第165話 ライリーの収穫祭
収穫祭当日の朝。
早くから目覚めた私は、ライリーの城の屋上から祭り会場を見渡した。
イベント会場の前乗り泊まり客と始発組みたいに既に来てる人達が大勢いる。
丘の上のライリーの城から眼下を見ると、城壁外に草原があって、その先にある城下街を見渡せるみたいな感じなので、某巨大同人イベント会場等とは違い、草原での宿泊は暴れたりしないなら特には問題ない。
……収穫祭を本当に楽しみにしていたんだね。
「ティアもここに来ていたんだな。薄着のようだが寒くはないか?」
「お父様!」
パサッとお父様のマントに包まれた。
マントパサ! のイベントが発生した!
早起きは本当に得をするんだ!
「朝はだいぶ涼しくなって来てるから、風邪をひかないように」
「はい。ちょっと人出を確認したらすぐに部屋に戻るつもりでしたので」
「結構な人が集まっているな。他領からも来てる」
「警備が大変ですね」
「騎士の数は多いから頑張って貰おう」
「ジークムンド様! エーヴァ公爵家から転移陣使用の許可申請が来ております」
執事が転移陣の申請を伝えて来た。
「シエンナ様の嫁ぎ先の公爵家か。まさか早朝今すぐでは無いだろうな?」
「転移陣に設置してある石版文によれば、およそ4時間後です」
「許可すると、今から返事を送りに行く」
転移陣側には魔法の石版が設置されているのだけど、そこに「〇〇ですけど転移陣を使わせて下さいと」メッセージを送る事が出来る。
石板が前世のタブレットみたいに通信機能が付いていて、相手の許可があって初めて転移陣は使用出来る。
「ティア。下に降りるぞ」
「はい。私もドレスに着替えて準備をしなければ」
*
朝風呂でさっぱりした後に朝食。
朝食は軽めにフルーツを入れたヨーグルトと焼き立てのクロワッサン。
ホットミルクに蜂蜜を少し入れて飲む。
収穫祭当日なので、自室でラナンとアリーシャに手伝って貰って秋色の赤いドレスに着替える。
頭にはダイヤモンドのカチューシャ。耳にはダイヤのイヤリング。
首には赤いレースのチョーカー。
中心にもダイヤが付いている。
手には華麗なレースのフィンガーレスグローブ。
足元はレースアップリボン付きの赤い靴。
鏡で確認しても我ながら可愛い。
「我が君、とても素敵です」
「ありがとう。ラナンも素敵よ」
「恐縮です」
ラナンは今日、騎士系の華やかな礼服だ。
妖精界のヒトガタ師のお父様が用意してくれた服らしい。
さて、お父様とお母様のドレスアップ姿も見て来よう。
「わー! お父様もお母様も素敵です!」
新しく美しい服に身を包んだ美男美女に見惚れる。
赤いドレスの魅惑的なお母様と黒い礼服の最上級イケメンのお父様、最高!
