第101話 お城は今日も賑やかです

 ついにラピスラズリの生地にハサミを入れる時が来た。

 お母様のサイズに合わせて印は付けた。


 高級な生地にハサミを入れるのは緊張するけどやらねば服にならない。


 アリーシャも私の動きを固唾を飲んで見守っている。


 ジャキリ。

 印を付けた通りに切っていった。


 ふうと、息をつく。

 ここで一旦ラピスラズリの生地は置いておく。


 古いカーテン生地を出して、それでお試し縫いをして練習する。


 ミシンの前に来た。ベルトの準備。OK。

 ボビンを入れる。ボビンに糸を巻いていく。足でペダルを踏む。響く機械音。

 ややして、糸巻きも完了。


 布にまち針を刺し、足踏みミシンで古いカーテン生地を使って縫っていく。


 カタカタカタカタカタカタ……規則正しい機械音が響く。

 ちゃんと動いている。


 その姿を針子のマイラにミシンを覚えさせる為に、しかと見て貰う。


 後で本人にも古いカーテン生地の残りで、まず直線縫いの練習からさせる。


「わわ、縫えていきます、凄いです……」

「上手よ、マイラ。その調子」


 褒めて伸ばすスタイル。


「ミシンを使い終わったらこのオイルでメンテナンスをしてね、ハサミにも使えるから」


「はい、お嬢様」


 実際にやってみせる。

 マイラは私の動きを真面目に見てくれるから大丈夫そう。


 ラピスラズリのドレスは私が自分で縫うけど、馬車の座面のスプリングコイルを入れる袋は針子さん達に覚えて貰って縫っていただきたい。


 40分くらいやらせたら、一旦休憩させる。


 ミシンから離れた所にテーブルセット置き、お茶と手の汚れないおやつも用意している。


 パンケーキは小さく切ってフォークで刺せば食べられる。


 無論手を洗う容器も側に用意してある。


「お嬢様、本当にこれを私が食べても良いのですか?」

「良いのよ。それ半分の量なの、後でもう一度、残り半分を出すわ」


「え!?二度もいただけるんですか!?」と感激するマイラ。

「そうよ」


「……ふわふわでとても美味しいです! メープルシロップも甘くて美味しいです。

こんなの初めて食べました」


「残りは次の作業の終わりのご褒美よ。さあ、お茶も飲みなさい。そちらはいつでもおかわりがあるわ」

「はい!」


 実に嬉しそうな顔をしてくれる。

 残り半分を冷めないように、一旦亜空間収納にしまう。

 残りの半分には、生クリームをのせてあげよう。


 なるべく楽しい気持ちで新しい事を覚えて欲しいからこんなご褒美も用意している。

 彼女がしっかりと覚えてくれたら他の針子も指導して貰う。


 彼女の休憩が終わったら、今度は私が本番のラピスラズリのドレスを縫っていく。


 ……わりとすぐ終わった。


 複雑な形じゃないから難しくない。


 巻きつける布の下のドレスもシンプルな形状だからすぐ終わった。


 こちらはお母様と私でサイズが違うように別個に作る。

 ラピスラズリの生地とは違う濃紺と白の二種を縫った。


 ラピスラズリのドレス一式は一旦亜空間収納に入れた。


 あとは腰紐とミュール。

 腰紐に見栄えの良い金属を使う方が良いかな?

 ……こちらは一旦先送りの保留。



 マイラに縫いの練習の再開をさせる。


 今度は一時間程作業をさせてみる。


 簡単な風呂敷と袋状の物を作って貰った。

 終わったら、パンケーキの残りを出して、生クリームものっけてあげた。


「お、美味しいですーーーーっ!! この白いクリーム最高ですね!」


「気に入ってくれて良かったわ。王族にも、この生クリームを使ったお菓子を献上したのよ」


「ええええっ!? そ、そんな貴重な物を私に食べさせて良かったのですか!?」

「頑張ってミシンの使い方を覚えて欲しいので特別よ」

「が、頑張ります……!」


 * * *


 よし、ついでに見栄えの良い下着の新作も作ろう。

 ドレスの下も美しく。


 まず、デザイン画を描く所からだけど。


 マイラには好きに自主練もしていいと言ってから私は自室に戻った。


 * *


 お母様の分と私の分と……たまには、お父様のも作ったほうがいいかな。


 ……あれ、男性の下着ってどんな?

