第116話 理性と感情の狭間
「おはようございます、殿下。ご機嫌いかがですか?」
「お、おはよう、セレスティアナ。機嫌は悪くない」
「本日、朝食は内と外が選べます。内は城内で食堂に座ってるだけで給仕が料理長の料理を運んで来ます。
両親はおそらく城内ですが、私は外でチーズを炙って、バゲットにとろけるチーズをのっけて食べたり、ベーコンを切って焼きます。目の前でジュワーっと」
「そ、外にする」
ゴクリ。
思わず生唾飲んじゃうよね、分かります。
「そうですか、では、アリーシャ、殿下は外で私と食べるそうだから、厨房に知らせておいて」
「はい、お嬢様」
アリーシャが礼をして、その場を去って行く。
「騎士の方は殿下と一緒でよろしいの?」
「「もちろんです」」
護衛騎士だものね。
裏庭のバーベキューコンロ前に移動して来た。
近くに椅子とテーブルも設置してある。
「さあ、ベーコンはお好きなだけ、食べたい分を切って焼いて下さいね」
「自分でか?」
「最近のモテる男性は、何でも出来る男性なんですよ」
嘘だけど。
「出来るとも! 切って焼くくらい!」
「で、殿下、なんなら私が」
「エイデン、俺はこれくらい自分で出来る」
「私の隣で同じようにすれば良いだけですよ」
「よし……」
殿下はシャツの腕をまくってやる気を見せている。
「ベーコンは、これくらいの厚さで良いか」
ベーコンに包丁を入れていく殿下。
それをじっと見守る騎士達。
まるで家庭科の授業参観みたい。
「そうですね、後はそこのフライパンで焼きます」
ジュワーと美味しそうな音を立てて、肉が焼けていく。
「……めちゃくちゃ美味そうな匂いがして来た」
殿下も慣れない手つきながらも、別に難しい作業はしてないから順調にベーコンを焼いていく。
「そうでしょう。音や香りが盛り上げてくれます」
「チーズを火で炙ります、バゲットはそこに切った物があります」
「うわ……チーズがとろける。バゲットに……のった!」
「はい、美味しそうに出来ましたね、いただきましょう。
トマトスープはそちらのテーブルの上に用意してあります」
「美味しい……」
とろけるチーズをのせたパンを食べる殿下の口からシンプルに美味いという言葉がもれる。
「とろけるチーズの美味しさは至高ですね」
私も大満足でチーズの美味しさを讃える。
「ベーコンも美味い……城で食べるより格段に美味く感じる」
「音と香りも大事ですから、五感を使って食べると良いですよ」
騎士の皆も好きなようにベーコンを切って焼いて食べている。
卵も用意してあるからベーコンエッグにする騎士もいる。
お家キャンプみたいにわいわいとして和むわ。
* *
「ところで、俺は何か試されていたのか?」
朝食の後、城へ続く石畳の道の上で殿下に聞かれた。
わざわざ料理などさせられて、何か不審に思ったのかも。
「お嫁さんが死んだ後、ろくに料理も出来ずに早死にする男性っているらしいのですよ、人間何があるか分かりませんし、何でも一通り出来るようになっておいた方が良いと思うのです」
「セレスティアナ、其方、どこか具合でも悪いのか!? 病気とか」
「いいえ、今のところは何も、ただ、この家を継ぐのは弟がいますから、私は平民になるかもしれません。
物作りが好きなので資金さえ潤沢に有れば私は問題無いのですが」
「弟君はまだ幼い、其方が婿を取るのでは無いのか?」
「さあ? 未来はどうなるのか分かりませんので、王族や貴族として生きたいなら、他の家の令嬢と仲良くしておいた方が、無難なのですよ」
他の女性ともある程度交流を持って、一番合うなって子を選んだ方が幸せだと思うのだけど……
あまりに私に一途な気がして気になった。
私、外見はとても綺麗で可愛いけど、中身はオタクの変な女だし。
「……まあ、元々母親と一緒にいた時は平民だったから、市井の生活でも俺は大丈夫だな」
「そうなのですか?」
「そうだとも」
「他に可愛い令嬢から心を寄せられたりして……ましたよね?
狩りの時、何か男爵令嬢とか……身分的に厳しそうではありましたが」
「興味がない……」
「まだ、決断を下すのは早いのでは」
「其方こそ、誰か思う相手がいたりはしないのか?」
「私は無駄に理想が高いのですよ。お父様くらいの良い声の男前が希望なので難しいですね」
「それは確かに理想が高いな……」
殿下はむむっと、眉間に皺を刻んだ。
「私、一度邪竜の呪いで死にかけたので、最悪の事態を想定する癖がついているんです」
前世も不摂生で突然死んでる。
「……!!」
「なので、私は別に意地悪を言っているつもりではないのですよ……」
「今、呪いの後遺症などは無いのだろう?」
「ええ、お父様が取って来て下さったエリクサーのおかげでそれは無いですけど」
「未来なんて、神か予言の巫女くらいしか、分からないだろう……」
「そうですね。だからこそ、選択肢は多い方が安心ではないかと思うのです」
一瞬の重い沈黙……。
「恐れながら、殿下、そろそろ帰還のお時間です」
側近のリアンさんの声が重い沈黙を切り裂いた。
「ああ、分かった……」
「あ、お土産のケーキです」
私は亜空間収納からフルーツタルトケーキを出して渡した。
「ありがとう……姉上も喜ぶだろう」
ほどなくして、殿下は王城へ戻った。
転移陣前まで行ってお見送りもした。
殿下は少し悲しげではあったけど、健気にも微笑んで「またな」と言って帰った。
別れ際にしんみりさせて悪かったなと思いつつも、こんな中身オタクに本気になって本当に大丈夫なのかとか、後で後悔しないかな? とか思ってしまう。
それでも……やっぱりあの美しい蒼い瞳が、寂しげに揺れていると、ぎゅっと抱きしめたくなるし。
もしかして……実は翻弄されているのは私の方なのかな。
情緒が……めちゃくちゃになる……。
殿下の唇に触れた右手を左手で包み込んで、そのままそっと祈る。
彼にとっての最善と、私にとっての最善の選択肢を教えて欲しいと……。
神様に────
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