?」
「銅貨1枚」
私の問いに店主のおばさんは不機嫌そうに答えた。
私は銅貨を一枚払って小ぶりな林檎を掴んで一口齧った。
「……なるほど、酸っぱい」
甘さが圧倒的に足りない品種かな。
「そうだろう。無駄金使わされて大損だよ!
全く顔しか取り柄の無い女ね! あんたもうクビ!」
「え!? そんなおかみさん!」
いきなりクビを言い渡されたお嬢さんは涙目だ。
これは大変。
「お姉さん。この林檎の仕入れ値はいくらだった?」
「銀貨6と銅貨8です」
「じゃあ、おばさん。
私が銀貨7枚でこの売れない林檎を買い取るわ。
それと、掃除、洗濯、料理、縫い物のどれかできるなら、クビになったお姉さんもうちで引き取るわ。
うちで働く? どう?」
「え!? いいんですか!? 掃除でも洗濯でも頑張ります!」
お嬢さんは私を見て、驚きつつも縋るような目をしてる。
10歳にもなっていない女の子が急に雇うと言うので、驚くよね。
藁にも縋りたい風情だけど。
「はあ? 金持ちの家のお嬢さんかい?
うちはそりゃ構わないけどね」
「おばさんもいいらしいから、じゃあ取引き成立ね」
それっぽい魔法陣を描き、魔法の布と見せかけたインベントリに箱買いした林檎を突っ込んだ。
そしてやたらと細い、お嬢さんの手を引いて、殿下が席取りしてくれてた敷物の有る場所まで移動した。
「さて、うちの勤務地は結構遠いの。
住み込みで働く事になるけど、本当に大丈夫?」
最終確認。
「だ、大丈夫です。
育てて貰った教会の孤児院は私の年齢が14になり、もうすぐ出なければならないので」
「……嫌な事を聞いて申し訳ないけど、大事な事なので確認させて。
孤児院という事はもしかして家族がいない?」
「はい」
「じゃあ、名前を教えてくれる?
今ちょっと私は名乗れないけど、後で教えるから」
「私の名前はリズです」
「では、リズ。
持って行く荷物をまとめて、孤児院でお世話になった方に、新しく住み込みの職場が決まったから出て行くと挨拶をして来て。
ローウェ、夜道は暗いし、危ないからその子に付き添って行って来て」
「はい」
ローウェは一つ返事で了承した。
「あの、孤児院までわりと距離があるので、それではお待たせしてしまいます。
どうせ私の荷物なんて寝巻きと古着しかないので。
後で、手紙でも書いて院長にはお別れを言います。服は残しておけば他の孤児院の子が着るでしょう。
私のもそうでしたし」
ん? 夜に帰らなくても心配しないような所という事かな?
しかもこのかつての居場所への執着の無さからも感じる、自分の物を持った事が無いような雰囲気。
だとしたら……それは寂しいわね。
「そうなの。大事な私物もないなら、このまま私のそばにいて、帰らなくていいのね?」
「はい」
「もしかして新しい服を貰った事が無い?」
「はい……古着しか着たことは無いです」
「じゃあ私が貴女に新品の服をあげるわ」
「私に……ありがとうございます!」
リズは涙目で花が咲くように笑った。
「ガイ君。さっきからそっちのけで話しててごめんね。
私に構わず紅葉を楽しんで来ても良いのよ」
私はずっと空気を読んで、静かに見守ってくれてた殿下に声をかけた。
「別に構わない。それより、リズとやら。
そもそも普通の林檎が売って貰えないってどういう事なんだ?」
「林檎の卸業者のおじさんが……普通の林檎が欲しければ……言う事聞けって体を触って来ようとするから、怖くて……」
泣き出した。よほど怖かったんだろう。
これは交渉が上手くいかなくても仕方ない。
「それは酷いわ」
「確かに酷いが、それならさっきの女主人にそう言えばあそこまでは怒られ無かったのでは?」
「あんまり優しくなさそうなおばさんだから、言いたくなかったのでは?」
「……はい。ひっく……そうです。ごめんなさい」
リズは俯いて泣いている。
