第148話 はじめてのおつかい
ラナンは見た目は17か18歳くらいだけど、中身は産まれたばかりで、あらかじめ植え付けられてる知識はあっても、経験は積んでないはず。
だから多分、お使いも初めてだよね?
「ラナン、お使いは初めて?」
「はい、家の外に出たらすぐ、こちら、我が君の元に来ましたので」
やっぱり、お使いは初めてだ。
しっかり記録を頼もう。
*
ラナンのお使い同行者はローウェとヴォルニーの幼馴染コンビになったようだ。
「ヴォルニー、ローウェ、こちらに不慣れなラナンの案内と記録係は任せましたよ」
「はい、お任せ下さい」
騎士三人とリナルドは転移陣から王都へと出発した。
*
しばらくせっせと文章を書いていたら、執事からの報告を受けた。
ミシンを扱う針子を最近増やしていたのだけど、当然彼等にも家族がいる。
子供が熱を出してるから早めに帰りたいと執事に言って来たらしい。
私は子を心配している針子の母親に薬を持たせて、すぐに家に帰るように言った。
殿下やシエンナ様達が来る夏までにメイドや従僕も人を増やす。
福利厚生を考えなければ。
執務室にいるお父様の元へ向かう。
「お父様、このお城は広いのでお部屋はまだ余っていますよね」
「そうだな」
「針子も増やしたし、更に夏に向けて使用人も増やしますよね」
「ああ」
「子持ちの使用人の為に、小さい子供を預かる託児所を城の一部に作れませんか?」
「城内に託児所か……」
「小さな屋敷なら泣き声とかで騒がしくもなるでしょうが、城の端の方なら、どうでしょう?
子供が多少騒いでも、普段貴族のいる、我々の生活圏内の所までは聞こえ無いのでは?
親も子供が近くにいて見てくれる人がいたら安心して仕事も出来ますし、どうしても城内に作るのが厳しいなら、離れを作るとか」
「通常、城勤めの通いの者は親か修道院などに子を預けて来るようだが、この城は広いからな。
殿下達と鉢合わせしない場所ならば、許可しよう」
「お父様、ありがとうございます。
執事やメイド達に使えそうな部屋を用意して貰いますね。
それと子供の面倒を見てくれる人を数人雇って下さい」
「ああ、分かった」
さて、王都に行ったラナン達はどうなったかな?
〜 (一方その頃の王都のラナン達は…… ) 〜
(ヴォルニー視点)
我々騎士三人と妖精一匹は王都に到着した。
これから服屋に行こうとした所で、女騎士というよりは深窓の令嬢のような雰囲気の有るラナン殿が口を開いた。
「お嬢様は私の服を新品で、ご自分の服の普段着分は中古でいいなどとおっしゃっていましたが、普通逆ですよね。私のは中古で構わないので、お嬢様の分を新品に出来ないでしょうか」
ラナン殿の持つ籠バッグの中から、小さな妖精のリナルドが話かけてきた。
『でもラナン。ティアは庭園とかでお供え用の花を屈んで、自ら選んで切って持って行くから、ドレスではなく丈が長過ぎない、汚れても良い服が欲しいんだよ。下手すれば土いじりもするし』
「庭師を呼んであれが欲しいと指を差せば済む事でしょうに」
お嬢様はそのあたり、あまり貴族らしくない。
だがそんな所が愛らしいとも言える。
『ヴォルニー、ティアは庭園の花が欲しいからって朝も早くから人を呼びつけるって事をしたくないから自分でやってるんだよ』
「ああ……お嬢様はお優しいから。私も冬の早朝に花を選ぶお嬢様と遭遇してました」
「そうだよ、ヴォルニーが冬の朝、お嬢様をマントに入れていたのを俺も見た。
だが、そもそも庭師も早起きなのでは?」
そう言えば、ローウェはお嬢様にマントに入って貰いたいと騒いでいたな。
『どちらも早起きでも、起きる時間や庭を見に来る時間が全く同じとは限らないんだよ』
「それもそうか」
リナルドの言葉にローウェも納得したようだ。
「お嬢様の服もラナン殿の服も、どちらも新品と中古の半々で買う。
それなら誤魔化せるのでは?」
「じゃあ、そのローウェの提案に乗るとしようか」
「では、まず新品のお嬢様の服から、探しましょう」
「ラナン殿はお嬢様の服から選びたいようだから、そうしようか」
我々は貴族や富裕層の行く高級な服を扱う店舗へと向かった。
お嬢様の服はカゴの中からリナルドがあれが良いとか指示を出してくれるので、あまり迷わずにすんだ。
「この店は子供服だけでなく、大人向けも扱っているようだ。
ラナン殿、ご自分の服は、どのような物にしますか?」
「私の物は動きやすければどうでも良いです」
『よし、僕がラナンの分の服も見立ててあげるよ。ティアが見たら喜びそうなのを』
「我が君が喜ぶならそれで構いません」
