第105話 早春の贈り物
待望の雪解けシーズン到来。
春、早春。
ほんのひとときにだけ取れる白樺の樹液を、森の恵みをいただきに行く。
同行者はアシェルさん、妖精のリナルド、ローウェとヴォルニーの騎士二人。
殿下と護衛騎士さん達と竜騎士。
また竜騎士さんに同乗させていただくので、うちは同行者を限界まで減らしている。
護衛三人である。
アシェルさんがSランク冒険者なので遠出が許されてる。
「姉上がついて来たがって大変だった……」
行く前からちょっと疲れてそうな殿下である。大丈夫かしら?
「シエンナ殿下はもうすぐ結婚式があるのでは?」
「そう言って、なんとか諦めて貰った」
「大丈夫ですか、疲れてませんか?」
殿下の目が少し赤いような。うっすら隈もあるような……
「た、楽しみでちょっと睡眠時間が減っただけだ」
あら、遠足前の子供みたいで可愛いわね。
「寝落ちしてワイバーンから落ちないで下さいね?」
「大丈夫ですよ、私がしっかり支えますから」
殿下と同乗する竜騎士さんがそう声をかけて来た。
「殿下を宜しくお願いしますね」
「任されました」
竜騎士さんは爽やかな笑顔を見せてくれた。
大空を風をきって飛ぶワイバーン。
その背に跨って飛ぶ。
早春のまだ空気は冷たい。早朝だけど目が覚めるーー
しばらく空の蒼に交わるように大空を満喫して、目的地の大地に降り立った。
現地ではあらかじめ管を差して、樽に樹液を流し込むようにしてある。
本格採取はまだ後回しで今日は料理に使う分をちょっとだけ貰う。
近隣住民の方、ありがとうございます。
テントを建てる場所に土魔法で平な足場を作って固める。
自分達のテント用と自分達を同乗させてくれた竜騎士様の分も。
殿下達のテントと竜騎士様用には向こうの土魔法の使い手の護衛騎士が作った。
テキパキとテントが設営された。
ワイバーンを労うために亜空間収納から新鮮な草をあげる。
もっしゃもっしゃと草を食べる草食の竜。
なかなか可愛い。
殿下も乗せてくれた竜の頭を撫でてる。
自分の竜が欲しい。
空を飛ぶ度、竜騎士さんを呼びつけるのも申し訳無い気がするし。
「……はぁ、王立学院に竜騎士科があれば来年からでも通うのにな」
「殿下も自分の竜が欲しいのですか?」
「それはそうだろう」
「殿下、それなら王に進言しておきますよ」
「エイデン、それは流石に無理だろう、急にコースを増やすなんて」
「言うだけなら無料ですので」
「剛気なやつだな」
殿下も空を自由に飛びたいのね。
それにしても殿下の側近のエイデンさん、そんなカジュアルに陛下に「竜騎士コース有れば殿下が王立学院通うらしいです」とか進言出来る立場なのか。
なかなか凄いな。
ふと、周囲を見渡すと、草の中に蕗のとう発見!