 ゴムが無いなら、男性も紐パンですか? ふんどしじゃないよね?


 ……やばい、「どんな下着穿いてるんですか?」

 とか変態みたいな質問しなきゃいけないかな。


 ええっと……

 洗濯場に行ってこそっと確認に? いや、そっちの方が変態っぽく無い!?


 下着を縫うので男性の下着がどんな形状か知りたいと堂々と聞くべきでは?

 いや、いっそお母様に聞く?

 紙と鉛筆を渡して絵にして描いて貰うとか。


 いや、高貴な貴族の奥方に男性用パンツの絵を描かせるとか、許されるの?

 そもそも素人の絵では分かりにくいかもしれない。


 やはり実物を見た方が早いから誰かに頼んで男性用下着の新品を買って来て貰う?

 これだ! 新品なら見られても恥ずかしくない! 多分。

 で、誰に頼めば良いのかな。


 め、メイド?執事?

 困った、頼みにくい。


 とりあえず保留にして、女性用下着のデザインを描いていく。


 * *


 晩餐前に厨房でメニューの指示を出して、食堂でお茶を飲みつつ、難しい顔をしていると、騎士のナリオが声をかけて来た。


「お嬢様、難しいお顔をされていますが、悩み事でも? 何か有ればおっしゃって下さい」

「とても……言いにくい事なの」


 どんなパンツ穿いてるの? とか聞けないから

 誰か買って来てとかも。


「あ、そう言えば、辺境伯がお嬢様の春の誕生日に、神殿でラピスラズリの生地のドレスを着せるとかおっしゃっていましたよ」


「うう……」


 私は下を向いて顔を覆った。

 耳が早いなぁ……でも警備の面もあるから騎士には普通に知らせるか。


「それが何か辛いのですか?」

「それもあるけど……」

「あ、殿下に誕生パーティーの招待状を書くなら使者に立ちましょうか?」


「殿下もお忙しいでしょうし、婚約者でもない、社交界デビューもしてない小娘の私の誕生日で、わざわざ呼びつける事も無いわ。それに本人を呼ぶなら神殿でドレス姿を撮影に行く必要も無いし」


「「え?呼んで差し上げ無いのですか?」」


 声が重なって聞こえたので顔を上げたら騎士が増えていた。


「殿下は、友人なのでは?」

 騎士レザークが増えてた。


「でも落ち込んでそうな時に励ますのと、なんでもない日に呼びつけるのは違うと言うか……」

 私はなんだか気恥ずかしくて、呼びたくなかった。


「「誕生日はなんでも無い日ではないでしょう?」」

 騎士の声がハモる。仲良いな君たち、息ぴったりじゃないの。


「でも呼ぶならわざわざ神殿で撮影する必要無くない?」

「いや、記念撮影はしても良いはずですよ、誕生日ですし」

 ナリオの言葉にレザークが頷いている。


 みんな、どうしても神殿で撮影はさせたいのか。


「そもそも、パーティーとかしなくて良いの。誕生会をやるなら5歳と10歳と15歳と20歳の節目だけで良いって聞いたわ。経費節約で、ちょっといい食事をする程度でいいと思う」

 

 数年前に知ったけど、この世界の誕生日だとそうなってる。

 20歳以降は歳食って老いて行くのであまり祝わないそうな。

 どうりでお父様やお母様の誕生会のお話が出ないと思っていた。


 もちろん、羽振りの良い家や記念日をとても大事にする人は、毎年祝う事もあるらしいけど。


 平均寿命が前世と違い短いのは魔物もいて医学も発展してないせいみたい。

 上位貴族は治癒魔法の恩恵に与る事も出来るが、平民だとそうもいかない。

 薬草だけではどうにもならない事も多いし、薬も大抵良いものは高額。


「そうなのですか」


「ご馳走を期待していたのかしら? まあ、撮影はする事になると思うわ。

お母様にもあのドレスを着ていただきたいから」


「殿下の方からお祝いに来られるという可能性は?」

「誰か殿下に私の誕生日を教えた?」

「……流石にもう調べは付いてると思うのですが」

「……あんまり祝われてもお返しが大変なのよ」


 仮に殿下が来たとして、ラピスラズリの生地の次は何が来てしまうのよ。


「まあ……それは確かに。ところで、お嬢様は何か欲しい物はおありですか?」


 レザークに問われた私はヤケクソになって言った。


「お母様や自分の下着を作っているのにお父様のを作ってない事を思い出して、作ろうとしたんだけど、男性下着の形状が分からなかったので、見本に新品の男性下着が欲しいわ! 誰か買って来てくれる!?」


