第115話 大接近

 庭園での食事の後に、殿下を客室に案内する為、城内の廊下を歩いていた。

 ふと、思い付いた事を提案した。


「殿下。思ったんですけど、私、攻められるのには弱いのですが、こちらから攻める分にはいけそうなんです」

「セレスティアナ。急になんの話だ?」


「私から殿下に触る分には可能と言う事です。よろしいですか? 

その間、殿下からは私には触れません、目も閉じていただきます。

側近は一人を残して部屋から退出させて下さい」


「え!? セレスティアナから俺に、さ、触る!?」

「しー! お声が大きいですよ。私の両親や城の者に聞かれないように」

「す、すまない……」


「人に見られてると私も恥ずかしいのですけれど、流石に目も閉じて無防備になる殿下もたった一人にされるのは不安でしょうから、お一人だけ騎士を残して下さい」


「目を、閉じなければならないのか?」

「はい。拒否ならスキンシップ……いえ、触れるのは無しです」

「わ、分かった、エイデンだけついて部屋に入れ」

「部屋の外なら扉前でも廊下でも大丈夫です」


 私はにっこり笑って、殿下の泊まる部屋に殿下とエイデンさんだけ連れて入った。


「では、殿下、そこのソファに腰掛けて目を閉じて下さい。私は隣に座ります。

エイデンさんは、私の視覚に入らないよう、私の背後あたりにどうぞ」


「はい」


 エイデンさんは了承しつつも、一体何をするつもりだ? って訝しげな顔をされたけど、気にしないようにする。


 まず、私は殿下の銀糸で編んだようなサラサラの髪に触れて、頭を撫でた。

 お母様が亡くなってから、こんな風に触れて来る人もそうはいないだろう。


「こ、子供扱いか?」

 目を閉じたまま殿下が不満げに言う。


「そう思いますか?」

 次に殿下の背中に手を回して、ぎゅっと抱きしめた。

 温もりが伝わるくらいに、しっかりと。


「……!?」

「はい。ぎゅー……」


「やはり……子供扱いか?」

「温かいでしょう?」

「……た、確かに、温かいが……」


 殿下は今、されるがままなので口しか出せない。

 エイデンさんは邪魔しないように気配を殺し、沈黙している。


 次に抱擁を解いて、片手を殿下の太ももの上に置いた、殿下の体がびくりとする。

 ここから触り方を自愛モードからドキドキモードに切り替えますよ。


「お、おい……?」

 殿下の顔に赤みがさす。

 次に私はもう片方の手で優しく、頬を撫でる……。


「……?」

 すべすべの頬を撫でた後に、人差し指の腹で殿下の唇に、そっと触れた。


「……!?」

 唇の輪郭をなぞるように触れ、今度は親指や人差し指で優しく下唇をふにふにと触る。


「…………!?」

 殿下は頬を染めて、混乱している。


 次に一旦指を離してから、指2本、人差し指と親指の腹で唇にそっと触れる。

「……っ!?」


 目を閉じているから、まるでキスでもされたかのように錯覚するかもしれない。

 触っているのは、ただの指なのだけど。


「はい、終わりです。もう目を開けても良いですよ」

「な、今のは……?」


 殿下は私に完全に翻弄されて、真っ赤になっている。

 前回手へのキスを思わず拒んでしまったけれど、私の指が貴方の唇に触れるという所は、同じだったでしょう?


「では、晩餐まで自由に過ごして、ゆっくり休んでくださいね。

前回お忘れになった室内用のお靴は洗ってそこに置いてあります」


「あ、ああ、ありがとう。……え?」

 殿下が混乱したままだけど、私はそのまま客室を退出した。



 * *



 〜ギルバート殿下の側近、騎士エイデン視点〜



「な、なんだったんだ? 俺の唇に触れたのは何だったんだ?」

 殿下は一人だけ部屋に残っていた俺に答えを求めたので、見たまま、ありのままを伝えた。


「指です」

「指……か?」

「確かに触れていたのは令嬢の指でした」

「はあーーっ」


 殿下は大きく息を吐いて、思わずといった風に顔を覆った。

 そのままソファの背もたれに身を預けるように倒れた。


「殿下、大丈夫ですか?」

「最初は指で触れていたと思った。でも、しまいには、キス、されたのかと……」


 殿下は微かにプルプルと小動物のように震えている、余程衝撃的だったのだろう。


「まるで……恋愛上級者のようでしたね。

あの年齢でそんなはずはないのですが、殿下はすっかり翻弄されてしまった」


「し、仕方ないだろう、女性にあんな触られ方をしたのは初めてだぞ」

「それは、そうでしょうね」


 殿下はご自身の胸を押さえた。


「まだ心臓がバクバクしてる。セ、セレスティアナは俺をどうしたいんだ?」


「一応、手のキスの代わりなんでしょう?

