第166話 収穫祭と青い花

 夜の帳が下りた。


 暗くなって幻想的な魔法の灯がステージをてらす。

 私が歌う時間が来た。


 いつの間にかお父様とお母様の席に、弟のウィルとアシェルさんも来ていた。

 リナルドはすぐ側に控えているラナンの腕の中だ。


 楽師が伴奏をしてくれる。

 VIP用観客席にいたはずの殿下が何か慌ただしく舞台袖に移動した。

 ──何故?

 って、気にしてる場合ではない。



 歌わないと。大地の女神に感謝を伝える歌を。


 楽師による伴奏で曲が始まった。



「風よ、水よ、光満ちる母なる大地よ。

 命の芽生えよ。


 金色なる命の冠。


 そは慈悲深き恵をもたらす。


 大いなる女神よ」


 (歌っていると、急に空から、空中からお花がふわふわと降って来た!)



「その髪に花を飾ろう

 その袖に花を飾ろう

 その足元に花は咲き、花は空を見上げて、光を受けて実りをもたらす」


 (……これ本物の花の他に布花が混ざってる!?)


「──ああ、大いなる者よ。


 あなたにこの祈りと喜びと歌を捧げる。

 幸いあれと……」




 曲が終わった。

 拍手と歓声が響く。




 歌い終わると、魔法の光に照らされた青い花が目に入った。

 そっと両手で受け止めた。

 私の目の前にゆっくり降って来た青いお花。


 ──ギルバート殿下の、瞳の色に似ている。


 綺麗な布花の飾りだった。



 舞台袖を見ると、満足気な顔のギルバート殿下と目が合った。


 ステージ付近を見ると降って来たお花をキャッチした人が喜んでいる。


 花を受け取って女性同士で盛り上がっている人や、背の高い男性がキャッチしたのか、連れの女性の髪に飾ってあげてる姿も見える。


 微笑ましい……。


 私は布花にクリップが付いていたので胸に飾り、観客席に向かって一礼して舞台袖に下がった。

 もう一度拍手と歓声が上がった。


 私は舞台袖にいた殿下に声をかけた。



「このお花、ギルバート殿下の仕業ですか?」

「バレたか」



 バレるに決まってるでしょ。

 こんな風魔法まで使った演出は予定になかったもの。



「……お花をありがとうございました。運良く手に取れた人が大変喜んでいました」

「其方は? 嬉しかったか?」

「わざわざ胸に飾った時点で察していただきたいです!」



 私は照れ隠しにその場を去った。

 胸の鼓動はうるさい程だった。



「すぐ逃げるんだよな……」

「令嬢は照れておられるんですよ」



 うるさいですよ! 殿下とエイデンさん! 聞こえてますよ!


 両親と弟とアシェルさんのいる席に私は移動した。

 ラナンもリナルドを抱っこしながらついて来てくれている。



「ティア。とても美しい歌だったよ」



 お父様がイケボで褒めて下さった。



「ああ、歌も花の降る演出も素晴らしかったよ。大地の女神様もお喜びだろう。」



 イケメンエルフにも褒められた。花の演出は殿下の仕業ですが。



「ティア。お顔が真っ赤だけど大丈夫? 冷たいジュースがありますよ」

「ありがとうございます。お父様、お母様。アシェルさん。ちょっと緊張して、暑くて」



 私は氷入りのりんごジュースをぐいっと飲んだ。



「はあ。緊張した──……」


 ふと、殿下の方を見ると最初のVIP席に戻ってあちらも側近達とジュースを飲んでいるようだった。


 その後は聖下に花束を贈られたり、客として来た貴族達に挨拶したり、歌が素晴らしかったとか色々言われた。

 頭が沸騰しそうだった。



「あちらのお客様からです」

「はい?」



 私に花束を持って来たのは殿下の側近の美しい金髪のリアンさんだった。



「あちらって……ギルバート殿下じゃないですか」


「花束を贈るのをうっかり聖下に先を越されたと言っておりました」

「お花なら一番先に受け取りましたよ」



 私は胸に有る青い花を指差した。



「それは確かに」

「全く、何を張り合っているのやら」

「セレスティアナ様のこの後のご予定は?」


「皆の様子を見たいので、会場内をゆっくりぶらつきます」


「分かりました。では、もう一度殿下のエスコートを受けていただけませんか?」


「……私は今から動きやすい町娘風の服に着替えて来ます。

私を見つけられたら、手をとっても良いとお伝えして下さい」


「はい」



 私は城に戻ってドレスから動きやすいワンピースに着替えた。

 髪も姿変えの魔道具を借りて茶髪にした。

 お忍び用アリアカラーである。


 ちなみに胸元に飾っていた花は髪に飾った。

 

 この姿で出店付近をゆっくり見物する。



「このゴヘイモチっての、美味いな!」

「こっちの串焼きも美味いぞ!」


「エリーじゃない! 久しぶり! その髪飾りと服、素敵ね」

「花飾りはお城のお嬢様にいただいた物よ。服も貸して下さったの」

「え!? それお嬢様の服なの!?」


「違うわよ! 使用人用に貸し出してくれる服が用意されているの」

「え!? ライリーのお城勤めには随分と優しい配慮があるのね」

「そうなのよ!」



 お祭りの客の嬉しそうな様子を満足気に眺めたりしていたら、背後から聞き覚えのある声がした。

 ギルバート殿下だ。



「バレバレじゃないか。すぐに見つけたぞ」

「とても人が多いし、今は茶髪だから紛れるかと」

「紛れる訳ないだろ。さっきの青い花飾りが髪に飾ってあるのに」


「ほんの優しさですよ」

「……ああ。本当に優しいな」



 殿下はクスクス笑って手を差し出して来た。

 見つかってしまったし、仕方ないので手を握ってあげる。



「アリアは美味しそうな香りのする串焼き屋の近くにいるんだから、本当にわかりやすい」


「お腹が空いたんです! 

私はドレスを汚さないように控えめにポテトしか食べて無かったんですから!」


「あははは。そうだったな。奢るから何でも食べれば良いさ」


「それはどうも。……お返しに私からも花を贈りますよ」

「屋台の食事程度で、お返しなど不要だぞ」

「お花のお礼ですよ!」



 いつの間にか私の側から少し離れた場所に移動したラナンとリナルドが、私を見守ってくれているのが見えた。

 ……空気を読んで移動したらしい。


 私は「見つけたよ」と言うように、ウインクで合図のような挨拶をした。

 なんとリナルドとラナンも、ぎこちなくもウインクで返してくれた。


 かっ、可愛い!

 私は思わずくすりと笑った。



「何がおかしいのだ?」

「ちょっと可愛い生き物が目に入って。ところで閉幕式までおられるなら、その時、夜空を見上げて下さいね」

「閉幕までいるぞ。……今日は晴れているから綺麗な星が沢山見える」


 

 殿下の綺麗な瞳は秋の星空を見つめた。


 ──お祭りの閉幕時に、魔法の花火を打ち上げる。


 貴方の瞳の色に似た青い花を、この喜ばしい日の、秋の夜空に咲かせましょう。

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