第153話 熊じゃないって

 城の敷地内の庭園の噴水の側に屋台を呼んだ。


 おいそれと行けないなら呼べば良いじゃない! っていかにも貴族。

 急に客人が増えて大変な厨房の人は多少は楽にできるし、経済を回してるから許して欲しい。


 串焼きとガレットの二種類の屋台を呼んだ。

 ガレット屋にはこちらからフルーツと、ホイップクリームをこの城にいる間のみ支給。

 串焼き屋にはこちらから羊肉と、大きくて長いソーセージを支給。

 フランクフルト風のソーセージを食べたくて。


 使用人もお金を払えば食べられる。


 串焼きを買うのは初めてだと言う、シエンナ様。

 招待客はこちらが先に払ってるので払わなくて良いと言ったけど、買い物気分を味わいたいらしく、屋台の主人に銀貨を渡して公爵の分と自分の分を買っていた。


 ……微笑ましいのでクリスタルで撮影する。


「ラナンも、ガレットか串焼きを3人分貰ってきて。撮影するから」

「はい、我が君」

「あ、ヴォルニー、ちょうどいい所に。ラナンの荷物持ちを手伝ってあげて」

「はい、お嬢様」


 今日のラナンには分かりやすくドレスを着せている。

 身なりで一目瞭然、分かるようにしてれば、無料で貰えるのである。

 通りがかりのヴォルニーに荷物持ちを手伝って貰った。

 ラナンがガレット、ヴォルニーが串焼きを抱えて来た。


 屋台の前に飲食スペースを置いて、エアリアルステッキで二つ並ぶ屋台の中心から冷風も送ってる。

 夏なのでね、熱中症予防に涼しくしてある。


 錬金術師の先生もステッキに興味を惹かれて、串焼きを食べながらもしげしげと眺めている。


「じゃあ、それらをこのテーブルのお皿に置いて」

「はい」

「そして、食べて」

「我が君は食べないのですか?」


「撮影したら、食べるわ。ギルバート殿下もお先にどうぞ」

「ん、ああ」


 私の側の席に座ってる殿下にも屋台フードを勧める。


 私は一部始終をクリスタルで撮影している。

 乙女ゲームの参考資料は多い程いい。


「ガレットのホイップクリームとイチゴと桃の組み合わせが良いわね。美味しいわ」

「この串焼きも良いが、先日プールで食べたアイスも美味しかったな」

「そうそう、先日のサイダーとアイスもとても美味しかったわ!」

「ライリーでは何を食べても美味しいから驚くよ」


 公爵夫妻も近くのテーブルで串焼きとガレットを楽しみつつ、昨日プールサイドで振る舞った物を思い出して楽しくおしゃべりしているようだ。


 撮影後は私も、青空に浮かぶ白く大きな入道雲を眺めながら、フランクフルトやガレットを食べて、屋台フードを楽しんだ。


 * *


 晩餐も、人気の高い料理や見栄えのする料理を。

 そしてケーキは生クリームとイチゴのケーキをお出しした。


 翌日は朝は胃に優しい軽い物を出して、昼には私が描いた絵付きのメニューを見て貰って、好きな物を注文して貰う事にした。


「ギルバート様はどれにしますか?」

「其方はどれにするのだ?」

「夏野菜カレーです」

「では、同じ物を」

 

 カレーを食べた後には日焼け止めの竹のような植物の補給がてら、お父様と殿下と公爵夫妻と、護衛騎士達とで川遊びに行った。


 せっかく作ったので、私は今日もまた水着を着た。

 殿下も水着に先日差し上げたサンダル姿だけど、今日は私と違い、上着を着ている。


 広く澄んだ蒼を湛えるこの空の下、殿下の小麦色の綺麗な背中と、美しい川は最高にフォトジェニックだから、同時に撮影したかったのだけど、撮影したいから上着を脱いで欲しいとは言いにくい……。

