第150話 殿下のお誕生日前夜祭

 時が過ぎて夏が来た。


 本日はギルバート殿下のお誕生日の前日だ。

 燦々と降りしきる太陽の光が眩しい午後の光を浴びている。


 エアリアルステッキクーラーと日焼け止めが間に合っていてよかった。


 椅子も冷蔵庫も追加注文で数を増やした。

 使用人も増やして、託児所も用意した。

 おもちゃも絵本以外はそこそこ揃った。


 殿下のお誕生日プレゼントのサンダルと水着とお守りの組み紐ブレスレットも用意出来た。


 プールには大きなビーチパラソルとビーチチェアを設置。


「噴水も問題なく作動しております」

「プールの浄化石も問題ありません」


「よーし、最終チェックOK」


 私は使用人達の報告を聞いて頷き、明日の為にプールの点検を終えた。


 

 * 


 夕刻のサロンにて。


「……これを本当に人前で着るの? やはり布地の面積が少ないと思うの」


 お母様が私の渡した水着を見て、また恥じらっている。


「水着とはこういう物ですし、前回試着もして、お似合いだったじゃないですか」

「あの時はティアとメイドしか見ていなかったし」

「シエンナ様も水着を着るんですよ」

「……じゃあ、せめてこの上着を着たままでも良いかしら?」


 水着の上に羽織る上着は三種用意してある。


 白いレース付きでポンチョ系の上着と白い透け感のあるエレガントなカーディガン系とスポーティなパーカー系。


 お母様は生地が一番厚い、透けないパーカーを選んで膝に乗せているけど、エレガントな透け感のあるカーディガン系の方がより、似合うのにな。


「それは水に入らない時に着る物ですから、泳ぐ時には脱いで下さい」

「私は無理に泳がなくても……」

「水に入ると涼しいですし、泳いだり歩いたりすると体型維持にも有効ですよ」

「……」


「目隠しの壁も出来てますし、プール内は同じく水着を着た人や、知人ばかりですよ」

「私はもう覚悟を決めたぞ」

「ジーク……」


 お父様は既に水着を着る覚悟が完了しているようだった。


「ご主人様、そろそろ殿下と公爵夫妻が転移陣に来られる時間でございます」

 家令がお父様を呼びに来た。


「ああ、分かった。庭園に行く」


「……そうですか。

じゃあ私もせっかく用意してくれたのだし、シエンナ様も着るのなら、明日はお付き合いするしかありませんね。

お出迎えの準備を致しましょう」


「はい、お母様」


 *


「皆様、ようこそライリーへおいで下さいました」

「辺境伯、今回も宜しく頼む」

「はい、殿下」


 ギルバート殿下と側近達が並んでいる。

 殿下の夏の装いは涼しげなノースリーブだ。

 今日は夕陽を浴びて一際キラキラしているように見える。


 殿下の次に声をかけて来たのは公爵だ。

 名をルーク様と言った。


「急に新婚旅行先に選んでしまってライリーには申し訳ないが、

夫婦共々、しばらくお世話になる」


 シエンナ様も華やかな笑顔で「よろしくね」と微笑んだ。


 そしてシエンナ様の連れて来た侍女達はお父様に見惚れているようだ。

 正直な人達だ。でも気持ちは分かる。


 だけど公爵閣下もシエンナ様と並んで見劣りしない金髪碧眼のイケメンだなと思った。


「ギルバート殿下の誕生会と公爵夫妻の新婚旅行の場に選んでいただき、光栄でございます。

それでは、執事がそれぞれのお部屋にご案内しますので」


 まず、荷解きが必要だからね。

 その後皆様と庭園で晩餐をご一緒する。



「ところでセレスティアナ。女性騎士が増えたのだな?」


 殿下が私の側に控えているラナンに気が付いたようだ。

 ラナンは静かに頭を下げた。


「私の専属の護衛騎士でラナンと言います」

「……っ!」


 殿下は何故か一瞬とても驚いた顔をしてフリーズした。


「殿下? どうか致しましたか?」

「……10歳になってから、専属の護衛騎士を選ぶと聞いていたのだが」


「ラナンはリナルドの紹介で特別なのです。

女性騎士は数が少なく貴重なので他に取られる前に早めに来て貰いました」


「そ、そうか……」


 *


 夏の宵。


 今夜の晩餐は立食パーティーとなっている。


 殿下の誕生日の前夜祭とも言える晩餐会場の庭園には魔石を使い、蛍の光に似せて幻想的な光りを演出している。


 篝火も焚いているが、天才錬金術師が虫除けの香を作って焚いてくれているので、虫は寄って来ないからありがたい。


 パーティー料理は今回も人気がある物を並べてある。


 両親はやや離れた場所で公爵夫妻と歓談しつつ、美味しい料理に舌鼓をうっているのを確認。



 私はそっとドレスの裾を掴んで殿下の側に近寄った。


「殿下、どうしますか? 日付けが変わる深夜まで起きていますか?」


「俺が夜中まで起きていて、何か良いことが有るのか?」

「その場合は、私が殿下に一番先に、おめでとうを言うかもしれませんよ」


 殿下は一瞬目を見開いて驚いてから、耳まで赤くなった。


「かも……とは?」

「実は最初のつもりでもエイデンさんあたりには早さで負ける可能性がありますので」

「そこは私も空気を読んで令嬢の後に言いますので!」


 側に控えていたエイデンさんには聞こえていたらしい。


「はは。しかし夜中までこの庭園にいる訳じゃないだろう?」


 私は小さく笑った殿下の耳元でそっと囁くように言った。


「屋上に夏の星を見に行きますよ……」

「……では、屋上に……行けば会えるのか?」

「そうなります……」


 ちょっと寂しいけど、屋上の家庭菜園はもはや撤去してある。

 もはやライリーの地でも、瘴気の影響は消えて、普通に大地に実るから。


 そして、今は野菜の代わりに鉢植えの花が三つほど置いて有る。


 この世界にはまだ正確な時間を刻む時計が無いけど、日付けが変わる時間に青い光りを放つ、日跨ぎ草と言われる花があるので、それを入手した。

 植物の図鑑が役に立った。


 つまり日跨ぎの花が青く光っていたら、日が変わったと分かる。

 青い光りは5分くらいで消え、朝になれば花を閉じる。


「……夜中に部屋を抜け出して、両親に怒られないのか?」

「こっそり行くのですよ。お誕生日は特別な日なので仕方ないじゃないですか」


 私はそう言って、いたずらっぽく微笑んだ。

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