第107話 急な知らせ

「一口サイズのカツレツか、食べやすいな」

「ほうれん草とベーコンと牛乳のスープも美味しいね」

「揚げたての芋は今日も美味しいですね」



 殿下とアシェルさんとローウェが感想をくれつつ皆と朝食を食べている早春の爽やかな朝。


 ちょっと朝からメニューが重いかしら?と思ったけど、杞憂だった。

 皆元気だわ。



「デザートにマンゴールのドライフルーツもありますよ」

「甘い……けど美味しいですね」



 ヴォルニーもしっかりデザートまで完食。

 竜騎士達も好意的だった。



「昨日から美味しい食事が多くて嬉しいです」

「小旅行気分で楽しいですよ」


「竜に積めるならライリーに着いた時点でシャンプー、リンス、石鹸、パンなどのお土産を用意していますので、持って帰って下さいね」


「本当ですか!? 嬉しいな」

「ライリーのパン、すごく美味しいですから本当に嬉しいです」

「そうそう、ライリー行きは飯が美味いって言うと同僚に羨ましがられてるんですよ」


 ……そうなんだ。

 いちいち長距離移動の度に呼びつけて申し訳ないと思っていたけど、

 ニコニコ笑顔を見ると営業用トークにも見えない……な?



 とりあえず朝食を済ませてから、ライリーの城へ帰城する。

 竜騎士達は竜の背にお土産を積み、転移陣にてお先に王都へ戻った。

 殿下達はひと休みしてから戻るそうだ。


「お帰りなさいませ。殿下、お嬢様、皆様」

 家令が出迎えてくれた。


「ああ、出迎えご苦労様」

「ただいま。爺や」


「お嬢様、奥様からの伝言で戻ったらウィル坊っちゃまに顔を見せてやって欲しいとの事です」

「あら、また不機嫌なのかしら、すぐに行くわ」

「殿下はゆっくり休んでいらして下さいね」

「ああ」


 私は殿下に声をかけてから弟の元へと向かった。

 お母様のお部屋にご本人とウィルが待っていた。


「ただいま帰りました。お母様、ウィル」

「お帰りなさい、ティア。ウィルがさっきまで不機嫌だったのですよ。今は急にニコニコ顔になったけれど」

「寂しかったのかな? ごめんね」


 つたい歩きで私の元へよちよち近寄って来る可愛い弟を抱きしめる。

 うーん、愛らしい! 思わず頬擦りしちゃう。すりすり〜。


 今は本当にきゃっきゃとご機嫌に笑っている。


「そういえばこれ、ジークから預かっていた菜の花畑の候補地の地図よ。水車も使える場所だそうよ」

 私はお母様から受け取った地図を見た。


「わあ! ありがとうございます!」

「そしてギルドに例の固めて使う樹液の納品が来たそうよ」

「ギルドに! 取りに行っても良いですか!?」

「荒くれ者が多いから騎士に行かせるとおっしゃっていたわ」


 駄目だった……。


「危ないから当然無理に決まっているでしょう」

「はぁい……」

 とにかくこれでステンドグラス風の祭壇用の絵が作れる。


「さて、殿下の対応はお父様がしてくれてるのかしら」

「そうね、ウィルの機嫌も治ったみたいだし、早く着替えて殿下の元へ行って差し上げて。

おそらくはサロンあたりにおられるでしょう」


「……殿下も客室のベッドで横になっている可能性もあるのでは?」

「事ここに至って、そんな時間の無駄な使い方はしないと思うわ」

「え……」

「そんな事は見てすぐに分かるでしょう。わざわざ時間を作ってここに来ておられるのよ」


「そこまで、でしょうか」

「仮に貴女がお父様、ジークと血縁ではなく、他人だったとして、せっかく相手のお城に遊びに来れてるのに、少し疲れたくらいでのんびり寝るのかしら?」


「それはもったいないですね。寝るなら自宅に戻ってからでも……」

「つまりはそういう事でしょう」

「……確かに時間は有限なので大事に使うべきですね」


 お母様のお部屋を出て自室に戻り、着替えをする。

 春に咲く薄紅色の花のようなドレスを着た。

 殿下の戦利品で作った虹色鱗の蝶の指輪もした。


 サロンに向かうと殿下は白い長袖シャツに銀糸の刺繍入り黒のベスト。

 それに黒いズボンという比較的シンプルでくつろいだ服装に着替えて、側近達とお茶を飲んでおられた。


「花の妖精みたいだ……」

 私の着ている薄紅色の花のようなドレスに見入ってそう呟いた殿下に軽く微笑んで、反対側のソファに座る。


 せやろ? とか軽口で流す訳にもいかないので、笑って誤魔化すのである。

 照れる。


「殿下はお疲れでは無いですか?」

「疲れるなら我々を背に乗せて飛んで来たワイバーンの方だな」

「でも姿勢を固定して長距離を飛ぶのはわりと筋肉とかが疲れませんか?」

「そうか? 俺はどうという事はないが、其方が疲れたなら休むといい」


 殿下が寝ないなら放置して寝てられませんよ。接待側なので。


「あら? お父様はこちらにいたのでは?」

「さっきまでおられたぞ、何かの知らせで執務室に向かったようだ」

「何かあったのかしら?」

 


 ややして、サロンの重厚な扉を開けて、お父様が戻って来た。


「失礼いたしました。近隣の領地の情報ですが、魔獣が増えているとの事でした」


 お父様が戻るなり、不穏な報告をして来た。


 さっきまで桃色空間だったのが、にわかに戦地の作戦会議室並みに空気がピリついて来た。


「そうか、春になって魔獣も多くが目覚めて活動を開始したのだろうか」

「例年のより強力な魔物が出たとの報告です」

「ライリーの魔の森でも似た状況か?」


「ライリー内ではそのような報告は受けていません。ですが奥の方ならいつでも強力な魔物はいると思います」

「変な時期にキラービーが活動してたのと何か関係があるのだろうか」


「魔王信者の某教団が復活を目論んで最近密かにきな臭い活動をしているとの噂を聞きました」

 急にエイデンさんから魔王信者の教団とかいうパワーワード出て来た。


「お父様が邪竜を倒したから魔王の復活は阻止されたのでは?」

 私はそう聞いて育って来たのだけど。


「魔王復活の鍵は実は一つだけでは無かったとしたら?」

 エイデンさんがまた不穏な事を言う。


「困りますね」私はそのまんまの感想を言う。

「ああ、困る」殿下も素で答えた。



「それで現状はどうするのですか?」

 素朴な疑問を殿下にぶつける私。


「一部組織で平和を乱す邪教徒狩りが行われるだろうな」

「一部組織?」

「多分ある程度の力が有る者に声がかかると思われる」

「……つまり?」つい、ゴクリと、生唾を飲み込んでしまった。


「宮廷魔法師とか聖騎士団あたりかな」

……びっくりした、うちのお父様が呼ばれるのかと。


「ライリーの守りは疎かに出来ないから、辺境伯に声がかかるなら竜種が暴れた時くらいでは」


 では、差し当たっては動員されないと見て良いのかな?


「しかし、遠出がしにくくなったな」

「え、お父様、でも畑は作りますよね?」

「近場の方なら行けるだろうが」

「ううーん……菜の花畑企画とか延期になったりします?」

「……悪いがそちらはしばらく様子見になりそうだな」


 私はお父様の言葉に少なからずショックを受けた。

 でもチョコと砂糖の魔法の瓢箪畑だけは作らせて欲しい。

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