あれを避けたので、あちらから、キスと錯覚しそうな触れ方をして下さった……」


「だが、実際にはキスじゃ無いんだろう?」

「しかし殿下、一瞬キスかと錯覚して、ドキドキはされたんでしょう?」

「めちゃくちゃドキドキしたぞ。しないはずが無い」


「令嬢に触れられて、嬉しかったですか?」

「う、嬉しくない……事もない」

「つまり、嬉しいんですね。じゃあ何も問題はありませんね」


「ああーーっ! 本当になんなのだ? まさか他の男にもあんな事をしてないだろうな!?」

「とりあえずお茶でも飲みましょうか? お顔が真っ赤です」

「うう……、水で良いから氷を入れて貰って来てくれ」

「はい」


 全く、何を見せられたのかと思った。令嬢の行動はまるで男を手玉に取る小悪魔のようだった。

 見た目はあんなに天使のようなのに……何なのだ?

 極度の照れ屋だと思えば、急にあのように大胆に……。


 いや、でも、部屋を出て行く瞬間には、令嬢も顔を赤くしていたような……。


 俺は廊下に出て、外で待機していた側近仲間に声をかけた。


「皆、もう部屋に入っていいぞ。俺は水を貰って来る」

「中でなにがあったんだ?」

「チャールズ、殿下には聞くなよ。頭や頬を撫でたり、ほ、抱擁とか?」

「なんだ、ただ殿下に優しくして下さったのか。やはりセレスティアナ様はお優しい方だな」


「んん、まあ、その、はは、そうだな」

「どうしたエイデン、何やら歯切れが悪いな?」

「水を貰って来る」


 俺はチャールズの追求から逃れる為に、強引に会話を打ち切ってその場を後にした。

 他の側近も分も分からず首を傾げていた。


 令嬢の小悪魔っぽい触れ方に殿下が翻弄されまくっていたとも言えない。

 殿下の名誉の為に。

 いや、でも殿下もまだ子供なのだから、あの反応は仕方ないだろう。


 廊下を歩いていたら、メイドを見かけたので声をかけた。


「君、すまないが殿下に氷入りの冷たい水を持って来てくれるか?」

「はい、かしこまりました」


 伝言を伝えたので俺は殿下の部屋にとって返した。

 ややしてメイドが部屋に氷入りの水を運んで来た。


「セレスティアナ嬢とは、どういう方だ?」


 俺は思わずメイドに声をかけ、今更のような質問をしてしまった。

 殿下も興味深げに伏せていた顔を上げた。


「見たまま、天使のようにお優しい方です。

下の者にまで美味しい物を食べさせて下さいますし、外出の際には使用人用に着替えも用意して下さいます」


「ギルバート殿下以上に近しい、交流のある男性はいるだろうか?」


「冬の寒い日に城の騎士のマントに入ったりはしておられましたが、あれは僅かな間、暖を取っていただけらしいので、特にはおられないと思います」


「マントに?」


「はい、風避けらしいですね。騎士様は大変嬉しそうにお話していました。

お嬢様はたまに突拍子の無い事をされますが、はたから見ると、とても可愛いらしい行動ではないかと」


 確かに突拍子の無い行動ではあるか……。


「騎士のマントに入っただと? 行動が可愛い過ぎる。男は大抵喜ぶだろう。

やはり、小悪魔なのでは……?」


 殿下はボソリとそう呟いてから、ぐいっと氷水をあおった。


「冬にライリーに来たら、俺のマントにも入ってくれると思うか?」


 殿下、全く懲りてないな。

 わざわざ小悪魔めいた所のある令嬢に、翻弄される道を選ぼうとは。


「マントに入れたいなら、かなりの身長差がいるのではないでしょうか?」

「あーー、早く大人になりたい、大きくなりたい!」


「しっかり食事をとって、すくすくと育って下さい」

「分かっている!」


 なんにせよ、殿下の望みがセレスティアナ嬢と共に有る事なら、その願いを叶える為、全力を尽くすまでだ。

 それが、殿下に忠誠を捧げた騎士たる俺の願いであり、使命なのだから。

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