 まあ、仕方ない、今回は諦めよう。


 * 


 ──川の水はプールの水より冷たくて気持ちが良い。

 私は水底の石の感触を感じながら、裸足のままふくらはぎの半分位まである水の中を歩いた。



「ここでもまた、野菜とジュースを冷やしましょう」



 夏空の下、生き生きとした生命力を感じる生い茂る木々の下に流れる川の水は、木々の美しい緑色を映している。

 こういう透明で綺麗な水の流れを見ると、やりたくなるのである。


 私は亜空間収納から取り出したトマトやキュウリの入った籠を抱えて、ざぶざぶと水の中を進む。



「セレスティアナ! 足元を良く見て、滑って転ぶなよ。危ないから俺の手を掴め」

「ギルバート殿下、私は今、野菜籠を持ってるので、それは無理です」

「セレスティアナ様、籠は私が持ちます」



 殿下に忠実な側近のエイデンさんが籠を持つと言って来た。



「……野菜籠はあの辺に設置して野菜を冷やしましょう」

私は岩と窪みのある所を指さした。


「ではあの岩に紐で括って籠を固定します」

「エイデンさん、よろしくお願いします」

「……セレスティアナ、手は……?」

「両手とも塞がない方が安全ですよ、多分」



 転けそうになった時を想定するなら、手は空けておいた方が良い。

 私と手を繋ぎたかったらしい殿下が少しガッカリしたようだ。

 砂浜なら別に繋いでも良かったのだけど。 

 ここは海じゃ無いから……。



 *


「水も滴る良い男……」


 私は美しい川とイケメンの撮影の為にクリスタルを構えている。

 あ──顔もいいけど、筋肉もカッコいいな──。

 流石だな──。



「セレスティアナ、また父君を見てるのか」



 川で冷やしたトマトを齧る殿下がこちらを見て言った。



「ええ、主に、お父様を見ていますが、殿下も見栄えするので撮りますよ。

そのままトマトを齧っていて下さい」


「何故、わざわざトマトを食べる姿を」

「夏っぽくて良いではないですか。夏と少年とトマト! 風情があります」

「分からん……」


「私のこのレベルの話について来れる人はいないものかしら」

「先日は騎士がレモンを齧っている姿を撮影していたが、あれも風情があるのか?」

「有り有りですよ。本の表紙を飾っても良いくらいです」

「そこまでか?」



 殿下は理解出来ないという顔をする。



「あ! ラナンと小動物! 可愛い!」



 次にリナルドと大きい石に水着姿で座ってるラナンを撮影する。

 川の側に生えてる夏草も青々としていてとても綺麗だし、良い撮影スポットだ。


 日焼け止め用の竹に似た水草も採取して、亜空間収納に入れた。

 その後、川に涼みに来たらしき領民と遭遇した。



「ああああああっっ!!」

「平民だ! 平民が出た!」


 私の隣にいた殿下が謎の悲鳴を上げ、次に周囲にいた騎士が平民がいると大声を上げた。



「ちょっと、騎士の皆様! ただの善良な一般人ですよ! そんな熊が出たみたいに言わなくても!」



 平民出現で騒ぐ騎士とか初めて見たんですけど!



「ですが、そんな露出の多い姿のままで!」


「なんだ? あれは妖精か天使の水浴びだべか……?」

「いや、あれはお貴族様でねえか?」

「何かすごくかわいーのがいる──っ!!」


 どう見てもただの初老のおじさん二人組と子供よ。

 そんな熊や魔物と遭遇みたいな扱いはどうかと思う。


 だと言うのに、殿下は真っ赤になって慌てて自分の上着を脱いで、水着姿の私の体を覆って隠そうとする。



「何をしているんですか。水着を着てるんですから、平気ですよ」

「いや、しかし!」

「騎士だってとっくに水着姿を見てるのに、これを流行らせるには一般にも認識して貰う必要が」


「だが、今しばらく心の準備をさせて欲しいと言うか!」

「何を今更? 何故ご自分でなく私の水着姿を一般人に晒すのにギルバート殿下の心の準備がいるんですか」

「いや、いる! 俺がいる気がするからいる!」

「もーー、今更訳の分からない事を」


 ちょっと、落ち着いて欲しい。

 私はまだ胸とかもろくに育って無いのだし。


 ひと騒ぎあったけど、仕方なく上着を着てあげたら、とりあえず騒ぎは収まった。


 * *


 川の側で夕陽を見ながらの、サンセットバーベキューもした。

 川のせせらぎをBGMに食事をするのも良い物だ。


 バーベキューにはお肉だけでなく、魚の燻製とお米のお酒も少しお出しした。

 特に公爵夫妻が「とても美味しい」と、大いに喜んでいた。


 お酒を振る舞った席で、ハネムーン初日に配った日焼け止めとサンプルの化粧水の話をシエンナ様とお話しした結果、研究して量産するなら資金を出すから頑張って欲しいと言われた。


 研究員まで探してくれるそうな。

 何かお酒付き接待でスポンサーをゲットした感じ。

 お酒の威力は凄いなあ。


 仕事中の護衛騎士や未成年の私はお酒は無理なのでアイスティーだけど、化粧品関係のお話が出来てラッキーだった。

 


 * * 


 後日、殿下と公爵夫妻と一緒に美しい草原に馬で遠乗りピクニックに行ったり、滞在最終日にはお城で魔法の花火を上げたりした。

 

 ギルバート殿下と公爵夫妻は七日程ライリーに滞在してから、殿下は王都へ、シエンナ様は嫁ぎ先の公爵領へ帰って行った。

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