第121話 隠密作業

 〜ギルバート殿下視点〜

 

 時刻は夕刻。

 

 俺は自室でリアンから受け取ったサファイアを眺めていた。


「うむ、前より強力な魔力を感じるな、このサファイアの御守り」


「はい。流石セレスティアナ様です。

後で細工師に渡して、ペンダントに加工致しましょう」


「ああ、頼む」


 俺は燭台の光を受けて煌めくサファイアを箱に戻した。


「……ところで、俺の分の卵サンドは?」

「素直にご自分で行かないから無いですよ。代わりに別のパンをお土産にいただいております」



 チャールズが籠を出してテーブルに置いた。

 その言葉に一瞬ぐぬっと思ったが、別のパンがあるならまあ、いいかと思い直す。


「今食べると夕食が入らなくなりますよ」

「これが夕食で構わない」

「ではせめて牛乳でも追加して下さい」

「分かった」


 チャールズが母親みたいに栄養を心配してくる。


 仕方ないので侍女に牛乳を頼んで持ってきて貰った。

 皿の上には美味しいそうな塩パンのサンドイッチ。


「毒見を」

 スッと俺の横に来て、いつも通りに毒見をしようとするエイデン。


「エイデン、毒見は牛乳だけでいい。よく考えたらライリーの城には結界の作用で悪意ある者は入れない。

パンに毒を仕込む者はいないのだ。

ライリー城内で直接受け取った物に限っては疑いはいらない。

そもそもあんな魔族にも通用する強力な御守りをくれるセレスティアナが毒を盛るはずはない」


 エイデンが少しガッカリした顔をしたと思ったら、ニッコリ笑ってチャールズが言った。


「塩パンのサンドイッチは、我々の分も下さいましたよ」

「同席を許す」

 

 一人で食うのも味気ないので俺は側近の同席を許した。


 俺は牛乳を。

 騎士達は侍女に紅茶を淹れてもらってから、部屋から一旦下がらせた。


 お土産の塩パンのハムチーズサンドを受け取って食べた。


「うう、このパン美味しい……外側がカリっとして、荒い塩粒が付いてて美味しい……内側はもちもちしてるし、ハムとチーズと葉野菜も入ってて食べ応えが有る」


 俺が感想を言うと、卵サンドをしっかりと味わって来たチャールズが

「卵サンドじゃなくても、このパンも大変美味しくて良かったですね!」

 などと、ホクホク顔で言う。


 お前……少しは気の毒とか申し訳ないと言う顔をしたらどうか。


「それで、セレスティアナ様からライリーに招かれましたが、素直に招待を受けますか?」

 リアンがこっちをじっと見ながら問うた。


「魔族との接触で臆病風に吹かれ、安全圏に避難しにいく軟弱者だと思われないか……?」

 俺はボソリと呟いた。


「好きな女性に呼ばれたので喜び勇んで来ました!って顔していれば良いのでは」

「チャールズ。それではまるで散歩に行くぞと言った途端に尻尾を振り、喜んでホイホイついていく犬のようではないか?」


 俺は口を挟んで来たチャールズを見て言った。


「犬っぽくて何が悪いんですか、犬、可愛いですよ。素直で愛おしい!

