第137話 エーリレフ侯爵領
エーリレフ領主邸に行くパーティーは私とアシェルさんと金銀コンビの騎士2人。
時刻は朝の9時半くらい。
侯爵邸、庭園内の転移陣に到着するなり、ずらりと並ぶ屋敷の使用人達が一斉に、恭しく腰を折った。
歓待ありがとうございます。
侯爵家のお屋敷は大きく、豪奢であった。
堅牢が売りのライリーの城とは違う趣がありますね。
館内に案内されると、領主たる侯爵様も朗らかに出迎え、声をかけて下さった。
黒髪に茶色の瞳の40代位のイケオジだ。
「これはこれは、噂に違わぬ愛らしさだ。ライリーのセレスティアナ嬢には初めてお目にかかる」
「エーリレフの侯爵様にご挨拶申し上げます」
お互いほぼ形通りの挨拶の後、すぐに本題を振ってくれた。
話が早い人好き。
「セレスティアナ嬢は、大理石の石切り場にお行きになりたいと伺っておりますが」
「はい、そうです。ぜひ現地で大理石を購入させていただきたく」
「わざわざ現場に行かずとも、取り寄せは可能ですが」
「すぐに欲しいので、自分で買い付けに行った方が早いかと思いまして」
「おや、そんなにもお急ぎですか、ならば仕方がありませんな」
侯爵邸の転移陣から、転移陣のある神殿に移動。
そこを出たらすぐ目の前に大きく、上部が白い山がある。
あの山が大理石の産地ね。
「ここを道なりに進めば石切場に着きます」
「其方に感謝を」
巫女さんの案内で道も分かった。
騎士と共に神殿で馬を借りて進む。
道中で、女性の悲鳴が聞こえた。
急いで馬で駆けつけると、白い狼のような魔物3匹がいて、その一匹に、女性が襲われている!
「シルバーウルフ! 数は3です!」
『ストーンバレット!!』
騎士の切迫した声を聞くなり私は、石礫の魔法を放った。
それは正確に、女性を襲う一匹の白銀の狼の頭部を撃ち抜いた。
アシェルさんも矢を放った。
女性から少し離れた場所にいる一匹の狼を眉間を狙って即殺。
騎士達も抜剣し、残りの1匹の狼をすぐに倒した。
女性の側に籠が落ちていて、二匹の狼達はその中身を漁っていたようだ。
「大丈夫ですか!?」
「うっ!! ぐ……」
「うわ──ん! お母さん!」
子を庇うように地面に膝をつき、苦痛に呻く女性の背中は狼の爪で引き裂かれ、血を流していた。
幼い我が子を守る為、母親は命懸けで覆い被さっていたのだ。
「魔獣は倒しました! 今、治癒魔法をかけます」
光魔法、治癒魔法に必要なのは、癒してあげたいという、真心だ。
『癒しの光よ……ヒール!』
私の手元から光が溢れて、勇敢で優しい女性の傷を急速に癒やしていった。
「い、痛みが消え……た……」
女性がようやく恐る恐る顔を上げた。
「て、天使様?」
私を見た女性が何か勘違いをした。
「いいえ、天使ではなく、人間の通りすがりの者です。ここはよく魔獣が出るのですか?」
「普段は石切場や周辺への道は魔法師様の結界石のおかげで守られているはずなので、こんな事は無いのですが」
「それでは、結界に綻びでも出来たのでしょうか?」
騎士、レザークの問いに女性は「そうかもしれません」と、勘で答えるしか無かった。
男の子は泣きながら母親にしがみついている。
「この籠、あなたの物ですか?」
ぼろぼろになって転がっていた籠を騎士のヴォルニーが持って来た。
「はい、石切場で働く夫に、お昼のお弁当を届ける最中に襲われて」
「ああ、中身はもうダメのようですね」
レザークは籠の中身が地面の上に散乱しているのを見て言った。
近くにはシルバーウルフの亡骸が二体有る。
レザークは、ばさりと羽織っていたマントを取って、女性の背中を覆った。
流石騎士! ジェントルマン!