せっかくだからいくつかゲットしよう。
お父様とお母様への春の味覚のお土産に。
「それは美味しいのか?」
蕗のとうを採取してたら殿下が声をかけて来た。
「山菜は大抵やや苦いので大人向けの味です。油で揚げればわりと食べれますけど」
「大人向け……」
「あ、蕗のとうは採取するなら形状が似た有毒の植物がある可能性あるので、決して間違えないようにしてください、心配なら毒の有無がわかるリナルドを貸します」
ハシリドコロという紛らわしいのが生えていて、うっかり間違えて食すと後に嘔吐や けいれん、昏睡などの中毒症状を発症する可能性がある。
「ああ、一部の騎士が興味を示してるから、見てやってくれるか、リナルド」
『良いよ〜』
蕗のとうを摘んでいる殿下の側近の騎士の肩に乗ってリナルドが見てくれてる。
「苦味は大人になってから美味しいと感じる事が多いので、私は蕗のとうは今回食べません。これはお城の大人にお土産です」
今はまだこの体が子供味覚なのだ。
仕方ない。
いくつか籠に入れてから亜空間収納にしまう。
「白樺の樹液は甘いのだろう?」
「ええ、樹液はほんのり甘いので大丈夫だと思います、先に私が味をみますよ」
亜空間収納からスプーンを二つ取り出して、桶に貯まった樹液をひと掬い。
「………うん、ほんのり甘いですね、春って感じがします」
口元も自然にほころぶ。
もう一つの未使用のスプーンを殿下に渡すと、受け取った殿下もひと口……
「……ああ、優しい甘さだな。これが雪解け後の数週間しか味わえない早春の味か……」
「この樹液でソースを作って、ポークソテーを作りますね」
「楽しみだな」
殿下は春の陽射しのように柔らかく笑った。
土魔法でレンガを積んだバーベキューコンロのような物を作る。
それに乗せる網とフライパンを用意。
背後にはお泊まりするテントと周囲に立ち並ぶ白樺の木々達。
良いロケーションだと思う。
焚き火を起こして、樹液を煮詰めたシロップを作る。しばらく豚肉をシロップに漬け置く。
その間、火の番を竜騎士さんに任せて、早春の風渡る白樺の林の中を歩く。
実に爽やか。
リナルドが嬉しそうに木と木に飛び移ったりしつつ、飛びまわってる。
宝珠を握って撮影チャンス!
お散歩を少し楽しんでから、ベースに戻る。
樹液のシロップと黒胡椒とレモン汁を加えて作ったソースを使い、豚肉を焼いていく。
その時風が吹いて、「あ、香ばしい香りが……」ふわっと広がる。
「ほう、盛り上がって来たな」
殿下も嬉しそうだ。 目がキラキラしてる。
「目の前で作られると臨場感が有りますね、ワクワクします」
「それです、大事な所です」
エイデンさんの言葉に私も同意した。
料理中は記録の宝珠をアシェルさんに渡してある。
殿下の楽しそうな様子を撮っておいてねって言ってあるし、宝珠を握ってこっちを見てるようだから、今の様子も撮影出来てるでしょう。
あ、親指をグッと立てて、バッチリだぞ!の合図を送ってくれた。
流石です。
白樺の樹液ジュースとポークソテーと作って来ていたポテトサラダ。
それとオニオンスープ。
主食の炭水化物はバゲットとおにぎりを用意してある。
みんな好きな方を食べてねと言うと両方とも食べてる。
騎士達もエルフもみんな元気によく食べて微笑ましい。
食事の後に殿下が風呂敷亜空間収納から花を取り出して、私のテントに花を飾っていた。
な、何してるの、かっわいい!
私の今夜寝るテントが、花を飾られた映えテントになっている!
花を飾ろうとする殿下を、何故かワイバーンまでが手伝っている。
殿下はワイバーンの背中に立って、高い所にも花を飾ってる。
ワイバーン、懐き過ぎでは?
そしてワイバーンの背の上に立つ殿下、靴脱いでてえらい。
……くっ! やるじゃない……!
私がもし、性別が男で彼女とキャンプに来たところで、そこまでできたかどうか……。
いや、美味しい物を作るのに夢中でそんな発想は無かっただろう。
テントの外観に可愛い花を飾るなんて!
