第142話 シエンナ様と夏の計画

 キーン先生に魔法の本の教本も無事返却出来た。


 早々に王城内から出る為に、転移陣へと通じる廊下を歩く。

 私は両脇をシエンナ様とギルバート殿下に挟まれてる。

 前方と後方に護衛騎士。

 なんぞこの布陣。


「そう言えば、公爵領に松の木を沢山植えようと思うのだけど、どういう所が良いとかあるのかしら?」


 隣を歩くシエンナ様は私の方を見て問われたので、答えよう。


「松なら塩風、塩の影響にも強いらしいですし、防風林としても良いみたいなので、海の近くとかいかがでしょう。

松ぼっくりは燃えやすく、焚きつけにも使えますから、旅人や平民達も助かるかもしれません。

松は薪としては本当によく燃えますが、燃えすぎて火持ちはせずに、直ぐに灰になりますけど、焚き付けには良いと思います」


 キャンプやサバイバル中に松ぼっくりを見つけたら着火剤に使えるし、日々の料理にも火はいるからね。


「なるほど、平民の暮らしまで考えるなんて、セレスティアナ嬢は優しいわね」

「姉上はサイダーが飲みたいだけですよね」

「ちょっと、ギル」


 シエンナ様はギロリとギルバート殿下を睨む。


 こういうあまり遠慮の無いやり取りを見るに、この姉弟はわりと仲が良いのかも。


「ふふ。ライリーの城の松も、私がサイダーを飲みたいだけで植えられていますよ」

「!!ほら、ごらんなさい、ギルバート!これが王族や貴族のお金の使い方よ!」


 私の援護射撃のような言葉を聞くなり、味方を得たとばかりに生き生きするシエンナ様。

 この方、可愛いなあ。

 思わず口元がほころぶ。


「はい、はい。どうぞご自由に」


 ギルバート殿下は呆れ気味だ。


「サイダー作りの為に人を雇えば、領民に仕事も与えてやれますし、松の葉には血液浄化、血管強化、口内炎、胃腸にも良いとか言う、健康効果もあるそうですよ」


「……私、セレスティアナ嬢とお話するの好きだわ! 見た目もとっても可愛いし!」


 シエンナ様にがばりと抱きつかれ、そのままぎゅっと抱きしめられている。

 どうやらすっかり気に入られてしまった。


「あ、姉上、急に抱きつくのはどうかと」

「だってあまりにも可愛いから。てゆーか、ギル、羨ましいんでしょ」


 シエンナ様は悪戯っぽく、ニヤリと笑っている。


「姉上、からかわないで下さい。

セレスティアナ。向こうに薔薇園が有るが、見て行かなくて大丈夫か?」


 強引に話を逸らせようとするギルバート殿下。味方してあげよう。


「かの有名な薔薇園ですか、じゃあ、せっかくなので少しだけ」


「わあ、綺麗ですね」


 そこは、見事に美しい薔薇園だった。

 薔薇の香りも芳しい。


 一種類だけではなく、色んな種類の薔薇が植えてある。


「向こうには珍しい青い薔薇もある」


 そう言って、ギルバート殿下が私の手を取り、引っ張ってずんずん歩いて行く。

 シエンナ様と距離を稼ぎたいのか、早く青い薔薇を見せたいのか。

 殿下、足早い! 私は小走りになってしまう。


「あらあら、ギルバート! もっとゆっくり歩きなさいよ! レディのエスコートは優しく優雅に!」


 ちょっと離れた所からシエンナ様の声がする。

 ヒールの高い靴の人は走れない。



「……! すまない、歩くのが速すぎたようだ」

「はい」



 歩調を緩めてくれたので、私は転けずに済んだ。

 たまに子供らしい強引さで引っ張って行くのよね、微笑ましいけれど。


「ほら、青い薔薇だ」

「とても……綺麗ですね」


 目の前に貴重な青い薔薇の花が美しく咲いている。


「庭師に頼んで少し切って貰おう」

「貴重な薔薇でしょうに良いのですか?」

「陛下からも特別な相手に贈る場合には良いと聞いている」


 ……特別な相手に? 意味深……。ちょっと照れる。


 ギルバート殿下は庭師に薔薇の花を七本程切らせて、私にくれた。


「じゃあそろそろ、買い物に行きましょうか」


 シエンナ様に促され、今度こそ転移陣へ向かった。


 青い薔薇の花はずっと持っていると目立つので、亜空間収納に大事にしまった。


 * 


 生地屋に到着した。


「ドレスの生地を選ぶの?」

「み、水着です。この水に強い生地で作ります」


 シエンナ様からの質問をスルーするわけにもいかない。


「水着?」


「夏とか暑い日に、水の中に入りたいのですが、全裸は無防備すぎて無理です。

しかし、普通の服での着衣泳は危険です。

水の中に入るのには適した素材で、水着を着るのがベストです」


「海とか川とか湖に入るの?」


「それも良いと思いますが、とりあえずはライリーに泳げる広さと深さの有るプールを作っております。

大きいお風呂みたいな物です。

目隠しの壁も有ります」


「涼しげで良いかもしれないわね。

それ、夏になったら私も入れるかしら?」


「……み、水着が有れば、大丈夫だと思います。

それとライリーに来られるなら、私の父の許可とシエンナ様は旦那様の許可が必要では無いでしょうか?