「残り二匹の狼は弁当に気を取られたんでしょう。
そのおかげでとりあえずギリギリ命までは奪われずに済んだ」
「旦那さんの元まで私達が送りますね、ちょうど石切場へ行く途中でしたから」
「あ、ありがとうございます。美しいお嬢様」
私が魔法を使える上に騎士を連れているので、貴族と判断したらしい。
今度は当たりです。
「ところで、そこに倒れているシルバーウルフの毛皮は綺麗なので、売れるのでは無い?」
「はい、売れます!」
レザークが力強く答えた。
よし、三匹とも亜空間収納にしまっちゃおう。
* *
「あなた!」
「お父さん!」
「どうした!? お前達泣いて……!?」
我々が石切場に到着すると、母子のただならぬ様子に狼狽するガタイの良い夫らしきおじさん。
周囲にいる作業員のおじさん達も、何が起こったのかと、こちらを見ている。
木製の小屋っぽいのがおじさん達の背後に見えた。
おそらく作業員用の休憩所でしょう。
「2人は道中、シルバーウルフに襲われていたの。奥さんに着替えを渡すわ。
あそこに見える家で着替えをさせて貰って」
私は小屋を指さした後で、魔法陣の描いてある、亜空間収納偽装風呂敷を出した。
そこからメイドが外に行く時用に用意していた着替えのワンピースを一着出して渡した。
「こ、こんなに綺麗なお洋服を、良いのですか?」
「メイド用に用意していた中古の予備の着替えなので、構わないわ。差し上げます」
「何から何まで、ありがとうございます」
「ところで、お嬢様方はもしかして」
「ええ、領主様から聞いているかしら? 大理石を購入したくて来たの」
「お嬢様方は妻と子の命の恩人です。無料は無理ですが、半額にはさせていただきます」
「それであなた達の生活が大丈夫なら、こちらはありがたいけれど」
「大丈夫です」
そこまで言うなら安くしてもらおう。
このご主人、石切場のトップだったのかも。
「そう言えば、奥さんのお弁当は狼のせいでダメになったわね、おにぎりで良ければ差し上げるわ」
亜空間収納にストックがあるから、親子の分をあげても良い。
「あ、ありがとうございます! 実は腹ペコでした!」
葉っぱで包んだ、おにぎりとカブの漬け物を親子にあげた。
パンでも良かったのだけど、石切場の労働者的には米の方が腹持ちが良くて嬉しいかなって。
我々は景色を見ながら、亜空間収納から取り出した、焼き立てのままの香ばしい香りを放つ美味しいクロワッサンを食べた。
飲み物はミルクティー。
大理石の石切場は珍しい景色なので、クリスタルで記録もしていく。
別の場所で食事をして来た親子から、去り側に言われた。
「初めて食べました! ファイバスと言う物なんですね。美味しかったです!」
おにぎり弁当も気に入ってくれて良かった。
* *
結果的に半額で欲しい量の大理石をゲットして、エーリレフ侯爵の邸宅に帰還した。
何やかんやと既に夕刻。
「いや、まさかあの道に魔獣が出るとは、申し訳ない」
報告を受けて真っ青になった侯爵様が詫びを入れて来た。
「いえ、我々は怪我も無いから大丈夫です。
ただ、結界石に何か不備がないか、調べておかないと危険かと」
「勿論、早急に調査団を向かわせました」
「そうですか、最近各地でおかしな事が起こっているらしいですし、無事原因が分かると良いですね」
「ええ」
「色々あって、お疲れでしょう。湯浴みと晩餐のお食事は、どちらを先に致しますか?」
黒髪に青い瞳の侯爵夫人が声をかけてくれた。
「では、私は先にお風呂をお借り致します」
食事の前にお風呂で埃を落として来るのがマナーだよね。
騎士達も別のお風呂を借りられるみたい。
* *
「竜騎士の知り合いがおりましてな、ライリーの食事はとても美味しいのだとか」
こんな所までそんな噂が広がっている!
