第133話 猫ちゃんな令嬢

「君のケーキのおかげで助かったし、素晴らしい杖の贈り物も貰ったから、直接御礼を言いたくて来たんだ」


 昨日先触れが来たばかりなのに、もうライリーまで来てしまった、第二王子のロルフ様。

 年齢は確か17歳くらいだった気がする。


 今は本人の希望で春の花咲く庭園を案内している最中だ。


 私の側にはメイドのアリーシャ、殿下の方には側近が数人後方にいる。

 お父様は少し離れた所で使者と何かを話してる。


 この方、口調からも分かるけど、ずいぶんとフランクな王族だと思う。

 私の外見が幼いから、怖がら無いよう、わざと友達みたいな口調なのかな?


「わざわざ御足労いただきまして、恐縮です。

確かに私はケーキをギルバート殿下にお渡ししました。

ですが、それをロルフ殿下に分けて下さったのは弟君です。

御礼を言うなら、弟君のギルバート殿下か、そのケーキを食べさせた王妃様で良いと思います」


「でも元々あのケーキはライリー産なんだろう?」

「まあ、それはそうなのですけど」


「……しかし、可愛いな」

「……はい?」

「あまりにも愛らしい、抱っこさせてくれないか?」

「……お、お戯れを」


 超マイペースな人だな! あと、私の顔に惑わされ無いで!

 周りにいる人間達もあまりの事に驚愕し、焦ってる。


「ふわふわのねこちゃんみたいに可愛い、抱っこしたい。

ほんの少し、ちょっとの間で良いから」


 猫ちゃんは大好きですし、光栄ですけど! 誉れですけど! 落ち着いて!


 金髪に蒼い瞳、目付きのシャープな男前ではあるんだけど、猫好きらしい所も高ポイントだけど、会ったばかりの、婚約者でも無い令嬢に言うセリフでは無いって言うか……。


「冷静になって下さい。そんな間柄では無いと思います」


「それはそうだし、大きな声では言えないが、恥を忍んでお願いする。

失恋したあげく、死にかけたんだ。それで猛烈に癒しが欲しい」


 え────っ!!

 今度は情に訴えつつ、畳みかけて来られた。

 諦めの悪い王子様だ。

 流石王族、ナチュラルにわがままでいらっしゃる。


 もしかして、やはり王族はスキンシップが足りなくて寂しがりが多いのかな?

 プライドをかなぐり捨てても抱っこしたいだなんて……。


「……5つ数える間だけ、ですよ」

「15数える間くらいはいいのでは」


「よ、欲張りすぎです。

挨拶の抱擁でも普通は一瞬ですし、5は長い方ですよ!」


「ロルフ殿下、令嬢を困らせてはいけませんよ」


 流石にロルフ殿下の側近が見かねて注意してくれた。

 でももっと早く助けて!


「分かった、5つ数える間だな」


 私は今からぬいぐるみ、もしくは抱き枕、もしくはお人形。


「はい……」


 ぎゅうっと両手で抱きしめられた。

 その後、左腕は私を抱きしめたまま、右手で頭を撫でて来た。


「あーー、可愛い〜、髪の毛サラサラのふわふわ。ねこちゃんだ」


 ……ねこちゃんの代わりにされているけど、人類だ。

 私は人類ですよ! 殿下!


 いや、でも今はねこちゃんだと思えばいいのか。

 その方が無難。ワタシハ、ネコチャン……。


「1、2、3、4、5! 終わりです」

「至福の時間はもう終わりか〜、儚い夢の如く」

「ロルフ殿下、その辺で」


 おっと、使者とのお話が終わったのか、流石にお父様が出て来たぞ。

 シュッとお父様の後ろに隠れる私。


「いや、すまない、辺境伯。まだ10歳にも満たない幼い子だから大丈夫かと」

「ははは。ですから、多少は見逃しましたよ」


 お父様が苦笑いをしつつ圧をかける。


「私も……セレスティアナ嬢のような愛らしい妹が欲しいな」


 私はお父様の後ろに隠れたまま声をかけた。


「可愛い兄弟ならシエンナ様もギルバート様もいらっしゃるではありませんか」


 第一王子は多分かっこいい枠だろうと予想して除外する。


「顔が可愛くてもギルバートは男だし、シエンナは可愛いと言うよりは綺麗系で、癒し系とはほど遠いんだよ」


「ギルバート殿下が可愛いと思うなら男でも良いじゃ無いですか、ぎゅーっとするだけならば」


 殿下もスキンシップに飢えてそうなのでとりあえず言ってみた。


「可愛いくても男は嫌だ」


 んも──っ!! やっぱりわがまま!!



