第123話 魔力操作
歩道橋を作った日は、帰城していつもより多めに寝た。
昼食も食べずに晩餐まで寝てた。
流石に魔力消費が多かったみたい。
ギルバート殿下に護衛騎士達と、新たに加わる家庭教師のキーン・ヒューゴ殿のお部屋の準備も、お母様がやって下さってるし、食材もリストを出しておいたので商人を呼んで仕入れも終わってた。
晩餐後、ちょっと時間があったので武器の飾り紐の前にブレスレット、ミサンガを作ってみた。
緑色と白の美しい糸と銀色のロンデル。
そして透明感の有る丸いグリーンの魔石にビーズのような穴を開けた物を使った。
「お嬢様、綺麗なブレスレットですね、殿下への贈り物ですか?」
「ううん、いつもお世話になってる、アシェルさんによ。
ライリー系の護衛依頼の時はお父様が護衛料を払ってるらしいのだけど、Sランク冒険者に贈れる物ってなかなか思いつかないのよね、凄い物持ってるんだもの」
「まあ、あの美しいエルフの! 確かに悠久の時を生きているエルフに贈り物は、人の身では、なかなか思いつきませんね」
仕上げに祭壇前に行き、お祈りで空魔石に御守り効果を付与する。
翌朝の朝食後、食堂の前の廊下を歩くアシェルさんに追いついた私は、服の裾を引っ張った。
振り返ったアシェルさんの手にミサンガを「あげる!」と言って押し付けて逃亡した。
「ティア!?」
突然贈り物をされてびっくりしてるアシェルさんを置いて走り去る私。
照れるのである。
* *
殿下達のお出迎えの日が来た。
一瞬、お母様の実家から頂いた赤いドレスで出迎えようと思ったけど、吸血鬼と戦った後だという事を思い出し、やめた。
血のような赤い色だと嫌な事を思い出すかもしれないと。
結局私は春に咲く、スミレ色のドレスを着て出迎えた。
お茶菓子もスミレの砂糖漬けを出した。
「そう言えば、ライリーの騎士が其方の誕生日プレゼントを探しに来ていたが、結局何か貰ったのか?」
「今、お出ししている、このスミレの砂糖漬けとか美しい糸や紐などを貰いましたよ」
私が目の前で摘んで食べてみせると、殿下もスミレの砂糖漬けを口にした。
「これか……なるほど、春っぽいし、女性受けしそうな菓子だ」
「はい。ところで、家庭教師の方は明日、来られるのですね?」
「ああ、今日は好きな勉強をしていろと言われた」
「じゃあ、私と魔力操作のお勉強を致しますか?」
「いいぞ」
* *
植物の加工を行う一室に殿下と側近の方を招き入れた。
「なんだ?魔法の勉強なのに室内とは、大丈夫なのか? 魔力操作なら座学とは違うと思ったのだが」
「そんな派手な動きはしないので今回は室内です。
側近の皆様もそこのテーブルセットにてくつろいでいて下さい」
「「はい」」
騎士達は全員テーブルには向かわず殿下のいる方向に椅子を向き直した。
何かあったら即立ち上がって助けに行ける向きである。
「殿下、これは乾燥させた後、粉にして薬にする植物です」
私はまだ瑞々しく元気な薬草を殿下に見せた。
「ああ」
「殿下は水と風の精霊の加護があるので、可能かと思うのですが、これから
水分を抜いてみましょう」
私は薬草をそっと殿下に手渡した。
「水分を……抜く……」
「そうです、ヤカンやお鍋でお湯を沸かしても、蒸気が出ますし、温かいお風呂にも湯気は立ちます。
細かい水分が抜け出る。
そのイメージ、光景を脳内に思い浮かべて下さい」
「細かい水分が……抜け出る」
「水をやらずに放置された鉢植えの花も枯れるでしょう? 萎びて、それからカラッカラに……」
殿下は真剣な眼差しで薬草を見つめて集中している。
ーー音も立てず、薬草が干からびていった。
そして、殿下はふう、と大きく息をついた。
「……枯れたぞ」
「はい! お見事です! 枯れた薬草はこのすり鉢に入れて下さい。
これは後でゴリゴリとすり潰して薬にします」
「なるほど、薬草作りに役に立つ魔力操作か」
「別の事にも使えると思いませんか?」
「ドライフラワーを急いで作るとか、魚の干物を作るとかか?」
「それもいいですけど、攻撃に使えると思いませんか?」
「攻撃……」
「人体の60%くらいは水分で出来ていると言われています。
大人と子供で割合は変わっても、まあ、生きていくのに水分が重要なのは同じです。