 欲しい物を聞かれたから目を閉じて、勢いで言ったけど、流石に恥ずかしくて顔に熱が集まる。

 多分顔が赤くなっている。


 騎士に男性用パンツを所望する令嬢とは!?


「は、はい、用意致します。雑貨商を城に呼びますので」

 レザークの言葉にはっとなって、目を開く。


 レザークとナリオを見れば肩を震わせつつ口に手を当てている。

 必死で笑いを堪えているようだ。


「そうか……商人に下着を持って来てって言えばよかったんだわ」

 私は一体何を……


「わざわざお嬢様が下着を縫われるなんて、特別なデザインなのですか?」

 笑いの衝動を乗り越えたらしいレザークが、なおも突っ込んで聞いてくる。


「お母様のは綺麗なレースを使って作っているの。見るのは本人と着替えを手伝うメイドとお父様と洗濯する人くらいだけど」


「ボツデザイン画がいくつか有るので見せてあげる。まあ、実際に作ったのも比較的似た感じよ」

 そう言って騎士達にボツ画集を見せた。


 装飾を凝りすぎて、誰がこのレースを編むんだよって、没にしたものがあるのだ。


「え……っ!ずいぶん華やかで綺麗でセクシーな下着ですね。本当に男の我々に見せて良かったんですか?」


「最終的に着てるのを見て喜ぶのは夫とか男性じゃない。男性が良いなって思えば成功していると言えるもの。……で、どうかしら?」


「い、良いと思います……」

「ええ、旦那様もこれならお喜びでしょう」

 二人とも顔が赤くなってる、わりと純情か。


「本当に……?」

「神に誓って嘘では有りません!」「同じく!」

「なら、良いわ」


「お、お嬢様、何をされているのですか?」


 まずい! アリーシャだ。見つかった!


「ち、違うのよ、これはボツ画だから、実際作ってるのとは同じ物じゃないから」

「お嬢様! 男性にそのような物を見せてはいけません!」


「でもきっと一番重要なのは男性の意見なのよ!」

「そ、それならせめて、それは旦那様に」

「分かったわ、お父様に感想を聞くわ!」


 お母様の下着姿の感想を!

 私は勢いよく、ガタンと席を立った。


「あーっ! やっぱりダメですーーっ! お嬢様ーっ!」

 慌てて前言撤回するメイド。


 走り出す私の背に「お待ち下さーい!」とアリーシャの声が追いかけて来た。


「誰か! お嬢様を止めて!」


『引き止めようと追いすがって来ようとするが、もう遅い!』と、脳内でラノベ風タイトルがよぎった所で、


 ガシッ!!


「どうしたんですか、お嬢様、走ると危ないですよ」

「ははは、淑女はそんな風に走りませんよ」


 んん〜また騎士が増えたし、捕まった。

 私を止めたのはヴォルニーだった。

 何故かご機嫌で笑っているのはローウェだ。


「ハア、ハア、追いついた……お嬢様、だ、ダメですからね」


 走って来たアリーシャが追いついた。


「しょうがないからお父様に聞くのはやめておくわ」


「はあ、良かった……」

「「?」」


 騎士は何の話だ?と疑問顔だけど、言わない方がいいのよね……。


 * * *


 後に商人を呼んで知った事。


 この世界の男性用下着は片側だけ紐の有るパンツであった。

 エッチでは……?


 形はボクサーやトランクスにも似てる短パン系とビキニっぽいのも有る。

 腰に前で紐を結ぶトランクスみたいなタイプもあったそうな……。


 ちなみにお父様には自分の下着など作らなくても買うから良いと辞退された。

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