第124話 一緒にお勉強

 せっかくなのでライリーの一室で家庭教師のキーン・ヒューゴ殿の授業を受ける事になった。

 窓際に二人と扉側に3人、殿下の側近達が控えている。


 領地運営を担う者用の授業だった。

 領地の管理者が気にしなければいけない色んな統計情報の確認の重要性を説いたりとか、そういうの。


 輸出入動向について年分別に、「主要輸出入品の推移」「穀物の生産量、収穫量の推移」

 等。


 書類を見ても食料消費量までは流石に無いな。

 前世の情報だとネットで検索するとそういうのも出るけど。


 そしてやはり書類の情報が文字びっしりで見るとうんざりする系。

 ライリーではしばらく前に導入している方法の提案をしてみようか。


「はい! キーン先生! 質問があります!」

「はい、なんですか、セレスティアナ嬢」

「数値の割合を、分かりやすくグラフにしてもよろしいでしょうか?」

「グラフ?」


「円グラフと棒グラフと折れ線グラフで数値の推移などを分かりやすく一目瞭然にしたいです。

見本を描いてみますので」


「? どうぞ」

「えーと、円は……コンパス無いし、丸いコップなどを使ってコップの縁をぐるりと沿わせて円を描いてもいいのですが、今回は紙を回します。

ペンを持った手の一部や指先などを支点にし、紙をくるくると回す描き方です。

支点にする指を変えれば、大きさも変更可能です」


 万年筆のようなインクの入ったペンで実際にやって見せた。


「「ほう……」」

「綺麗な円が描けましたね」


 先生に褒められた。


「画鋲、もしくは針とペンと糸を使うやり方もありますが、紙に小さくとも穴が開くのでそこがちょっと問題ですね」


 棒グラフと折れ線グラフに使うメモリやマスも紙に描いた。

 定規を使って資料に有る、丸で囲んだ数値の所をグラフにしていった。


「なるほど、すごく分かりやすいですね。王城の文官に教えても構いませんか?」

「はい」

「このグラフとやらは令嬢の考えですか?」


「いいえ、違います。そこは気にせずにどこかの賢者が考えたらしいって言っておいて下さい」

「どこかの賢者……?」

「じゃあこうしましょう、考案者を追求しない事が使用条件という事で」


「以前、女性は多少ミステリアスな方が良いと言っていたな、キーン?」

「……はい。分かりました。本当にミステリアスですね」

 