動きやすさ重視の方か、流石女性とはいえ騎士だな。
リナルドはラナン殿に似合う、色の綺麗なドレスと女性用乗馬服とワンピースを選んだ。
審美眼は確かなようだ。
見た目は小さなリスのような愛らしい妖精なのだが。
高級店が並ぶ通りには、花屋の出店もあった。
店先に並ぶ花達が綺麗なので、預かったクリスタルで一応撮影しておく。
「ラナン殿、君の名前と同じ綺麗なラナンキュラスの花があるよ。お土産に買っていこうか?」
「いいえ。まだこれから買う物もありますし、嵩張る荷物になりますから」
ローウェがラナン殿に花をお土産にしようかと声をかけたが、速攻で却下された。
私はローウェの幼馴染なので昔からやつを知っている。
顔が良いから、女性にはかなりモテる方なはずだが、今回は空振りだな。
顔の良さも華やかな笑顔も何も通じていない。
今日も道行く女性は頬を染めてこちらをチラチラ見て来ると言うのにな。
『えーと、ほら、今日は仕方ないよ。亜空間収納スキル持ちが同行していないから』
ローウェよ、妖精にも気を使われているぞ。
「そうだった……アシェル殿もお嬢様もいなかった……」
次は中古の服を売る店に行ったがそこでもリナルドが積極的に選んでくれた。
しかし、ラナン殿は女性なのに驚くくらい、もっと違うのがいいとか主張しない。
見た目はとても可憐で愛らしいのに、着飾る事に興味が無いのだろうか。
まあ、スムーズに買い物が出来て良かったとも言えるが。
「さて、買い物は終わりましたね。
そろそろお昼なので食事にしましょう。
ラナン殿、どんな物が食べたいですか?」
ローウェが食事に行こうと促して来た。
「お嬢様から預かった大事なお金です。あまり高級な物では無い方が良いのでは」
「味の好みとかは?甘いのとか辛いのとか」
「動くのに支障ないくらいの栄養が取れれば良いのでは無いでしょうか」
食の好みも特にないのか。ある意味凄いな。
「では、女性が好きそうな店に行きましょう。
お嬢様がクリスタルの記録を御所望でしたから、見栄えがする所に」
なかなかいい提案だと思ったのでここはローウェに同意しよう。
「ああ、それなら、あそこはどうだ? 花が沢山飾られていて見栄えがする可愛い店だ」
「お嬢様が喜ぶなら、そこで構いません」
*
店内に入って、ローウェは窓際の席を選んだ。
泥棒に取られないように壁の横、足元に買い物をした荷物の一部を置く。
ローウェの隣りに私が座った。
私の目の前にラナン殿が座り、ラナン殿はローウェの目の前の席の隣の椅子の上に買った服などの荷物を置き、籠バッグは一瞬悩んで窓の有る壁際のテーブルの上に置いた。
メニューを見て、適当に皆同じ物を注文した。
「この、ワインで煮込まれた牛肉のシチュー、なかなかいけるな」
ローウェは注文したシチューがハズレでは無かった事に安堵しているようだ。
「パンはやはりライリーの城で出て来るのが至高だな」
いつも食べている美味しいパンを思い出すと、やはり見劣りするし、味も劣るのでつい、比べてしまった。
「パンと言えばこの間の肉まん?なる物が美味しかったな、外側がふわふわのやつ」
ローウェは肉まんの味を思い出し、また食べたいなあ、と、希望を口にしていた。
それには私も同意する。
「本当にあれは沢山食べたくなる味で困ったな。二個までだったが」
「代わりに鶏肉と蒸した芋を沢山食ったから、いいけどな。
ーーあ、君、果物があったら持って来てくれ」
近くを通った給仕に声をかけ、果物を注文したローウェは机の上に置いてある籠バッグを自分の膝に引き寄せ、届いた葡萄の実を半分くらいちぎって、中にこそっと入れ、また籠バッグをテーブルの上に戻した。
ああ、果物の注文は中にいるリナルドの為だったか。
なかなか優しいじゃないか。
「蒸した芋にたっぷりバター乗せるだけで美味いからな。
焼いた肉にはお嬢様の特製スパイスをかければ魔法のように美味くなる」
お嬢様のスパイスを褒めると同意とばかりに、やつも、にこっと笑った。
目の前にある料理もちゃんと記録しておくため、クリスタルを使う。
気が付くとローウェと私ばかり話していた。
ラナン殿は静かに黙々と食べている……と、思ったら籠の布を少し捲って中をそっと覗き込んだ。
花の飾られた出窓からは明るい日差しが入って来ている。
彼女はさらりと落ちて来る柔らかそうなミルクティー色の髪を耳にかけて、小さな声で言った。
「……葡萄、ちゃんと中で食べているようです……」
こういう仕草は女性らしく愛らしいなと思った。
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