人前でそこそこ肌を晒す事になります」


「水着って、どんなデザインなの? ドレスとはだいぶ違うのかしら」

「水の抵抗をあまり受けないように、布の面積は少ないですね」


 私は亜空間収納からデザイン画を描いて有るスケッチブックを取り出して、シエンナ様にパレオ付き水着のデザインを見せた。


「あらあら、確かに下着のように布の面積は少ないけれど、涼しげね。

そのプールには女性のみで入るの?」


「異性とも一緒に水に入れるように水着を着るのですよ。

もちろん、シエンナ様が女性以外に肌を見せたくないなら、水遊びの時間を男性とずらす事も、可能ですが」


「なるほど、水着を着れば男性とも一緒に水に入れるのね。

堂々とこういう物だと言い張ればいけそう。

夏場の新しい流行にするのも悪くないわ。

私も実際に体験して、流行らせてしまいましょう」


 流石、流行を気にする上流階級。

 話が早い!


 思えば着替えもお風呂も人に手伝って貰う王族や貴族は裸は見られ慣れてるのかもしれない。

 異性は別としてだけど。


「甘い物を食べすぎた時もプールで泳いだり、水の中を沢山歩いたりすれば、痩せられるかもしれません。

水の中なら沢山歩いても浮力で膝や体の負担も減るでしょうし」

「痩せるの? それはますます良いわね!」


「何か布の面積が少ないとか、不穏な言葉が聞こえたが?」


 殿下が胡散臭そうにこちらを見て言った。


「ギルバート殿下は私と一緒に水遊びしなくて大丈夫なんですか?

私が楽しくプールなどで水遊びしている間、お部屋で休んでいます?」


「……嫌だ。一緒に遊ぶ……」

「では、水着を着なくては。レディの前で全裸はダメですよ」


「着るとも! 水着と言う物を用意すれば良いのだな!?」


「私から贈られるのが、気持ち悪いとか、嫌じゃ無ければ、殿下の分はこちらで用意致します。

色々お世話になっていますので」


「別に気持ち悪くなどないし、じゃあ頼む」

「はい、お任せください」


 実はもう作って有るけどね!


「シエンナ様、白は気を付けないと水に濡れると透けてしまいます。

裏地に特別な加工をするのが面倒なら、違う色を選んで下さい」


「私のは赤にするわ」

「ええ、お似合いだと思います」


「ルークのは何色が良いかしら?青にしようかしら」

「公爵様と一緒にライリーに来られるのですか?」


「新婚旅行の予定が最近の各地での不穏な魔物の報告でダメになっていたけど、ライリーなら今は安全圏と聞いたし、良いと思って! ダメかしら?」


「お、お父様に聞いてみます」

「よろしくね!」

「は、はい」


 し、新婚旅行──っ!そう来ましたか──!!

 ライリーって、どこか見所あったかしら!?


 広大な草原とか!? 領主夫妻のお顔!? それなら自信あるけど!


 正直来るなら温泉リゾートとかが復活してからにして欲しいけど、まだもう少し時間かかるだろうから、仕方ないよね。


 ちゃんとおもてなし出来るかちょっと不安。

 新婚旅行ならなるべく良い思い出を作って欲しい。



 とりあえず、メイドの水着用に私も何種類か生地を選ぶ。


「あ、さっきのデザイン画、良ければ少し借りても良いかしら?」

「良ければ、差し上げます。これが、男性用と女性用の水着デザイン画です」


 私は顔の部分は輪郭しか描いてない、水着のラフデザイン画をシエンナ様に渡した。

 顔の中身を両親にした物は渡せない。

 エロ絵だと勘違いされたら困る。


「ありがとう! うちの贔屓の店に生地とデザインを渡して作らせるわ」

「シエンナ様、男性用の水着デザインを私にも見せていただけますか?」

「ええ、良いわよ、はい」


 エイデンさんはさっき私が渡した水着デザインを確認している。

 他の側近さん達も集まって来てデザインを見ている。


「川でローウェと言う、うちの黒髪の騎士が着ていた物と同じなのですが、私がもう一枚描いて差し上げます」


 男性用水着ラフをスケッチブックにその場で描いてエイデンさんに渡した。


「セレスティアナ様、ありがとうございます」

「……エイデン、いや、お前達も水着を着るのか?」


「殿下がもし水場で溺れたら助けが入りますので、私も生地を買って水着を作っておきます」


「俺には水の精霊の加護が有るから、そんな事にはならないとは思うが、まあ良い。

側近達の水着を作る予算は俺の方から出しておく。

針子は詳しく無いので姉上と同じ所に依頼しても良いだろうか?」


「私は良いわよ。同じ所で作るようにしてあげる」


「「ありがとうございます」」


 殿下の側近の騎士達が殿下とシエンナ様にお礼を言って、頭を下げた。


 どうやら仕事熱心な側近さん達も水着を着る覚悟を決めたようだ。

 側近さん達もお金を出してあげる殿下も、えら──い!


「それとここの生地の支払いは全て俺が持つ」

 殿下、優し──い!


 ところで錬金術師の所にクリスタルがゲームに使えるのか相談に行くのはどうしよう。

 このお二人がいる前では無理だわ。


 今度また、出直すか、もういっそ、錬金術師をライリーに食事に来ないかって招待する?

 ライリーの騎士と一緒なら転移陣を使えるでしょうし。

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