「ありがとう。ティアも全身くまなく可愛いぞ」
「ええ。とても華やかで愛らしいわ」
「ありがとうございます」
「ギルバート殿下がそろそろ転移陣に到着されるお時間です」
「では出迎えに行くか」
「はい。お父様」
*
「収穫祭の復活おめでとう」
「ありがとうございます。ギルバート殿下」
私は両親と一緒にお礼を言った。
「今日はギルバート殿下も黒い礼服に赤いマントなのですね。かっこいいです」
「まあな」
殿下はまあなと言いつつ、手を出して来た。
あ、エスコートを任せろって事かな。
そっと手を乗せる。
「本日の其方も、とても華やかで可愛い。赤いドレスも似合うな」
「ありがとうございます」
自分の見た目が可愛いのは知ってるけど、改めて言われるとやはり照れる。
何しろ殿下も私を目の前にして頑張って褒めているから照れて赤くなっている。
「まもなくシエンナ様達が来られます」
「姉上か」
家令の言葉通りに間もなく転移陣からシエンナ様達が来られた。
一通り挨拶をして、移動する事になった。
「さあ、皆さんがお待ちかねなので、お祭りの会場に参りましょう」
お母様の声に頷いて皆と会場へ向かう。
今からステージ上でお父様の演説がある。
総員、お父様のイケボを拝聴せよ。
「本日、こうして多くの者が集まり、かつてのように収穫祭を開催する事が出来た事を本当に嬉しく思っている。
この祭りを通して、豊穣の女神を讃え、収穫の感謝を伝え、人々の親交が深まり、領地全体がより活性化につながる事を祈っている。
出店も多数出ている。皆と一緒に楽しい時間を過ごしていきたい。
大地の女神とライリーに祝福あれ!」
「「祝福あれ!!」」
祝福あれの言葉の復唱の後、わ────っ!! っと歓声と拍手が響いた。
お父様のイケボでお祭り開催のスピーチは盛り上がって大変結構。
「あの女神像の神輿は担いでも良いのですか?」
突然近くから声をかけられた。
「聖騎士様達!? そんな、担いでも倒れないような処置はしていませんので、それは難しいかと」
バランスを崩すと倒れるから危ない。
それにしても神殿経由で聖騎士様達も転移で来ておられたとは。
それにしてもわざわざ聖騎士様が神輿を担ぎたがるとは……名誉な事なの?
「担いで会場をねり歩くと、華やかで盛り上がるかと思いました」
「わざわざ担がれなくても、花車みたいに花をいっぱい飾って、荷馬車の上に座した姿の女神像を作れば良かったかもしれませんね」
「なるほど。そういえば王都の豊穣祭は沢山の花を積んだ荷馬車が移動しますね」
!!
不意にイケボに反応して振り返ると神聖なるあの方が!
「聖下!!」
なるほど、聖騎士達は聖下のお供だったのか。
「ギルバート殿下、セレスティアナ嬢。ご機嫌よう」
「ああ。聖下には壊血病の件では世話になった。其方に感謝を」
「右に同じくありがとうございました。ようこそお越し下さいました」
私はドレスをつまんで礼をとる。
「大地の女神を讃えるお祭りに令嬢の歌が聞けるとなれば、来ないという選択肢はありませんので」
うわ──っ! プレッシャー!!
「後で新特産品のチョコレートをかけたパンもステージ付近のテーブルに配りますので、よろしければ召し上がって下さい」
それを食べるだけでも来た甲斐はあるでしょうし。
「はい。楽しみにしています」
私は令嬢らしい笑顔を崩さないように、殿下と一緒に歌い手や楽師、旅芸人のいるステージに移動する。
聖下達はまだ女神像に興味があるようで留まっていると、祭りに来た客達も聖下に気がついて頭を下げていた。
「ねえ、セレスティアナ嬢。今、新特産品とおっしゃっていたわね?」
「はい。シエンナ様」
移動しつつもシエンナ様が気になったワードにツッコミを入れて来た。
「ステージを見ながらご賞味いただけます」
「わあ! 楽しみ!」
殿下のような王族や他領から神殿経由で貴族も来るのを予想していたのでVIP席を作ってある。
お父様とお母様は早速他領の貴族と会ってVIP席で会話している。
今日もいつにも増して素晴らしいとか美しいとか両親への賛辞が聞こえる。
あの貴族達も殿下の存在に気が付いたら、すぐに私の隣にいる殿下に挨拶に来るだろう。
「ギルバート殿下、エーヴァ公爵様、シエンナ様。
しばらく貴賓席でステージを見ていて下さい。
私、少しやる事がございますので」
「分かった」
「ええ、分かったわ」
「どうぞ。また後で」
ステージからは賑やかな音楽と歌声が聞こえて来る。
私は裏方の様子を見に行った。
VIP席に配るカップに入れたとろけるチョコとパンと苺のチェックを行う。
私は使用人に声をかけた。
「数は足りそう?」
「お嬢様。試食用チョコは基本的に貴人向けなのですよね? それなら足りると思います」
「平民全員に配ると流石に交易する分が無くなってしまうから仕方ないわ」
「ではこちらを配って来ます」
「せっかくのお祭りに仕事させてごめんなさいね」
「交代時間があるので大丈夫です!」
「宜しく頼むわね」
ステージ付近に戻ると音楽に合わせて、美しい踊り子が踊っていた。
衣装もセクシーだ。
ギルバート殿下のお母様もこんな感じだったのかな?
