第104話 シルヴィアの困惑
〜 シルヴィアお母様視点 〜
「よし、よし、良い子ね、ウィル。ねんねしましょうね……」
私は今夜も息子を寝かしつけるために、小さな声で子守歌を歌ったりしていた。
この子はティアが遠くに外出していると何故か城にいないのに気が付くのか、不機嫌になる。
娘がワミードに旅行に行っている時もかなり不機嫌だったので、乳母と一緒に頑張って宥めていた。
今はティアもお城にいるので、子守歌を一回歌えば大人しく寝てくれた。
後は乳母に任せて、ティアがベビードールとか言っていた、ネイビー色の夜着を着る。
胸の真ん中がリボンで結ばれていて、解くと前が全開になる。
大変脱がしやすい構造になっている。
冬なのに薄い生地でやたら色っぽい。
これは本当に初夜や新婚以外でも着る物なのかしら?
でも使ってある生地が肌触りも良いし、レースがとても綺麗でお洒落なので、着ないのも、もったいないから着ている。
着替えを手伝ってくれるメイドもティアが作ったドレスやベビードールや下着を私が着ると、ほう、と、ため息をつき、うっとりとした様子で「素敵ですね……」と、言っている。
なので、悪くは無いはずです……。
ガウンを羽織って夫の寝室に続く扉を開けて移動しましょう。
夜着は薄着なのでガウンを椅子の背にかけてから、先に夫のベッドに入ってしまう。
湯殿から部屋に戻った夫がエアリアルステッキで髪を乾かしている。
それは、最近になって見る、日常的な、もはやいつもの光景と言えた。
けれど、今夜は見たことのない黒い、下着を穿いています!
ーーえらく、色っぽく見える下着……。
思わず熱が集まってしまった頬を手の平で覆う。
筋肉質で引き締まった見事な体に、黒い下着……。
そしてまだ乾ききっていない前髪と相まって……一際、色っぽい。
あ、新しい下着!? いつの間に買って来たのかしら!?
黒色は初めて見るわ。
白系、きなりっぽい色しかこれまで穿いてなかったのに。
見慣れた夫の体とはいえ、あんまりじっと見るのも恥ずかしい。
はしたない。
もう子供も二人いるというのに、今更なんでこんな事でドキドキしているのかしら。
「あ、この新しい下着、とても肌触りが良いな。新年だから新しいのを買ってくれたんだな?
ありがとう、シルヴィア」
「は、はい……最近私のばかり新調していたものですから」
誰の仕業か分からないけど、一応庇っておく。
ジークも喜んでいるようだし。
「貴族女性なのだから、品位を保持する為にも当然だろう。それに君のレースの下着や夜着はとても綺麗で似合っている。俺も目で楽しませて貰ってるよ」
「ははは」と、上機嫌で笑っている夫ーー照れますわ。
この私の、美しくも艶っぽい下着を娘のティアが作っているという事は、夫には知らせていない。
服を作る事自体は言ってあるから、知っているけれど。
でも実の所、その黒い下着の件は私、知りませんけど!?
……たしかに、カーテン、シーツ、衣類など、新調するのはこの家、この城の女主人たる私の仕事。
商人を呼んで必要な物資を揃えている。
先だっても騎士の要望で下着もリストに入れて購入した記憶も新しい。
でも、あの黒いのは、ずいぶんと、質の良さそうな下着だわ。
あれはリストにあった、いつもの下着とは違う気がする。
はっ! そういえば最近私の服や下着ばかり作って、夫の衣服はあまり作って無かったからと、ティアが男性物の下着を作ろうとしていたわね。
夫が娘から下着を貰うのは恥ずかしいと辞退したけど。
つまり、買った記憶は無いけど、存在するという事は……ティアったら、結局作ったのね。
そして、しれっとジークのクローゼットに紛れ込ませた?
そ、そうまでして、ズボンを穿いてしまえば見える事もない下着を。
……貴族たる者、下着にも気を使うべきだと、私も思うけれど、何故黒を。
いえ、男らしくてかっこいいジークにとても似合っているけれど。
……だからなの? 似合うと思ったから?
「どうした? 顔が赤いな、シルヴィア、風邪か?」
「い、いえ、どこも悪くありませんし、風邪も引いてません」
夫が先にベッドに入っている私に近寄って来て、額と額をくっ付けた。
「熱は……無いようだが、今夜はゆっくり寝るといい。ウィルを寝かしつけるのも大変みたいだしな」
そう言って、夫は夜着を着た。
「わ、私は、だ、大丈夫ですけど……はい……」
「あなたの下着姿がいつもより色っぽいので、顔が赤くなりました」
なんて、とても言えませんから!
……大人しく寝る事にするわ。
目が、冴えてしまっているけれど……。
自室に戻ろうか、そう思ってベッドから抜け出ようとした所で、逞しい腕に抱きしめられて、夫の胸の中に収まってしまった。
石鹸の香りがほのかにする……
布越しに体温……温もりが伝わる。
こ、このまま眠るしかなくなってしまったわね……
恥ずかしいから、無駄に早鐘を打つこの心臓の音が聞こえませんようにーー
そう祈りながら眠るしか無かった、ある冬の夜の事。
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