 と思って下さるかも」


「あのな、人としての尊厳はどこに……?」


「殿下、招かれたら行かないのは失礼に当たるから、行く。で良いでは無いですか」

 ついにエイデンも口を挟んで来た。


「まあ、そういう返事の仕方なら、いいか。こちらの面目も立つ。

リアン、家庭教師の同行が可能か、やつの都合がつくか聞いてくれ」


 結局はエイデンの提案にのる事にした。


「了解致しました」


 リアンがそう返事をし、満足そうに塩パンサンドを食べ終えてから、家庭教師の都合を聞きに行く為に俺の部屋から退出した。


 ほどなくして侍女と共に、家庭教師も同行できると返事を貰って来た。


「では手紙の用意を侍女に……ブランシュ嬢、ライリーの招待を受けると返事を出してくれ。

同行者はいつもの側近五人と家庭教師が一人だ」


「はい、殿下」


 侍女は笑顔で応じた。


 すぐさま旅支度をしようと思う。



 ーーーーーーーーーーーーーー



 〜主人公視点〜


 私は珍しくお父様の部屋に呼ばれた。

 お昼少し前にお父様のお部屋のソファーに座って飾り紐のデザイン画を描いて、執務室でお仕事中のお父様を待っていた。


 作り方は部分的にミサンガとほぼ同じ。

 紐だけでなくビーズみたいに魔石もデザインに組み込む、剣に付ける御守り制作だ。


 ライリーの騎士が、私の誕生日に美しい糸や紐を送ってくれたから、なんとなく思いついた。


 しばらくして、お父様が執務室から戻って来られたので紙と鉛筆を片付けた。

 


「殿下が招待を受けてライリーに来られるらしい、5日後だ」

「分かりました、お父様」

「それともう一つ」

「何ですか?」


 お父様、やけに真剣なお顔ね?

 私は少し緊張して、思わず、すっと姿勢を正した。


「橋を作るのは人の少ない時間、夜明け前くらいに変装して、複数人で魔法を扱ってるように見せかけてやってくれ。万が一、人に見られた時用に偽装するんだ」


「複数人で……見せかける。

騎士にいかにも魔法使ってますよーって姿だけでも取らせておけばいいのですね?」


「そうだ、こそっとな」


「亜空間収納も兵站が無限に入るし、橋が短時間でかけられるって、軍事利用も出来そうですから、戦争とか好きな人とかに見つからないようにって事ですよね?」


「戦争以外にも使い道はあるから目を付けられて攫われ無いように。護衛させる騎士にエアリアルステッキでもそれっぽく振らせておきなさい。魔法師っぽい杖は倉庫にまだある」


「分かりました。人のいない岩場で土を山ほど仕入れてから橋を作って来ます。

ところでリナルド、私の亜空間収納の許容量ってどれくらいか分かる?」


 肩に乗っている妖精に念の為、聞いてみた。


『容量制限無し、無尽蔵』

「……わあ! ありがたーい」


 などと、軽い口調で言ってはみたが、お父様のお顔を見ると、少し顔色が青くなっている。


「ア、アシェルにも同行を頼んでおいたからな。

魔法陣を描いた布でも持って行ってそこから土を出し入れしてるように見せかけてくれ」


「はい、分かりました。

治水工事の時は流石に規模が大きいと思うので、少しずつやるか、他にも土魔法と風魔法あたりの使い手に補佐を頼みたいと思います。工事中は一般人が入れないよう看板と警備員を置いて下さい」


「ああ、分かった。ところで、ライリーが魔物襲撃関連では安全圏との事だが、殿下が来たら一緒に菜の花畑予定地の方に行くか?」


「行っていいのなら、ぜひ行きたいです!」


 

「殿下もシエンナ様の結婚式が近いから長くはこちらにいれないだろうし、また移動時間の短縮の為、畑行きの方は竜騎士に依頼を出すし、こちらは私も同行する」


「はい! 御守り制作の為、臨時収入も出来たので、竜騎士への依頼料は賄えます。

土の回収は本日、昼食後にすぐ参りますね。

明後日の夜明け前に橋を作るで良いですか?」


「ああ。では、方々に連絡を入れる準備をする」

「はい!」


 また急に予定が増えたけど、菜の花畑を作れるのはとっても嬉しい!


 とりあえず殿下が来られる前に橋は作っておこう。


 ちゃんと領主の命で事故回避の為に作ったって橋の前に看板を立てる?

 看板置いとくと後で回収が面倒?

 いや、看板くらい役人が後で回収してくれるよね。


 役所には話通しても、現地で説明が全く無いと、突然歩道橋ができてたら驚くよね。

 夜明け前の隠密工事だし。

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