第108話 古代遺跡とアンデッド

「殿下の明日のスケジュールをお聞きしても?」


 ──夜。

 何故かは分からないけど、月が、やけに赤い夜だった。


 サロンを出て、そろそろ客室のベッドに寝に行こうとする殿下に、私は声をかけた。



「朝になったらここを発つ。第一王子、兄上が行けなくなった代わりにルーエ侯爵家のエリスラ嬢の誕生パーティーに贈り物を持って行かねばならない」



 ザワリと鳥肌が立った。


 急に、訳の分からない不安感に襲われた。

 何がそんなに不安なのか……分からない。


 正体が分からないまま胸を締め付ける不安感に襲われつつ、私は殿下を引き止めようとしている。



「そこは、転移陣で現地に一気に飛べる場所ですか?」



 自分でも何故そんな事を問うているのか、分からない。



「何故そんな事を聞くのか分からないが、誕生パーティーの会場は本邸宅ではなくルーエ侯爵家の別荘だから転移陣はない。そこから一番近い転移陣のある教会からは馬車移動だ」


「……なんとなくですが、行くのをやめませんか?」


「何となくでやめられない相手だから、わざわざ兄上の名代で俺が行く羽目になるのだが」



 ……キュッと殿下のシャツを掴んだ。



「何が嫌なんだ?」



 私の急なわがままに、殿下は困ったような顔をしつつも、優しい声音で問うてくれた。



「分かりません……」


「ティア、わがままで殿下を困らせてはいけないぞ」

「……じゃあその、少しお待ち下さい。一旦椅子に腰掛けてお待ち下さい」



 私は亜空間収納から紙と筆記用具と箱を取り出した。

 急いで紙にタロットカードの内容の文字を書く。



「何を書いているのだ?」

「殿下に箱に入ったクジを引いていただきます。

月、死神、悪魔、塔などの文字のある紙を引いたら、行くのをやめて下さい」


「え……?」

「本当は……冬の魔物狩りの時はシエンナ様が表彰に来られる予定だったのに、急遽代理で違う方が来られましたね?」


「ああ、なんか占い師が止めたとかで……」

「なるほど、占いですか」



 エイデンさんが私のやろうとしてる事を察して言ってくれた。


 そう、私が今急いで作ってるのはタロットカードの代わりのクジだ。

 あの薄くそこそこの強度のあるカードの制作が少し厄介そうで、欲しいけど作れていないから代わりの物だ。

 印刷機が無いからカードに全く同じ絵を同じ濃さでと言うのが難しい。



「そうです。皇帝や戦車、世界などの力強い文字を引いたなら、引き止めるのは諦めます」



 ほどなくしてタロットカードの文字を22枚分紙に書き終わった。


 その紙を畳んで、箱に入れ、殿下に引いて貰う。



「この箱の中から、一枚だけ引いて、中の文字を読み上げて下さい」

「……分かった」

 


 殿下が箱に手を突っ込んで選び出す。

 カサリ。


 殿下が紙を開いて文字を目にすると、眉間には皺が刻まれた。


 反対側にいる我々にも見えるように、殿下は文字を見せながら言った。


「……死神だ」


「「……!!」」



 開いた紙を読み上げた殿下の声に、周囲の者達が息を飲んだ。



「占いごときで行くのを取りやめるなと言われるようなら、なんなら私が急病になってお見舞いで行けなくなったとかの理由でも良いので……」



 私は声を絞り出すようにして言った。



「贈り物は後日、本邸宅に使者を立て、持って行って貰うという事にしましょう」



 エイデンさんが殿下の代わりに、顔色を青くして言った。



「そうですね、流石に死神など出てしまっては不吉ですから」



 お父様も援護をしてくれた。



「もう1日くらいここに滞在を延ばせば良いのか?」



 殿下が私を見て問うた。



「はい、多分……」



 はっきりとは分からないけど、そういう風に考えると、胸の不安感がやや薄れる感じがした。



 * *


 殿下は滞在を伸ばしてくれると約束をしてくれた。

 1人王城へ使者に立った騎士がいたから、上手く話してくれるといいなと思った。


 不安な夜を超えて朝を迎えた。

 使者になった騎士は夜のうちに発って、未だ戻らない。


 朝と昼を超えて夕刻になった時、使者に立っていた騎士のセスが戻った。


 同じ侯爵家の別荘地のパーティーへ招かれた貴族が道中にスケルトンやグールの襲撃を受けたとの不吉な知らせと共に。


 私と両親と、そして殿下とその側近達がサロンに集まっていた。



「アンデッド系の魔物の襲撃だと!? 一体どこから」

「近隣の森に有る古代遺跡から出て来たのだろうと」

「そこから魔物が外に出る事などあったのか?」

「千年位前には一度あったそうです」


「前例があったのに警戒はしてなかったのか?」

「ルーエ侯爵はそんな兆候は無かったと言うばかりで」

「被害者、死者は出たのか?」


「事前に殿下の不吉な占い結果で出発を見送った件が伝わって、出席者が念の為にと護符を持って行ったお陰で、重傷者は出たようですが、貴族に死者はいません」

「不幸中の幸いか……」



 私含む他の者殿下と伝令の騎士セスの言葉を静かに聞いていた。



「しかし、セレスティアナはなんで分かったんだろうな?」



 殿下が私を見て言った。



「よく分からないけど、嫌な予感がして……」

「やはり神の御加護が有るのかな……」



 皆が一様にふうと、ため息を漏らした。

 とりあえず、死者が居なくて良かった。

 誕生パーティーで招待客が死んだりしたら辛すぎる。



「そもそも何故、わざわざそんな危険のある森のそばの別荘地で誕生パーティーなどしようと思ったのか」

「その地に春しか咲かない花があって、それを見せたかったらしいのです」

「そこまで貴重な花か?」

「見た目も美しく薔薇に似た、薬にもなる貴重な紅い花らしいです」



 殿下の問いにセスが答えた。



「薬になる花があっても死んでは意味がないな」

「「確かに」」


 お父様の言葉に皆一様に頷いた。



「それでアンデッドは殲滅できたのか?」

「いいえ、殿下。一部取り逃して討伐隊が周囲を捜索中で、神官と巫女を呼んで浄化の儀式をするそうです」

「まだ事態は終わって無いのだな」

「なので聖職者と聖水をかき集めています」


「あの、浄化というなら、私、行った方が良いでしょうか?」


 一応殿下に聞いてみた。


「そもそも呼ばれてないのだ、わざわざ危険に赴くな、其方は座っていろ」


 ……特に出来る事は無いのか。


「さて、我々は王城に戻りましょう、殿下」


 セスの言葉に一瞬ビクリとしたけど、先日のような謎の恐怖感覚は消えている。


「まあ、ルーエの件でも忙しくなるだろうから仕方ないな。

ではまたな、セレスティアナ。其方のおかげで命拾いをした」



 殿下が「ありがとう」と、私の頭を優しく撫でた。



「いいえ、私は特に何も……少しわがままを言っただけです」

「行かないで欲しいと不安気にシャツの裾を掴むのは可愛いかったぞ」

「……!!」

「大丈夫か? セレスティアナ。顔が真っ赤だぞ」



 殿下は小憎らしい笑顔を見せてから、王都へ戻って行った。

 あ──っもう!

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