第120話 王城からの使者
先触れが来てから数日後、殿下の側近が二人、私を訪ねて来た。
サロンにお招きして、私の隣には、お父様がついて下さっている。
中央のテーブルにはメイドがお茶と焼き菓子を用意した。
「ようこそ、リアン殿と、チャールズ殿。そこに掛けて楽にしてくれ」
お父様の身振りと言葉に従って、二人の騎士が対面側のソファーに着席した。
「「ありがとうございます、辺境伯閣下」」
「リアン殿とチャールズ殿、ようこそおいでくださいました。
ルーエ侯爵家の事は当家も多少は聞き及んでおります。大変でしたね」
私は声をかけて、お二人をじっと見た。
……良かった。
酷い怪我は無いみたい。
もう治療済みなのかな?
「ありがとうございます。
純血魔族の吸血鬼と交戦時、セレスティアナ様から殿下に贈られた御守りのサファイアの首飾りが破損した為、新たにサファイアを持参して参りました。
どうか新たに御守り加工をお願い致したく。こちらは依頼に関する王妃様からのお手紙です」
美しい金髪の騎士、リアン殿の凛とした声が室内に響いて、私は手紙を受け取った。
「拝見します」
……なるほど、第一王子の代わりにお見舞いに行った殿下が大変な目にあった上に御守りが壊れたから、王妃が詫び石をくれたのね。
その石を使って御守りにすれば良いと。
「依頼の件は承知致しました。殿下は大丈夫でしょうか?
恐ろしい魔族と相対したようですが、夜はきちんと眠れていますか?」
「お気使いありがとうございます。
寝付きが悪い時は記録の宝珠の中の、セレスティアナ様の歌などを聞いておりますよ。
すると、ほどなくして眠れるようです。
アレに遭遇したその日は戦闘の疲れで、気絶するように五時間は寝ておりました」
気絶するように寝たなら八時間くらい寝ても良さそうだけど、五時間か。
元からいっぱい寝る人じゃないのかな?
「少し恥ずかしいですが、私の歌が役に立ったなら何よりです。でも夜中に歌など流して五月蠅いと、苦情が来たりはしないのですか?」
「歌の件は、夜に流しても周囲に聞けると喜ぶ者しかいませんので大丈夫です」
「そ、そうなのですか」
照れる。
『今ライリーは魔の森とかを除けば、他の土地より神気に満ちてて安全圏だよ。
ギルバート王子を呼んであげたら?』
私の肩の上にいたリナルドが急に喋った。
その言葉を聞いて、私が隣のお父様の方を見ると、静かに頷いて下さった。
「ライリーが安全圏……そうだったのね。リナルドありがとう。
うちの妖精もそう申しておりますので、もし、殿下の都合がつくようでしたら、数日間でもライリーで気楽にお過ごし下さいな。
勉強などで忙しいようなら家庭教師の方も連れて来ていただいても構いません。
ね? お父様」
「ああ、うちは構わない。純血魔族の吸血鬼というと、夜の間はほぼ無敵だろう。
今回は娘の御守りが役に立って良かったが、殿下の心労もかなりの物だったろうしな」
「ライリーの温情、痛み入ります。殿下にお話してみます」
「ところで、この宝石、御守りにするには豪華過ぎる気がします。
殿下がまた危険に遭遇するなど、考えたくはありませんが、また危険が及べば砕ける可能性はございます。
本当にこれを使ってよろしいのですか?
