第168話 手のひらの温度

 国王陛下によって、豊穣祭開幕の挨拶の後に、この喜ばしい祝祭にもう一つ伝えることが有ると、勲章授与式が始まった。


 赤い絨毯の上で立つ王の前で、ギルバート殿下が傅いている。


「第三王子、ギルバート・ケイリールーク・グランジェルド。

我が国のみならず、多くの国々の壊血病に苦しむ人々を救う光となり、我が国の名声を高めた。

この功績により、勲章と配下に竜騎士3名を持つ栄誉と、報奨金。

そして元ルーエ侯爵領、シーカイトの地にあるエメラルド鉱山を遣わす」


「有り難き幸せ」


 王の言葉が終わると人々の歓声と拍手が秋空の下に響いた。

 ギルバート殿下を称える民衆の声も聞けて私は満足した。


 そして殿下にはなんとエメラルド鉱山まで! これは初耳!

 おめでとうございます!

 これで生涯食いっぱぐれはないですね!


 式典の際に殿下に花束を贈る係はシエンナ様と看護婦だった。

 私も拍手をしてお祝いした。


 * 


 王による勲章授与式が無事に終わった。

 終わった後でこっそりと殿下に言われていた事が有る。


「式典の後でこっそり抜け出して、平民に変装してお祭りの広場に行かないか?」

「良いですね! 買い食いなら付き合いますよ」

「まあ、買い食いも良いのだが……姉上に捕まる前に逃げた方が良い。絶対面倒だから……」


「あはは。

チョコがよほど美味しかったんでしょうか。とりあえず分かりました」



 *


 殿下は言葉を濁し、やや不審ながらも、出店の多いお祭りは大好きなので、私はアリアカラーで町娘の服を着て、指定通りに平民が集う広場に来た。


 とりあえずラナンと二人で噴水のふちに腰掛けて見物する。



 ──なるほど。

 一般人達が集ってダンスをしている場所なんだね。


 貴族風の華麗で優雅なダンスとは違う。

 難しいステップもなく、楽器をかき鳴らし、豊穣と収穫の喜びを表す賑やかなダンスだ。


 同じように町娘に擬態したラナンと一緒に皆のダンスを眺めていると、殿下が黒髪にして冒険者風コーデで側近達とやって来た。


 ガイ君になってる! 久しぶり! 

 やっぱり私は元日本人だから黒髪見ると懐かしくて落ち着く。

 それと、平民のふりなら口調も気をつけよう。


「待たせたな」

「何かいっぱい貰ってたね。おめでとう。これで食いっぱぐれないね!」


「そもそもあの知識などは君の功績だ。報奨金位は受け取ってくれ」


「実際に人を集めて働いたのは貴方と仲間達よ。

ちょっと情報を流しただけの私は楽をしているのに」


「それでも鉱山まで貰ったんだぞ」


「あ、私からも渡す物があるの。冷蔵庫とケーキはいつどこで渡せば良いかな?」

「ありがとう。……それは転移陣前、別れ際で頼む」


「そう。分かった」


 私が壊血病の報奨金の話を逸らすので、殿下は一つため息をつき、切り替える事にしたようだ。


「とりあえず、せっかく祭りだし、今は踊らないか?」


 頬を染めてそんな事を言う。

 なるほど。ここで一緒に踊りたかったのね。


 可愛いじゃない?


 こういうシーンも乙女ゲームの参考資料になりそうな感じだしね。

 良いかも。


「ラナン。資料用に撮っておいてくれる? それで後で撮影係を私と交代ね」

「はい」


 私は首にかけていた記録の水晶をラナンに渡した。


 私はガイ君カラーの殿下と、その辺の町娘のように振る舞って踊った。

 踊りながらもこんな話をした。


「花車の件は付き合わせて悪かった。花いっぱいで綺麗だったから、最初は喜ぶかと思ったんだ」


「……喜ばせようとしてくれたの。確かに綺麗だから、眺めるのは大好きよ」


「一人であれに乗るのは苦行すぎて、困っていたのに、結局付き合わせてしまった。

……許してくれるか?」


 殿下が思いをはかるように私を見つめる。


 ──ええ? そんなに心配になってたの?

 

 思えば触れた手のひらが冷たい。

 緊張すると自律神経の中の交感神経が活性化し、血管が収縮して手が冷たくなるって聞いた事がある。


「別に怒ってはいないよ。目立ち過ぎて恥ずかしかっただけで」

「そうか……」


 殿下はほっとしたように微笑んだ。


 賑やかな音楽と、人々の笑い声に溢れるお祭りは本当に良いものですね。

 殿下の手のひらの温度も徐々にリラックスして来たのか、温かくなった。


 途中で愛らしい町娘コスのラナンと交代し、金髪イケメンのヴォルニーと踊って貰って、撮影した。

 素敵! とても映える!!


 乙女ゲームスチルの参考資料をまたゲットした。


「ところで今回は私、串焼き屋の前にはいなかったけど、沢山人のいるこの広場で、よく私達を見つけられたね?」


「道行く人が、さっき噴水の所で茶髪の凄く可愛い女の子二人組がいたって口々に噂してたぞ。

分かりやすいヒントだった」


 な、なるほど!


 このあと、連れの皆と屋台フードを満喫してから、転移陣の有る教会へ向かった。


 教会前でミモザに似た黄色いお花を売っていた。

 こっちの世界では秋にミモザっぽいお花が咲くのかな。


 綺麗だったのでお母様へのお土産と祭壇お供え用に買う事にした。

 驚きの速さで殿下が私の分まで買って、先に支払いをしてしまった。奢りだ。

 いや、プレゼントだ。

 あ、ありがとうございます!


 *


 帰り際に冷蔵庫とチョコレートケーキとどさくさに王室献上用のチョコを詰めた壺を渡したら、殿下はお返しとばかりに報奨金の入った金貨ぎっしりの袋を転移陣の中のラナンに押し付けた。


 私に直接渡そうとすると拒もうとするから、ラナン経由で私に渡せと託したのか。


 そういえば冷蔵庫の大きさを心配したけど、あの亜空間収納魔法陣付きの風呂敷に拡張機能があったから、普通に入った。


 魔法道具って不思議。

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