「それで、ロルフ殿下はライリーの城に一泊されるとか」

「そうなんだよ。シエンナの結婚式が控えてるからすぐに帰って来いって」



 残念そうだ。

 もっといっぱい滞在したかったのか。



「分かりました。執事がお部屋にご案内します。

晩餐の時間まで、ごゆるりとお過ごし下さい」


 お父様はそう言って、執事に案内を命じ、今度はロルフ殿下も大人しくついていった。

 私はお父様を盾にしたまま、ほっと息をつく。

 あー、びっくりした。

 まさか急にハグを求められるとは。



「ティアが可愛いすぎて抱っこしたくなる気持ちは分かるのだが、困ったものだな」

「お父様はいつでも私を抱っこして良いですよ!」

「はは、そうだな」



 お父様は私をぎゅっと抱きしめ、頬にキスしてくれた。

 ラッキー! 棚ぼたな気分!


 よし、私からもお父様にちゅーしよ!!

 背伸びしてちゅ……と。



「ありがとう、ティア」

「えへへ」



 やっぱり王族の方はスキンシップが少なくて寂しいのかもしれないな。

 よその子でも抱っこしたがるなんて。


 いや、王妃様や王様相手に「抱っこしてください」とか、よほど幼くないと言えないか。

 幼い頃から寝床もすぐに分けられて厳しく躾けられるはず。

 

 厳しく躾けられてるはずが……よその子に無茶ぶりをかますと言う弊害が出ているけど。

 どうなっているの……。



「お父様、弟も……ウィルもいっぱい抱っこしてあげて下さいね」

「もちろんだ」

 


「ロルフ殿下はかなり急に来られましたが、晩餐のおもてなし料理に何を出せば良いか悩みます」

「肉と魚両方とも出せば何かは気にいっていただけるのではないか」

「分かりました」


 美味しいステーキなんかは王城でも食べられるとは思うからそれ以外が良いのかな。

 カツカレーとか出してみる?

 カツカレーを出されて不機嫌になる人は見た事無いし。

 

 私の周りには、今も昔もたまたまかもしれないけど、お肉が嫌いな人いなかったし。

 でも万が一、揚げ物が苦手だったら困るから、タイプの違う料理も……

 ブリカマとかも出しておこうか。

 汁物枠にほうれん草のポタージュスープ。


 デザートにいちごパフェ。

 もはやよく分からないから、脳内で考えるメニューが、ただの自分の食べたい物になってる気がする。

 まあ、良いか。


 カツカレーなら勝つでしょ。



 * *



 晩餐は問題無く終わった。



「ありがとう、全て、とても美味しかった」



 ロルフ殿下は華やかに微笑んだ。

 ロイヤルスマイル。

 本当にちゃんと全部、美味しそうに食べていたのでほっとした。

 やはりカツカレーは勝つんだ。強い。


「食の好みを存じ上げませんで、あまり統一感の無い組み合わせになってしまいましたが、お気に召したなら何よりです」


 私の代わりに事前に頼んでお母様に代弁して貰いました。


「気を使って、肉も魚も出してくれたのだろう。私は基本的に何でも食べられる」



 先に聞きたかった、その情報。

 まあ、いいか。


 朝食は鯛とエビで出汁を取った雑炊をお出しした。

 お土産に塩パンとアップルパイをお渡しした。

 自分が米の後には、パンか麺が食べたくなるので。


 ロルフ殿下は大変満足した様子で、王城に戻られた。

 ……リナルドを代わりに抱っこさせれば良かったかな。

 私の部屋でずっと寝てたんだけど。

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