そっとハンカチを差し出す殿下の側近の金髪イケメンのリアンさん。
「全く、悪い大人がいるな」
「処しますか?」
呆れる殿下に、物騒な事を耳打ちするエイデンさん。
「もう夜で人探しも大変だ。お仕置きならまた今度だな」
「か、構わないで下さい。あのおじさんには、もう会わなければ大丈夫なので。
私、遠くへ行けるんですよね?」
「ええ、遠いわ」
「それにしても不味いりんごを沢山買い込んで、一体どうするつもりだ?」
「ガイ君。酸っぱいだけであの林檎は不味い訳じゃないよ」
「でも酸っぱいから売れないんだろう」
「今から砂糖で煮込むので、問題ないの」
「砂糖!? 高級な物では? あ、そうか。
さっきの魔法の布といい、きっとお金持ちのお嬢様なんですよね」
リズが一瞬驚いてから、そういえばと納得してる。
うちにはもはや瓢箪の砂糖があるのだ。
「あはは。とりあえず砂糖は持ってるから、ちょっと待ってね」
キャンプ用BBQセットと鍋をインベントリから取り出す。
BBQセットは火を使うので敷き物の上ではなく、土の上。
「りんごの皮をむき、食べやすいサイズに切り、芯を取り除く。
リズ、この作業できるなら手伝って」
「はい! ジャガイモの皮むきとか孤児院でもやっていました!」
「じゃあ、次にガイ君。このボウルに手を洗う水をくれる?」
「任せろ」
頼られて張り切っている。可愛い。
魔法の水をボウルに出して貰って手を洗った。
私はリズと一緒にりんごの下拵えをした。
ラナンも手伝ってくれた。
鍋に林檎と水と砂糖を入れて水分が飛ぶまで煮込む。
途中周囲の紅葉を見ながらも、煮詰める。
……完成!
ついでにミントの葉もちょっとのせた。
「味見をするね。……うん。火と砂糖のおかげで甘くて美味しくなった!
林檎の砂糖煮が出来たよ。皆、紅葉を見ながら食べよう」
私はニッコリ笑ってそう言った。
林檎は箱買いしたので城で待ってる家族や使用人達にもいいお土産になるね。
殿下もリズも林檎の砂糖煮を食べて感想を口にしてくれた。
「甘い! 凄い! 甘く美味しくなっています!」
リズは感動している。
火と砂糖の力は偉大。
「うん。美味しい。
煮込んでる間にソーセージを買って来て貰った。こっちも皆で食べよう」
「ガイ君。ありがとう。こっちからは塩パンもあげる」
インベントリから塩パンを出して配る。
ありし日の友達と行ったピクニックのお菓子かおかずのように交換をする。
「ああ。ありがとう。……外側がカリッとしてて中がモチっとしてて美味しいパンだ」
ソーセージは殿下が側近に頼んで屋台のを買って来て貰ったようだ。
甘くないものも食べたかったからちょうど良かった。
「あ、そうだ、リズ。」
「はい?」
「新しい場所でお友達が出来てピクニックとかお出かけする時は言ってね。
私がお弁当……バスケットにおやつやサンドイッチとか、食べ物と飲み物をしっかり詰め込んであげるから」
「……!! あ、ありがとう…ございます」
「また、泣いちゃった……」
私はまた泣き出したリズの背中をポンポンと、宥めるように優しく触れた。
リアンさんがリズに渡したハンカチは、もうびしょ濡れになってしまった。
*
りんご煮とソーセージも食べて紅葉もいっぱい見たし、もう帰る時間になってしまった。
教会の転移陣へ、連れの皆と新入りのリズを連れて移動する。
殿下はまた手紙を書くと言って先に転移から王城へ戻った。
「え!? 転移陣を使うんですか!? では貴族様ですか!?」
「裕福な商人の娘にでも見えたんでしょうけど、実はね」
今更ビビりまくるリズの手を引いて、私はライリーへと連れ帰る。
頭上の夜空にはいくつもの星。
寄る辺なき身であった少女の新しい出会いと道行きを、祝福するように瞬いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます