第119話 王妃の謝罪
〜ギルバート王子視点〜
俺達は吸血鬼戦を終えて、無事王城に生還した。
我々は本来見舞いに行っただけで、戦闘に突入して怪我をしたとは思われていなかった。
転移陣に戻った、ぼろぼろの俺達の姿を見て、慌てて治癒魔法師を呼ばれた。
俺が怪我を治癒されている間も、騎士達がルーエ侯爵邸で何が起きたか報告をしてくれた。
案の定大騒ぎになった。
それはそうだろうな、何しろ名門、上位貴族の裏切り行為だ。
魔王崇拝者だったのは、地下の祭壇を見れば明らかだったし。
直ちに詳しい捜査がされるだろう。
何しろ侯爵と夫人が見つかっていない。
俺もいつもならサロンで王達に報告をする所だが、多少は怪我をしていたし、夜中の戦闘で疲れているだろうという事で、休んで良いと言われたのでそうした。
気まずいティータイムを過ごさず済むと、心底ほっとした……
自室に戻ってから、疲れていたし、五時間くらい眠った。
起きたら既に王妃の侍女から、王妃がお詫びをしたいと言う面会の申し入れが来ていた。
……はあ、気まずい。
でも行かない訳にもいかない。
サロンで待っているとの事。
俺はエイデンだけ伴って、重い足取りで王妃の元へ向かった。
「参りました」
サロンの扉を開けて入室すると、目の前に真っ青になった王妃がいた。
顔色が悪い。
「ギルバート、ごめんなさい。まさか、魔族の襲撃があるとは……思っていなかったのです」
まさか、開口一番、そんな素直に謝罪をされるとは。
気位の高い王族にしては珍しいのではないだろうか。
しかも側妃として城に招かれた妃の子では無い。
自由を求め、平民のまま俺を産んで、死んだから城に引き取られた。
世間的には、いわゆる卑しい身分の子だ。
「それはそうでしょう。予言の巫女でも、占い師でも無い王妃様があれを予知出来るとは思いません。
例えなんとなくうっすら嫌な感じがしたと言っても、見舞いをしない訳にはいかない、上位貴族相手でしたし」
俺の話を静かに聞いていた王妃は、驚く事に泣いた。
ポロポロと涙を流すのだ。
王妃ともなれば、人前で感情を表すなと教育されているはずだ。
だが、同情を買うためとか、そういう演技にも見えない。
「泣く必要はありません。
なんにせよ、貴女は正しく世継ぎたる第一王子、兄上を守ったのです。
グランジェルド王国の王妃として、正しい選択をしたと思います。
我が子を思う、母の愛は尊く、偉大です」
俺は笑顔を作って言った。
本当に怒ってはいない。
夫がよその女に産ませた子より、血を分けた実の子が大切なのは分かるから。
俺は王妃の夫たる王が、視察先で歓待され、呼ばれていた旅芸人の踊り子を一目で気に入り、寝屋に呼びつけて出来た子だ。
世間でよくある話では、卑しい女の子供だと冷遇され、汚らわしいとか、罵倒され、食事も茶の席でも、顔も見たくないとか、蔑みの眼差しで排除されてもおかしくはないが、そういう事は一切しなかった。
なので、この人は、いわゆる悪人では無いのだ。
俺の顔を初めて見た時に言った王妃の言葉は、
「綺麗な子だこと。母親もよほど美しい女だったのでしょう。
本当に男と言うものは……王もしょうがないですわね」
王に対してしょうがないわね。と、随分寛大な方だと、後々思った。
幼い頃は、母を亡くしたばかりで、ただ呆然としていたが。
「大切な御守りが壊れてしまったと聞いたわ。
宝石商を呼んで選ぶ時間が無かったから、取り急ぎ、手持ちにあった未加工の宝石を持って来たのです」
俺は目の前のテーブルの上に視線を移した。
華麗な宝石箱に鎮座するのは、豪華なサファイアとダイヤモンドとエメラルドだ。
王妃の私物だけあって、品質は最高級だろうと、素人目にも分かる輝き。
「セレスティアナ嬢に、これで新しい御守りを作ってくれるよう、依頼料のお金と、手紙も用意しました」
銭袋と手紙も渡された。
なるほど、お詫びの品まで用意してくれたのか。
「……こんな物まで、恐れ入ります。
これを受け取る事で王妃様の気が楽になるのなら、謝罪として、受け取ります」
俺は素直に受け取る事にした。
いつも家計を助ける事に一生懸命なセレスティアナの事だ。
もしかしたら臨時収入だと喜んでくれるかもしれない。
「ありがとう、ギルバート……」
王妃は美しいレースのハンカチで涙を拭う。
「では、仕事も残っていますので、これで失礼します」
長居は無用とばかりに、俺はエイデンと共にサロンを出て、自室に戻った。
「早速セレスティアナ様に依頼の為に行くと、連絡を出しましょう」
エイデンが笑顔で提案してくる。
「別にライリー側からは呼ばれていないのだ。
誰か俺の代わりに石と手紙と依頼料を持って、御守り加工を頼んで来てくれ」
側近達にそう言ったら驚かれた。
「え、これを口実に逢いに行けるではありませんか」
エイデンが信じられないと言った顔をして言った。
「だから、王子を急に城に招くより、騎士の一人、二人を行かせる方が、あちらも心理的負担が少なくていいだろう」
「急に魔の森で狩りがしたいと仲良くしてた訳でもない時期にライリーに訪問してたのに、今更ですか?」
「エイデン、俺も昔とは違う。多少は気を使うのだ。彼女に嫌われたくないしな」
「仕方ありませんね、では先触れを出して、このリアンが参ります」
「私もリアンに同行します」
「リアンとチャールズが行ってくれるのか、じゃあ二人に任せよう。
とりあえず一回護り石を作るのに、どれくらい魔力を消費するか不明だから、今回の石はサファイアだけ持って行ってくれ」
「「御意」」
ーー大事な贈り物を壊してしまった。
御守りだから、砕けても悲しむなとか、セレスティアナに言われた事があった気がするが、悲しい物は悲しい……
俺は砕けたサファイアの欠片を入れた瓶を亜空間収納から取り出して、机の上に飾った。
光りを受けて、キラキラ輝く護り石を見つめ、心の中で、「守ってくれて、ありがとう」と、呟いた。
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