第159話 家令コーエン

 〜 ライリーの家令コーエン視点 〜


 早朝、祭壇の前で静かに祈りを捧げるのが近頃の私、ライリー辺境伯家の家令たるコーエンの日課です。


 年寄りは朝が早いのです。


 長く眠るのにも体力がいりますので、早く目覚めてしまいます。


 私は先代の時代からこのライリーの城に仕えておりました。


 初代辺境伯は王により、武勇の優れた者が選ばれました。


 辺境伯は自分の家の息子が強くなるよう育てて、家門を継ぐ男子が産まれないなら、女子が他所から屈強な婿を取ったり、養子にされたりしてこの地を守っていました。


 先代辺境伯とその息子のハワード様はモンスターウェーブで死力を尽くして戦い、亡くなりました。

 ハワード様は、まだ成人したばかりでした。


 死ぬには若すぎるので、逃げても良かったのに、その選択肢は選ばないときっぱりと言い放つ、誇り高い坊っちゃまでした。


 辺境伯夫人は城の結界維持に魔力を注ぎ過ぎて、魔力枯渇で衰弱して亡くなりました。

 城内に避難している領民を守る為にかなり無理をされました。

 誇り高く、領民想いのご夫婦と御子息でした。

 

 辺境伯夫妻の間にまだ10歳のお嬢様がいて、モンスターウェーブの際、親が母方の親戚の家に逃がしましたが、流行り病で亡くなりました。


 愛する家族をことごとく亡くして、生きる気力も無かったものと思われます。


 辺境を守る辺境伯の死により、急ぎ、新しい守り手が必要だったので、王は麗しき伯爵令嬢シルヴィア様に恋をしたジークムンド様に、結婚の為の条件を出す事にしました。


 お二人の出会いと言えば、当時伯爵令嬢だったシルヴィア様が馬車で避暑地に向かう途中、赤いワイバーンに襲われた事。


 赤いワイバーンは緑のワイバーンと違い、気性が荒く、人を襲う危険な存在です。


 近くに探索に来ていたジークムンド様がワイバーンに襲われる護衛と令嬢を見つけ、ワイバーンを倒し、お命をお救いになられました。


 ジークムンド様とシルヴィア様はお互いに一目惚れだったそうです。

 美男美女なので納得です。


 シルヴィア様はとても美しい方なので、求婚者も多かったらしいのですが、貴重な氷属性の魔力持ち主であり、伯爵様も慎重派で、シルヴィア様自身の希望も有り、これまでの同じ貴族の求婚の申し出は全て断っていたそうです。


 王はワイバーンを圧倒した当時平民のSランク冒険者だったジークムンド様にシルヴィア様との結婚には爵位が必要だと仰られました。


 そして辺境伯の爵位と領地を与える代わりに邪竜討伐を依頼しました。

 邪竜討伐。そう、これが結婚の条件です。

 かなりの無茶振りです。


 王も無茶とは思いつつも、邪竜を放置するといずれ魔王の封印が解けて、復活するとの予言を聞いて、仕方なかったとの事です。


 どうしてもシルヴィア様と結婚したかったジークムンド様は邪竜討伐を引き受けました。

 まさに命がけの恋でした。


 ジークムンド様は、見事、邪竜を討ち倒す事に成功し、愛する人と結ばれました。


 しかし、時間差でお子であるセレスティアナお嬢様が邪竜の呪いを受けてしまいました。


 当時、とても心配致しましたが、今はすっかりお元気になられて、ほっとしております。

 セレスティアナ様は本当に、愛らしく、優しいお嬢様で、まるで天使のような方です。


 お嬢様のおかげで瘴気に汚染されたライリーの地も蘇りました。

 あの日はライリー中で多くの喜びの涙が流れた事でしょう。

 当然、私も泣きました。

 堪えようにも無理でした。


 この辺境伯御一家の事は、いつまでも見守っていたいのですが、そろそろ歳も歳です。

 70代になってしまいました。


 後の事は倅に任せて、お嬢様の来年の10歳の誕生日を迎えるのを見届けたら、隠居しようと思います。

 隠居の話をお嬢様にすると、泣かれてしまいました。

 仕事はなにもしなくても良いから城にいて欲しいなどと。

 そこまで慕われていたなんて、こちらもまた涙が出ます。


 ────どうぞ神様……、

 気高く優しいこの城の尊いお方達が、いつまでも幸せでありますように、お守り下さい……。

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