第151話 命の水

 〜 ギルバート殿下視点 〜


 何故、この世に産まれてしまったのか。

 俺の生に意味はあるのか。


 母と死に別れ、今際の際の母の願いを聞き入れた律儀な騎士に王城に連れて来られてから、何度も考えた。

 孤独なまま生きるのが辛い。


 心を殺して、死んだように生きれば、ただ余生を王位継承権もないままに、王族ごっこでもして潰せばいいのかと、思い至った日に、なんとも立派な騎士が5人選ばれ、自分の護衛騎士として付けられた。


 自分が死んだように生きれば、この5人の騎士の人生まで、台無しにしてしまうのではないか?


 そう思えば、何か申し訳無い気がして、何か面白い物でも無いかと、お忍びで城下町まで出た。



 何度目かのお忍びで、彼女に出会った。

 茶色い瞳に、柔らかな亜麻色の髪。

 ありきたりな色ではあるが、あまりにも可愛いらしい顔をしていて、大地の女神に娘がいればこんな感じかなと思った程だ。


 こんなに愛らしい子は見た事が無かった。


 どうやら側にいる仮面を付けた不審な装いの男性が父親らしい。

 声がとても良いし、彼女の顔を見るに、確かに仮面の下は美形なんだろうなと思った。

 少し一緒にいただけでも、彼女の父親への愛情が見てとれた。

 良いなと、思った。


 自分も彼女からの愛情が、想いが向けられたら、幸せだろうなと思うほど。


 物欲なんてほとんど無くなっていたのに、小さく愛らしい、宝物のような小さな女の子が欲しいと思ってしまった。


 品格維持費とか言うお金を決まった日に父王から貰っていたが、最低限の衣服に使ったくらいで、たいして消費していなかったので、蓄えもあった。


 なので彼女に財布呼ばわりされても、金で彼女の歓心が買えるならいいかと思った。

 彼女、名をアリアと言うらしい。


 奇跡的に王都で何度かアリアと会えた。


 それから、次にいつ会えるかも分からないまま、貰った英雄の物語の本を暇潰しに読んで、魔の森に興味がわいた。


 せっかく魔法も習っていたので、魔物に通用するのか試して見たかった。


 ライリーには王族が泊まれる宿もないから、あの森に狩りに行きたいなら、ライリーの城に泊まるしか無いと周囲の者に言われ、決めた。


 ただの宿泊手段として選んだ場所が、ずっと会いたかった天使の住処だったとは。



 陽に透ける緑の葉っぱのような美しい新緑の瞳。

 輝く光を集めて編んだようなプラチナブロンド。

 色が違うだけで、確かにアリアと同じ顔だと思ったらやはり、本人だった。

 自分と同じ色変えの魔道具を使っていたのだ。


 会う度に好きになる。

 今度は誕生日に城に招いてくれた。

 わざわざ誕生日に城に呼んでまで祝ってくれるらしい事に喜んだ。


 あげく、遅くまで起きていたら、こっそりと寝床から抜け出して、誕生日には誰よりも先に、

最初に「おめでとう」を言ってくれるらしい。


 なんて可愛い事を言うのか。


 なんだこの愛らしい生き物は。

 既に夢中になってしまっているのに、これ以上俺をどうしようと言うのか。


 一時は孤独のまま、なんで生きていなければならないのかと、嘆いてばかりだったこの俺に、産まれた日を祝福する言葉を送ろうとは。


 あの宝物を映しているかのように輝く瞳で、俺を見て、彼女は祝福をくれようとする。


 君と出会う為に、今まで自分は生きて来たのかと思った。

 使いどころがイマイチ分からなかったこの命を、君の為に使いたい。


 最初の騎士の座は急に現れた女騎士に奪われていて呆然としたが、君を守りたいと言う願いは変わらない。


 * 


 ーー夏の星の瞬く夜。


 セレスティアナは夏らしく薄手の白い夜着のまま部屋を抜け出して屋上に来た。

 白い服を着ていると、本当に天使みたいだ。


 共は女騎士を1人だけ連れて来ていた。

 俺はエイデンだけ連れて来ていた。

 彼女の連れた女騎士は本当に静かで、一言も話さず、人形のようだった。


 セレスティアナと星の話と、壊血病関連の勲章授与式は秋に有るとか、花の話だとかを少ししていたら、目の前の日跨ぎ草が青く光り出した。


 その時、誰よりも先に、柔らかく微笑む君に「お誕生日おめでとうございます」と言われた。


 乾いた土に水を貰ったかのように、優しさが沁みて来る。


 この日の夜を、俺は……


 生涯忘れないだろうと思った。

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