私は目の前の皿にある、牛肉を見た。
おそらく塩胡椒で下拵えし、焼いた肉である。
侯爵邸の料理人の用意したソースは別の容器に添えてある形であったので、とりあえず、亜空間収納の偽装布から、アレを出してみる事にした。
「こちら当家秘伝の焼き肉のタレでございます。
小皿に入れますので、ソースを付ける前のお肉に、付けてみますか?」
私は焼き肉のタレの入った瓶を出した。
「おお、それはありがたい。ぜひ試してみよう」
侯爵は早速小皿に入れたタレに、切り分けた牛肉をつけ、食した。
「う、美味い……っ!! 何という美味さだ、肉が何倍も美味くなる!」
この人、三回も美味いって言ってくれた。思わず私の口元も笑ういうもの。
「まあ、本当に、美味しい事……。
秘伝と言う事は、レシピは秘密なのでしょうね、残念ですわ」
侯爵夫人も目を輝かせ、美味しそうに食べている。
「貴重で入手困難な調味料を使っておりますが、まだ少しは残っておりますので、開封、使用済みでよろしければ、こちらのタレは瓶ごと、贈らせていただきましょうか?」
材料の醤油が入手困難なのですよ。
使うと無くなるから。
「おお! ありがたい! 開封済みでも構いません!」
「明日はせっかくですし、石切場より綺麗な花畑など見学されて行かれませんか?」
「まあ、花畑ですか? 素敵ですね、ぜひ、そうさせていただきます」
一泊したら、明日は侯爵夫人の案内でお花畑に行けるらしい。
豪華な客室で旅行を満喫。
このお部屋内部は侯爵夫人に許可を取って、クリスタルで記録させて貰った。
いずれ作る乙女ゲームにも背景は必要だから、参考資料は多い方が良い。
色んな角度で撮影した。
天井や床までも撮る人は漫画も描く人にありがちな行動。
* *
「あ! 羊がいっぱいいますね! 可愛い!」
馬車で花畑に行く途中、美しい緑の草原を行く、羊の放牧を見かけた。
のどかで良い景色! クリスタルで撮影しよう。
こういう雰囲気の良い景色、大好き。
「お帰りの際には、お土産に羊肉とワインをどうぞ。
当方の名産品は大理石の他にはワインも有りますのよ」
「! ありがとうございます」
羊肉! ジンギスカン!
さっき羊を見てのどかだの可愛いだとか思ったけれど、まあ、お肉は食べたいので、有り難くいただいて行こう。
お酒は大人達とドワーフが喜ぶだろうし。
* *
壮観!
お花畑到着! 一面、赤と紫のお花の絨毯が広がっている。
どちらかというと、赤い色の花が多いかな?
それにしても、本当に見事なお花の群生地に来た。素敵!
よく見ると紫の花の名前は分からないけど赤いのはポピーかな? 可愛い!
「わ──っ! 本当にとても綺麗なお花畑ですね」
「ええ、人気の花畑ですわ」
でしょうね!
お父様とお母様にも見せて差し上げたいので、記録のクリスタルで撮影した。
* *
急な来訪だったのに、焼き肉のタレのおかげか、侯爵様はお土産もいっぱい持たせてくれた。
ライリーに戻って来て、両親に報告をしたり、買った大理石や、貰ったお土産を見せたりした。
魔物との遭遇に驚かれたけど、無事で良かったと抱きしめてくれた。
* *
翌日は朝から大理石の加工作業をした。
綺麗に磨かれた大理石は滑りやすいので、土魔法で美観を損ねない程度の溝を、花や蔦のデザインで入れて、滑り止めとして加工する。
大理石は全面に敷き詰める訳じゃなく、部分的にだから、作業量的にも何とかなった。
コンクリートの歩道の滑り止めに、丸いリングのような溝や馬蹄型の溝を入れてあるのを、前世で見た事あるんだ。
コンクリートの場合は上からスタンプのように丸い型を押していくのではなく、円の模様は先に埋めてあり、埋まった型を掘り出すと、鮮やかな丸い模様が残るという仕組みと、床材のシートに穴を開けて、ゴムのワッパを入れて、足で踏んで溝をつける方法が有ったような気がする。
とにかく丸や馬蹄型の代わりに花柄にした訳で、職人芸に近いかも。
そして仕上げに硬化の魔法をかけておく。
後は、壁に使う植物ね……。
部分的にイヌマキっぽい常緑樹を植えたい。
壁もリゾート感が出る、綺麗な白い乱形石ぽいデザインにしよ。
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