第152話 水の中の宝物

 ビー玉のような魔石や樹液の玉を見ていると、前世の夏の記憶を思い出す。

 子供の頃の、遠い記憶を──


 * * *


 眩しい夏の朝。


 朝食の後に、ギルバート殿下に誕生日プレゼントを贈った。

 夜に屋上で会った時に渡そうかと一瞬思ったけど、それだとプレゼントはいつの間に渡したのだと聞かれたら、こっそりと部屋を抜け出したのがバレるので、やめた。



 プールに来る全員に日焼け止めを渡して塗るように言ったし、いつもの若い騎士達とラナンとメイドにも数名水着を支給している。


 ラナンの水着は明るく爽やかなビタミンカラーのオレンジ色のビキニ。

 メイド達の水着はセクシーな黒ビキニ。


 メイド服の色に似せて生地を黒にしたら勝手にセクシーになっただけだ。

 私は悪くない。


 あ、弟用にも水着を用意した。

 噴水の近くで水遊びが出来るように。


 メイド用の日焼け防止の薄手の上着は透け感の有るカーディガン系

 袖がちゃんとある方が給仕とかしやすいから。


 プールのそばには更衣室も作って有る。

 もちろん男女別。


 パラソルの下のテーブルにはワミードから仕入れた赤いハイビスカスやブーゲンビリアが飾られている。

 新婚旅行に来ているシエンナ様達の為にリゾート感を出した。


 錬金術師の先生にも水着を贈った。

 短パン型の黒に小さい刺繍入り。

 叡智の神の紋を入れてある。


 ちなみにお父様とギルバート殿下の水着の刺繍は葉っぱ模様の他に水神様の紋を入れてある。

 水難防止の為。


 お父様の水着は黒と群青。

 腰の紐の付近だけ黒に切り替えてある。

 お母様が紫のビキニに、花を刺繍したパレオ付き。

 私は透け防止対策済みの、白いフリル付きビキニタイプの水着。


 殿下の水着は落ち着いたカーキ系の緑色。こちらも腰の紐の付近だけ黒。


 プールの水面は夏の陽光でキラキラと眩しい程に輝いている。

 弟は小さいので、噴水の側で遊ばせているのを、リナルドとメイドが見てくれている。


「男の私達は良いとして、やはり布地が少ないのでは?」

 殿下が私の白いビキニ姿を見て、真っ赤になっている。


「水着とはこういう物です。慣れて下さい」

「辺境伯夫人も恥じらって上着を脱がないではないか」

「シエンナ様を見て下さい。堂々とされていて、流石です」

「姉上……」


 シエンナ様は楽しそうにプールの中で夫である公爵と水のかけ合いっこをしている。

 凄い、絵面がめっちゃ青春だわ。


 まあ、あちら、ハネムーンの最中ですよね。


「殿下もその水着とサンダル、お似合いですよ」

「ああ、貰った物を早速着たぞ。サイズもぴったりだったし、ありがとう」


 そう言いつつも、恥じらってそっぽを向いている、可愛い。

 殿下の水着姿を見るとなかなか良い筋肉もついてきている。

 将来有望そう。


「殿下、プールは初めてですか?」

「ああ」

「では、まず、水に慣れましょう」

「水の精霊の加護持ちだし、別に水は怖く無いぞ」


「それは結構な事ですね。──では、勝負でもしましょうか」

「勝負?」


「騎士がキラキラの丸いビー玉を水の中に投げ込みますので、潜って水底に有るのを探して来て下さい。

より早く多く拾い集めた方が勝ちです」


 籠にビー玉を入れて来たのを殿下に見せた。

 夏の日差しでキラキラと輝いている。


「これが、ビー玉か。透明感があって綺麗だな」

「私はガラス製を持って無かったので、これは魔石と樹液製のビー玉です」


 それをローウェとラナンに渡す。


「ローウェとラナンはそのビー玉を人に当たらないように水の中に適当に投げて来て」

「はい! お嬢様!」

「仰せのままに、我が君」


 騎士2人がポチャポチャとビー玉を投げ入れた。

 ややして、

「ビー玉を投げ入れ終わりました!」との声が聞こえた。


「殿下、歌が一曲終わるまでが捜索時間です」

「分かった」


「じゃあ、シエンナ様の侍女に歌の上手い方がおられるらしいので、キャロライン嬢! 一曲お願いします!」

「キャロライン、お願いね」


 キャロラインと呼ばれる金髪の侍女がシエンナ様の言葉に、やや恥じらいながらも頷いた。


 歌が始まった!

 私と殿下はザブンと水の中に潜る。


 あ! あった!

 最初の一個を見つけた!