飾り終わって満足したのか、殿下は一瞬良い笑顔になった後、ワイバーンの背から降りて、靴を履き、こちらに来た。
「ま、負けました……」
「何がだ?」
不思議そうに首を傾げる。
「か、彼氏力的な物……?」
「セレスティアナは女の子だろう、そんな物は無くて良いはず」
お前は何を言っているんだ?という顔をされた。
「次はイケメン、いえ、かっこいい男性に産まれて、可愛いくて綺麗な彼女を作りたいという、野望がありまして」
「次も女の子で良いんじゃないか?」
「いえ、イケボの、良い声の男前になって女の子をドキドキさせるのが夢です」
「全く、また変な事を言う」
殿下が苦笑する。
殿下の側近達も「もったいないですよ」等、言うけれど、好きだったゲームのイケメンが女性にきゃーきゃー黄色い歓声をあげられてるの見ると、良いなあって憧れちゃうのよね。
きゃーきゃー言う側より言われたい。マジで。
「誰かにテントに花を飾ると良いって言われたんですか?」
無粋だけど、思わず聞いてしまった。
「なんとなく好きかと思って」
「何となく?」
「ライリーのサロンに有る本の中に、家の外壁に綺麗な花を沢山飾っている挿絵の所に開き癖がついてて、誰かが気に入って何度も見たんだなと、推測された」
「そ、それが私だと見抜いたんですか?」
「ブランシュ嬢にあげた石鹸にも花がそのまま入っていたし、わざわざ火を点けると溶ける蝋燭にまで花の絵を描くような女の子だ。庭園でもよく花を摘んでいるし、やたらと花が好きなのは明白」
「まあ、そうですね……」
「大抵の女の子は花好きだしな」
そう言って殿下は、はははと声を出して笑った。
たしかにほとんどの女性は綺麗なものが好きだからほぼお花も好きよね。
でもまさか本の開き癖から私の好む情報を拾うとは……。
「私を喜ばせるのには別に宝石のような高価な物はいらないって気が付いているのに何故宝石を砕くんですか?」
あまり高価な贈り物は恐縮するので、お金のあまりかからないプレゼントに思考を誘導したい。
「そんな事を言ってるが、青と緑の混ざった綺麗な魔石にも惹かれたのを知っているぞ」
「うっ……情報が早いですね」
ひかりものも好きなのバレてる。
情報源のような気がするライリーの騎士をじっと見ると、さっと視線を外された。
君達……。
「それで、あの海のような色の空魔石は何のアクセサリーになるのだ?」
「ペンデュラムのペンダントですね」
「ペンデュラム……ペンダントか」
ダウジングも出来る魔法アイテムに憧れるファンタジー好きなので。
「私の誕生日にライリーに来るつもりなのでしょう?
贈り物をする気がお有りなら、道端に咲く花で十分ですからね」
「……考えておく」
ほんとかなー?
「美味しい果物でも良いですよ」
「まあ、確かに果物も好きなようだな」
「そういえば今日のおやつは苺のケーキですよ。生クリームもたっぷりの」
前回はマンゴールだったから、今回は苺。
ケーキはお城の厨房で既に作って来てある。
「ほう、姉上が聞いたら羨ましがりそうだ」
「シエンナ殿下達のお土産分も用意してありますよ。ホールなのでまたご家族でどうぞ」
「其方に感謝を」
その後、おやつの時間に草の上に可愛い敷き布を敷いて、その上で
美味しい苺のケーキを切り分け、皆で食べた。
ケーキ系のおやつタイムはピクニックモード。
敷き布の上だ。椅子に座ってよりも可愛いのだ。
「本当に毎度ライリーの食べ物にはハズレがないな」
「セレスティアナ嬢、これすごく美味しいです!」
殿下とその側近さん達もケーキの味に満足して褒めてくれた。
「めちゃくちゃ美味しいです、ジャンケンに勝って良かった」
ローウェは同行者を決めるジャンケンに勝ったのか。
「ふふ、苺の生クリームケーキは私も大好きなの」
ライリーの騎士も、アシェルさんも美味しそうに食べてくれた。
お城の留守番組のお父様達にもケーキ渡して来てるから、今頃食べてるかな。
私も甘いケーキを食べて、ふわふわとした気持ちになった。
寝床になるテントに飾られた花を見て、アシェルさんに記録の宝珠を返して貰った。
それを瞳に映してしっかりと記録する。
これは、私の為に贈られて、飾られた花だから──
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