さっきの技は、人体にも応用出来るかもしれません」
「!!」
後方に控えている殿下の騎士達もサッと顔色を変えた。
「もちろん体から水分を抜き取って干からびさせて殺すというのは、随分えげつない殺し方です。
ですが、突然の敵襲や、人質を取られ、武器も捨てる羽目になった時など、パッと見て攻撃してるように見えないのに地味に攻撃出来る気がするんですよね」
「な、なるほど……そんな手があったか」
「でもこの攻撃方法は本当にえげつないし、人に知られるとドン引きされる可能性があるので、奥の手って事で、そんな発想がある事も普段は隠しておきましょうね。殿下の名誉の為に」
「えげつないと自分で言う手段を、わざわざ俺に教えた自分の評判は気にしないのか?」
「私の評価は別に落ちて良いのです。
ただ、斬っても斬っても再生する、吸血鬼のような相手、もし魔力抵抗が強ければ全く意味は無いかもしれませんが、夜明けも遠く、斬撃もほぼ意味が無いなら、試してみるのも良いかもしれません」
「そういえば腕の切り落としてた箇所から出た血液が腕の形になって再生していたな。
……確かに体液は重要そうだ」
「どんな状況でも、諦めずに最後まで生き延びる手段を模索し、試して下さい」
「……俺は其方にドン引きなどしてないぞ。賢いなとは思ったが」
「普通はなんて残酷な殺し方を思いつく女なのかって引く所だと思いますけどね。
ありがとうございます」
「……まさか、俺に嫌われたくて言ったのか?」
殿下は悲しそうな顔をした。
「過酷な状況でも生存率を上げて欲しくて申し上げました」
「……献身的だな」
殿下はそう言って、深くため息をついた。
「それと、水系で無く、炎の使い手も体中の体液を沸騰させて敵を倒せ無いかな?
とか、考える事もあります。
何しろお父様は炎の使い手で、お風呂を沸かせるので。でも突然敵の体を発火をさせる方が早いですかね」
「……っ!」
殿下がハッとした顔をする。
「魔法で炎の矢を撃つのでは無く、突然燃やすんですか」
エイデンさんが首を傾げるけど、イメージが難しいのかな。
そんな魔法攻撃を見た事無い?
私はTVとかで人体発火現象とか怖い系TV番組で聞いた事有るけど。
「炎の矢が飛んで来たら、見て避けられたりするかもしれませんが、急に燃えたら避ける暇が無いですよね」
「「確かに」」
騎士達が頷いた。
「体液を沸騰させるのも、急な発火も、対人戦でも可能な気はしますが、とりあえず魔物相手なら出来るか、今度お父様に聞いてみようかと思います」
「ま、まだなら言わない方が良く無いか?
父君にはせっかく愛らしい娘だと思われているだろうし、なんなら俺から」
「私より殿下の評判の方を大事にすべきです。私は名より実を取る系で良いので」
「其方こそ、嫁入り前なのに」
「別に嫁に行きたくないので大丈夫です」
殿下になんとも複雑そうな顔をされた。
赤茶髪のエイデンさんが急にガタリと椅子から立ち上がった。
「私は炎の扱える騎士なので今度、魔物戦で試して成功したら、辺境伯にお伝えしてみます。
セレスティアナ様からは言わないで下さい」
殿下の側近にまで、親子仲を心配された。
「このチャールズも炎系の加護持ちです! 今度魔物と遭遇したら試してみます! 魔物相手の攻撃方法を騎士が提案する分は良いと思うので!」
赤髪のチャールズさんも挙手をして名乗り出た。
「そ、そうですか、チャールズさんまで……」
「まあ、そういう事で、両親には黙っているんだぞ」
殿下にも釘を刺された。
殿下も側近さん達皆、そうだ、そうだと言わんばかりに頷いている。
「……分かりました」
この優しい人達にはなるべく幸せに、長生きして欲しいなと思った。
「本当は考えたくはないし、急に変な事を聞いて申し訳ないが、例えば、其方が息絶える前に遺言を残すならば、何と言う?」
「私の愛する者達に、幸せを願う……と」
殿下が問いかけ、私が素直に答えた後に、何故か彼は手の平で顔を覆ったので、声をかけた。
「殿下、どうか致しましたか?」
「其方がちょっと男前すぎて……」
今の言葉は、ごく一般的だったと思うのだけど?
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