 水は綺麗で澄んでいるから、水底のキラキラのビー玉もちゃんと見える。

 宝探しのようなこの遊びは、前世で子供が水に慣れるように考えられた物だと思う。



 青の魔石入りのビー玉を握って、一旦浮上して息を吸い込み、潜って、次を探す。

 あ! 赤いの発見!

 続いて二つ目ゲット!


 また息継ぎに浮上! 歌はまだ終わってない。

 再び水の中に、キラキラの緑色のビー玉発見!


「……!」


 手を伸ばしてみたら、殿下の蒼い瞳と正面から目が合った。


 水の中は透き通り、夏の陽光は、水面の輝きを水底に映し、ゆらゆらと煌めかせている。

 輝きの中で、私は彼の蒼の瞳に囚われたように、一瞬動けなくなった。


 すんでの所で、殿下に先を越され、緑色のビー玉は殿下の物になった。


 ──まあ、良いわ……。

 他を探そう。


 水の中から空を見上げ、浮上する。


 何度か息継ぎをして、潜るを繰り返して6つ見つけた所で、歌が終わった。

「終わりですー!」って声が聞こえたから。


「セレスティアナ! 其方は何個だ!?」

「6個です!」

「俺は7個だ! 勝ったぞ!」


 私達は手の中のキラキラの宝物を見せ合って、殿下が嬉しそうに笑った。

 その笑顔を見ていると、あまり悔しくは無かった。


「あと一個の差でしたか──負けました」

「それで、勝つと何か貰えるのか?」


「……ギルバート様」

「うん?」

「な、名前で呼んで差し上げます」


「……! ずっと殿下呼びだったのが! ようやくか!」


 ようやくで悪かったですね……。

 照れるんだもん!


「殿下! おめでとうございます!」


 いつの間にか殿下の側近達も水の中にいて、嬉しそうに声をかけている。

 照れるからやめて──!!


「勝ったついでに、この緑色のビー玉だけ貰っても良いだろうか?」

「良いですよ」

「ありがとう。其方の瞳の色みたいに綺麗だから欲しかったんだ」

「……!!」


 水に濡れ、夏の陽射しを受けた殿下の銀髪が、いつにも増して輝いて、とても眩しかったので、思わず私は俯いた。



「よし! 我々も宝探しをやるか!」


 お父様の声にはっとした。


 私と殿下の勝負を見ていた、お父様とシエンナ様と公爵様がやるらしい。


 お父様は上着を来たまま椅子の上に寝たり、ジュースなどを飲んでいたお母様を引っ張って、ようやく上着を脱がせ、水遊びに誘う。


 お母様が恥じらいつつ、ようやく上着を脱ぐと、白く美しくしなやかな肢体に、見事なたわわが。


 水着の上からでも眼福です。

 超セクシー!


 シエンナ様は再び水に入る前に、メイドの差し出す甘く弾ける炭酸のジュース、サイダーを飲んだ。


 その隙にビー玉をもう一度水に投げ込む作業をする。


 シエンナ様は炭酸のシュワシュワに一瞬目を見開き、驚いていたけど、


「面白い! 美味しい!」


 サイダーを実際に飲んでも、気に入ったようだ。

 シエンナ様は飲み終えたグラスをメイドに返した。


 ビー玉も投げ終わった。


「ティア! 今度は私達が宝物を探すから一曲頼むぞ!」


 う──ん。

 お父様からのリクエストでは断れない。


「はーい!」


「ペアでそれぞれ勝負して、負けた人は勝った相手の言う事を聞くのよ!」


 シエンナ様がやたら張りきっている。


「ああ、分かったよ、シエンナ」


「私が勝ったらシルヴィアからキスでも貰おうかな」

「ジークったら……!」


 おっと、どっちが新婚なのか分からないぞ。



 ──私は夏空の下で、この世界の、夏の歌を歌った。



 * *


 公爵夫妻の勝負で勝ったのはシエンナ様だった。

 勝者の要求は公爵領の海辺の土地を自分名義で頂戴って事だった。

 勝負の報酬のスケールが違う。


「松林を作ってサイダーの飲める観光地にするわ!」

「はいはい、我が妻の仰せのままに」


 公爵様は突然凄い物をねだられ、一瞬びっくりしてたけど、サイダーの飲める観光地には興味があるので、私はシエンナ様の勝利が嬉しかった。


 お父様とお母様の勝負も普通にお父様が勝った。

 宣言通りお母様にキスをねだって、ほっぺにちゅーをして貰っていた。

 この二人、側にいるハネムーン中の夫婦よりラブラブである。



「皆様、アイスのご用意が出来ました」


 メイドがマンゴーを添えた冷たいアイスを持って来た。

 わーい!


「何コレ! 冷たくて美味しい!」


 アイスの美味しさに興奮したのか、シエンナ様が声を上げている。

 晴れ渡る夏空の下、快活なレディとスイーツはよく似合うな、などと思った。

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