 殿下の言葉にキーン先生は苦笑した。


 その時、扉をノックする音が聞こえたので、私は入室の許可を出した。


「どうぞ、お入りなさい」


「殿下、王城より使いの方から殿下宛のお手紙をお預かりしました」

「そうか、わざわざ王城から届けて来たなら緊急か」


 メイドがトレイを持って室内に入って来た。

 トレイの上には手紙とペーパーナイフ。

 殿下は封蝋を見るなりペーパーナイフで手紙を開け、中を見た。


「……む」

「悪い知らせですか?」

「令嬢達が連名でお茶会の誘いをして来ている」

「連名? とりあえず、茶会なら別に悪い知らせではありませんよね?」


 殿下は眉間に皺を刻んでいるけれど。


「ルーエ侯爵領であった事が不安なので、無事なら是非顔を見せて欲しいだの、色々伺いたいと書いてある」

「確かに魔族が絡んでいたともなれば、不安でしょうね」


 キーン先生がもっともな事を言う。


「せっかくライリーまで来ていると言うのに……」

「まあ、令嬢達も親の命令で情報をせっつかれている可能性もありますよ、殿下。

王族として臣下たる貴族達が不安なら多少なりとも話をしてやるべきでは?」


 殿下はキーン先生の言葉を聞いた後に私の方を見た。

 とりあえず私の希望を出してみようか。


「……もし、殿下がお茶会に行かれるのであれば、令嬢達のドレスやアクセサリーを宝珠で記録して来て下さいませんか?……できれば料理も」


「それは何の為にだ?」


「私は自分の好みでドレスやアクセサリーをデザインしてから作って貰っていますが、世間の流行も知りたく無い訳では無いので。

お菓子や料理も一般的な貴族の家の物を知りたいだけです」


ドレスはほぼ自分で作ってるけどキーン先生の前だし、デザインだけ渡して縫って貰った事は有るので嘘ではないからいいでしょう。


「……講師に王族の義務と言われたら行くしかないが、私の宝珠に他の女の姿を残しておきたくないので、其方の家の宝珠と一時的に交換してくれるか?」


「そ、そこまで……母に聞いてみますね」


 休憩時間にして、教師と生徒の三人と、殿下の側近達五人はサロンに移動した。

 お父様は仕事中だったのでお母様に来ていただいた。

 そこで宝珠を貰った本人であるお母様に聞いてみたら、あっさり許可が出た。


「殿下、私は構いません。どうぞ、ライリーの宝珠をお持ちになって、娘の希望を叶えてあげて下さいませ」

「そうか、シルヴィア夫人までそう言うのなら問題無いな」

「殿下、私は一度王城に戻って、グラフの描き方を文官に伝えに行くので、お茶会の日は授業は無しで」

「まあ、そうなるな」


「あ、殿下も一度着替えなどで王城へ戻られるのですか?

それともライリーの転移陣から直接他領の転移陣へ?」


 私は急に思い立った事があり、聞いてみた。


「いちいち、王城に戻るのは面倒だ。

訪問着などは数着亜空間収納に入れてあるからここから直接行かせて貰う」


「ここライリーから直接! では私、メイドのふりして一緒に転移陣を使ってそのお茶会のある他領に行ってもいいでしょうか?」


「は? メイドのふり? お茶会に参加したいならメイドではなく、そのまま」

「決してお茶会に行きたいのではなく、他領の市場に買い物に」


「はあ!? そんな綺麗な容姿の幼い年齢のメイドなどいないし、茶会に招かれておいて別行動はおかしいだろう」


「ああ、またティアったら、市場が好きだからってまた殿下に無茶な事を」

「私は市場で特産品の美味しい果物やお野菜などがないか、知りたいだけで」

「特産品なら茶会の間に招待側の館の者に用意して貰うが」

「じ、自分で市場に行きたくて」


「そんな綺麗な顔して雑多な市場など、護衛も付けずに危険だろう」


「優しい殿下が他領で土地勘のないメイド見習いに騎士を一人付けてくれたという設定で、こっそりライリーの騎士を混ぜてですね」


「何が設定だ。

魔道具で色変え変装しても、年齢の幼さも、顔の可愛いらしさは誤魔化せないし、騎士一人だけが護衛などと、辺境伯も許すまい」


「そうですよ、ティア。……ティア! 唇を尖らせて変な顔をしてはいけません! 淑女らしく!」


 私は唇を尖らせ、遺憾の意を顔で表していたらお母様に叱責を受けた。


「その顔可愛いな。今宝珠で記録するのでそのまま……」


 私はバッと口元を覆ってアヒル口をしていた顔を戻し、隠した。


「もう人前でしません!」

「まあ、流石ですわ、殿下。ティアが一瞬で変な顔を止めました」

「いや、本当に可愛いと……さっきの顔、もうしないのか?」

「しません!」


 残念そうにしないでください〜っ! 

 記録されるのは流石に恥ずかしいので!


「お土産は用意してくる。暇なら私の宝珠の中を見てて良いから、大人しく待っていろ」

「殿下の宝珠には王城の綺麗な風景でも入っているのでしょうか?」


「それは見てのお楽しみだ、私が茶会に行ってから見るのだぞ。

それと、私が不在の時に勝手に面白い所へ行かないように」


「面白い所とは?」

「何かの狩りとか……?」


「野苺狩りは前回行ったので……分かりました。

そういうイベントは殿下が戻るのを待ってから行きます。

菜の花畑を作りに行くのも数日後ですし」

 

「じゃあ決まりだな」


 ーーそうそう、菜の花畑予定地に飛ぶイベントが控えているんですよ。

 仕方ないから他領の市場は諦めて、大人しくしていましょう。


 出窓に置いた籠の中で、春のぽかぽか陽射しを浴びて、リナルドがすやすや寝ている。

 殿下の不在中、許可も出たし、のんびり宝珠の記録でも見て、お茶でもいただこうっと。

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