って、思ってハッとなった。
思い出して辛くなって無いかな?
「わあ! これ、凄く美味しいわ! ねえ、ルーク!」
「そうだな。でも私はこちらの甘さ控えめの方が好きだな」
「本当に、これは凄く美味しいですね殿下」
「パンにかけても美味しいが、苺にかける方が美味しいな」
VIP席のギルバート殿下と側近達と公爵夫妻の様子を見たら、……美人の踊り子よりチョコレートに夢中になってる!
──でも、落ち込んで無いなら良かったわ。
串焼きとフライドポテトを手土産に持って行こう。
甘い物を食べた後はこーゆーのが良いでしょ。
「お待たせ致しました」
「美味しそうな匂いがすると思ったら串焼きと揚げ芋か」
「綺麗な服を汚さないように気をつけて食べてください」
「甘い物の次はこういうのが食べたくなるって分かっていたのだな」
「ほとんどの人がそうだと思いますよ」
「我が君。エーヴァ公爵夫妻には私がお渡しして来ます」
「ありがとう、ラナン」
ラナンが隣の席の公爵夫妻に串焼きとフライドポテトを運んでくれたので、私は席についた。
既に使用人により、パンとかと一緒に飲み物も配られてあったので良かった。
大人の席の方はワインなどがあるようだ。
私はジュースを飲んで一息ついた。
フォークでフライドポテトを突き刺して、殿下に問う。
「楽しめていますか?」
「勿論だとも」
私はポテトを食べて、それからステージの踊り子を見て言った。
「何も辛くは無いのですね?」
「まさか。母と別段似てもいない踊り子を見る度に、落ち込むとでも思っていたのか?」
「容姿が似ていなくても、衣装とかが似てるかもしれないでしょう?」
「気にするな。私は平気だ」
青い瞳を細めて柔らかく笑う殿下の言葉に、嘘は無さそうだった。
「ライリーの串焼きはひと味違うな。美味い」
「かかっているスパイスが美味しいのですよ」
「なるほどな」
「我が君、戻りました」
「ラナン、ありがとう」
「まだお使いなど有れば申しつけて下さい」
「貴族達も従僕を連れて来てるから、大丈夫でしょう」
そう言ってラナンも着席させ、しばらくステージを見ながら飲食を楽しんだ。
「ギルバート殿下。私、少し蝋燭の限定販売を見て来ます」
「今からか?」
「ええ、そろそろ販売時間です。巫女が売るのですが」
「よし、騎士達、誰か一人でも行って頑張ってくれ!」
殿下がそう言うなり、限定グッズを求めるファンのように騎士が二人ダッシュした。
ちょっと!
蝋燭をダッシュで買いに行くより殿下をお守りしないと!
流石に全員離脱はなくて、走ったのはチャールズさんとブライアンさんの二人だけだった。
「殿下はもう蝋燭を持っていて、どんな物かは知っていたのでは!?」
「お祭り限定版なのかと思って」
ここにも限定版に惹かれる人いたんだ……。
私が様子を見に行った時、もう売り切れていた。
ちょっと感動。
「他にも買う人いるんだ……」
「綺麗な絵付き蝋燭が銅貨3枚だぞ、買うだろ」
「殿下! 何とか一個買えました!」
「でかした!」
ブライアンさんが蝋燭を一個確保出来たようで、声をあげて報告した。
「ギルバート殿下は私に直接蝋燭が欲しいって言えば良いでは無いですか?」
「祈りと絵入りな分、時間がかかって負担になるだろうし、直接頼むとズルみたいになるし」
側近に全力ダッシュはさせるけど、案外真面目な殿下だった。
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