このいただいた資金で、違うのをご用意しましょうか?」
「いいえ、王妃様のお気持ちですので、一つは装飾品兼、御守りに使うという事です。
他二つの石は普通の装飾品として使う事も検討しているとの事です。
令嬢が御守りを作るのに、どの位の魔力を消費するのかも分かりませんし」
「魔力は寝れば回復致しますので、三日もあれば三つは作れますが、お一つで良いなら、今から早速作ります。お茶でも飲んでお待ち下さい」
「それなのですが、お邪魔で無ければ、御守り効果を付与する所を見学させていただけませんか?」
「見学は構いませんが、サロンではなく、祭壇のあるお部屋に移動しますよ」
「もちろん、移動するならお供致します」
* *
「天高くにおわします、古より、この世界を守りし太陽の神アディスよ、貴き方よ、この石にあらゆる邪を退ける輝く光、太陽の加護を与えたまえ」
私は祭壇の前で、呪文を唱え、美しいサファイアに祈りを込めた。
殿下の美しい蒼い瞳は、夏の青空と太陽を思わせたので、私は祭りの日にサファイアを贈った。
突然魔の森で狩りなど行うやんちゃな殿下の護りとなるように、太陽神の加護を込めたのだけど、正解だったみたいね。
祈りにより発生した光が収束する様にサファイアの中に吸い込まれ、封入された。
私はひとつ、ふう。と、大きく息を吐いて、力を抜いた。
そして本日、会話担当をされているリアン様にサファイアをお返しした。
「御守り効果、付与出来ました」
「ありがとうございます。美しい光景でした。
美しいと言えば、あの祭壇の絵も美しいですね」
「ありがとうございます。固める樹液で作って有るのです」
「ほう、例の樹液ですか。大した物ですね」
「ガラスが高価な物ですし、依頼するより自分で作る方が早いと思ったので」
「え、セレスティアナ様が作られたのですか? 本当に多才ですね」
私はステンドグラス風の絵まで褒められて、思わず照れ笑いをした。
作業が終わったので、もう一度サロンに戻り、またお茶や卵サンドとか軽食をお出しして、
殿下の騎士二人と雑談をした。
ルーエ侯爵関係の深刻なお話から、「言われた通り、蕗の薹に小麦粉を付け、油で揚げて、塩で食べたら美味しかった」とかいうほのぼのとした話題まで、幅広く。
途中で家令のコーエンが来て、一枚の書類をお父様に手渡した。
お父様が「またか」と言って難しいお顔をされていたのでどうしたのか聞いてみた。
「冒険者の多い街は気性の荒い荷馬車を扱う御者も多くいてな、事故が多い通りがあるのだ。
また通行人に怪我人が出た」
「歩道と馬車などの車道がきちんと分かれていないのですか?」
「遠回りになるからか、どうしても中央を渡ろうとする通行人がいる」
「私が土魔法で歩道橋でも作りましょうか?」
「歩道橋? 通行人の為だけにどんな橋を作ると言うんだ?」
「とりあえず下に馬車が2台は横並びに通れる幅と高さを持つ、両端に階段が付いた橋と言えば良いでしょうか。階段は老人や足の悪い人にはしんどいでしょうが、馬車に轢かれるよりはマシでは無いでしょうか?」
私は亜空間収納から取り出した紙と鉛筆で、ラフな図を描いて見せた。
「そんな橋がすぐに作れるのか? 強度もだいぶいると思うが」
「ちゃんと強化もしますよ。何故かは分かりませんが、魔力は増えて来てますし、お父様が許可を下さったら明日にでもサクっと作って来れます」
「そ、そうか、ならティアに頼むとするか」
「はい、お父様、お任せ下さい」
『魔力も度々使って修行してるし、年月と共に魔力は増えるけど、神酒を使った料理を食べてるから、だいぶ増えてるよ』
リナルドの発言にハッとした。神酒!
「あの、米のお酒とファイバスと鯛の炊き込みご飯や、お魚の煮込み料理とか、ブランデーで作ったケーキに使った神酒の影響!?」
『そうだよ』
「じゃあ神酒使った料理を食べた人全員にそんな魔力が増える加護があるの?
お父様とかライリーの騎士達も?」
『血縁で有ればそこそこ。血縁でないライリーの騎士は微量に増えてる』
「あ、最近わりと魔力が漲ってる感じがしてるのはそのせいか。
結界石に魔力を入れても疲れにくいし」
「お父様にそんな加護があったならお母様にもあったのでしょうか」
「そうだろうな。結界石に魔力を入れるのは交代でやっているのだが。
そういえば、前はわりと疲れていたのが平然としていたような」
「相変わらず、ライリーは凄いですね、この滑らかな卵サンドも凄く美味しいですし」
殿下の側近のチャールズさんが、卵サンドに目を輝かせ、感動しつつ言った。
前世のコンビニで買った、やたら美味い滑らか卵サンドの味に近付けるよう頑張ったのだ。
「卵サンドは自信作です。それと申し訳ありません、急に内輪の話をして」
「いえ、歩道橋の話も、神酒の話も興味深いです。
我々もライリーに来た時にこうしてお食事やお土産をいただいておりますが、恩恵があったのでしょうか?」
チャールズさんはリナルドを見て問うた。
『多少はあるよ』
「「おお……」」
騎士二人がが目を丸くして驚いている。
魔力、微量でも増加してたんだ。良かったね!
しばらく雑談をした後、使者二人はお帰りになるとの事なので、お土産にハムとチーズと葉物野菜を挟んだ塩パンを渡した。
表面がカリっと、中はモチっとした美味しい塩パンである。
殿下と美味しく食べていただきたい。
使者を転移陣までお見送りし、私は一息ついた。
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