第99話 女子トークと男子トーク

 〜ライリーの黒髪騎士、ローウェ視点〜



「俺が王都の聖下にパンと蝋燭を届けに行っている間にお嬢様に贈り物をしただと!?」


「ローウェは大事な仕事を任されたとご機嫌だったじゃ無いか」

 幼馴染で同僚の金髪イケメンのヴォルニーが言う。


 いつも美味い飯を食べさせて下さるし、肖像画のお礼もしたいなと思ってたらこれだ。


「いや、俺は仕事だったし、お前達、抜け駆けだぞ」

 ヴォルニーとレザークの金銀コンビめ。


「まあ、落ち着け、情報をやる。お嬢様は青と緑が混ざったような色が大好きらしい」

 レザークがお詫びとばかりに情報をよこした。

 だが、似たような石を買っても二番煎じになってしまう。


「うーん、お嬢様の春の誕生日までに何かいい物が見つかるかな」


「俺も留守番組でお嬢様の喜ぶ物を買って渡せ無かったんだが、一緒に金出して買うか?

良い調味料を見つけたら買って渡すつもりではあったけど、

なかなかそういう店に出かける機会がないんだよな」


 ナリオがそう提案して来た時、俺はふと思い出していった。


「ヘルムート殿は両親に肖像画を届けたついでに、でかい魚を持って帰ってたな」


「でもよく考えたら魚も調味料も食ったら消えるんだよな。どう考えても石渡したやつの勝利では」

「勝ち負けでは無い、こういうのは気持ちが大事だ」


 ナリオのセリフにレザークがそれらしい事を言ったが、

「そのセリフは勝者の余裕でしか無い」

と、俺は憮然として言った。

 あー、間が悪い。


 * * 

 


「あまり行儀は良くないかもしれないけど、ベッドの上で足を組んで本を読んでたら、上になってる足にリナルドが飛んで来たの」


「え」


 お嬢様と女の声がする。

 ああ……、会話の相手はメイドのアリーシャか。


 サロンで休憩時間にうっかり寝てた。

 ふわふわの動物の敷物が気持ち良くて、さらに部屋が暖かくて。


 このサロン、結構な広さで、死角で横になってたら気が付かれない事があるんだな。


「リナリドが足首の位置に乗っている訳なの。枝にとまる姿のようで可愛いくて、足首がね、ふわふわなのよ。分かる? すごく可愛いと思わない?」


「だ、駄目です、お嬢様、足に動物がとか、はしたない話は」

「ふわふわの動物系妖精なんだけど」


「妖精でもです。腕にとまった話ならともかく、足は」

「この話の重要な所はふわふわな生き物というか、妖精が可愛いって所で……」

「駄目です、特にそういうお話は男性の前でしてはいけませんよ」


「子供なのに働きすぎだと言われたから、たまにはと、ベッドでくつろいでいたお話をしたのに」

「駄目です、お行儀の悪いお話は」


 すみません、偶然聞こえました。

 お嬢様が可愛い。


 そっかー、足首にふわふわの生き物が飛んで来たのかー、俺は可愛いと思います!

 ふわふわもふもふは気持ち良いものですから。

 現に俺も毛皮の敷物の上で軽く寝落ちてた。


 ……しかし、どうする?出にくい。

 あー! よく寝た! とか言って今起きましたっぽく演出するべきか。


 ガチャリ。

 扉が空いた音がした。


「あら、あなたが新人のお針子のマイラね、ミシンは明日から覚えて貰う事になるわ」

「はい、お嬢様、がんばります」


 人が増えた! ますます出にくい。


「マイラ。これは別に、嫌なら話さなくて良いのだけど」

「はい?」

「恋バナ、恋の話とか聞きたくて……。好きな人とか恋人はいるかしら?」

「お嬢様、ご自身の縁談を全て蹴っているのに……」


 アリーシャがもっともなツッコミをしている。


「お話が聞きたいのと、自分が結婚するなんて深刻な話は違うって言うか〜、ねえ、マイラ何かある?」

「ええと、彼氏はすぐデートの約束を忘れてしまうんです」

「あら、うっかり者なのね。カレンダーにデートの予定を書き込めばいいのに」

「お嬢様、平民の家に高価な紙のカレンダーなどありませんよ」


「え、じゃあ、黒板とチョークとかは」

「黒板は昔、教会の日曜学校で使っていたのがあると思いますが、兄弟にあげてると思います」

「誕生日プレゼントとかに他の黒板をあげてみるとか、次は絶対に忘れないように、罰を与えるとか」

「ば、罰ですか?」


「ちょっと待って、罰の内容を紙に書くから……」


 お嬢様は何かを紙に書いているようだ。


「彼も別に悪気は無かったとは思うので、あまり酷い事は……」

「痛くは無いわよ、ほら、感情を込めて、文章を読み上げるだけの罰よ」

「文章を読み上げるだけ……」


「アリーシャ。これを読み上げて」

「は、はい」


『お前を、離したく無い』

『ほら、もっと、こっち来いよ』

『家まで送る。お前は可愛い過ぎるからな、何かあっては大変だ』

『どうなっても……知らないからな……』


「お、お嬢様! 恥ずかしすぎませんか!?」

「お嬢様、何てセリフを読ませるんですか!」


 マイラとアリーシャが思わず声を上げた。

 アリーシャもきっちり読み上げてから怒るあたり、おもろい女だな。


「恥ずかしいセリフを言わせる罰なので。でも相手が良い声なら聞いてて楽しいと思うの」


「ええ〜」

「ところで、最後のセリフは不穏では?」


「そう?シチュエーションによると思うけど。私の想定してるものだと、デート中に彼氏の二の腕とか体を触ってスキンシップで刺激を与えてドキドキさせてると言われるセリフなんだけど」


「は、はしたなくないですか? 女性から男性の体に触るなんて……」


 声の雰囲気から……マイラはおそらく顔を真っ赤にしてるんだろうな。


「そうですよ、お嬢様。はしたないですよ」


 お嬢様がアリーシャにまた嗜められている。


「これしき、恋の初歩的なテクニックのはず……」

「お嬢様は男性の腕などに触ったりする気なんですか?」

「反応が面白そうなら、触ってみるのもやぶさかではない」

「もー、駄目ですよ、お嬢様」


 お嬢様はわりと小悪魔系か……。 ギルバート殿下は翻弄されそうだ。


「ところでお嬢様、腕に触ると良いんですか?」

 マイラ、結局気になっているのか。


「聞くところによると、腕とかに触られると、男性はドキドキするらしいの。

だからデートの時も、腕を組んだりすると良いのでは」


「手を繋ぐ、ではなく、腕を組むんですか」


「暑い夏以外なら良いのでは? 手を繋ぐと緊張して手汗をかくかもしれないし」

「二の腕をどういう流れで触るんですか?」


「え、筋肉かっこいいね。とか言ってさりげなく触るとか」


「それ、さりげないですか!?」

「えー、さりげなくないかな?」


 わいわいと楽しげに女子トークしてる。……出られん。


 バタン。


 また誰かが、サロンに入って来た。


「あ、お嬢様、ローウェを見ませんでしたか?そろそろ交代の時間なんですが」

「さあ?」


 ……やばい。この声はヴォルニーだ。


 ツカツカと踵を鳴らせてこちらに歩いて来る! 必殺寝たふり!


「あ、ローウェがこんな所で寝ていた」

 ソファ越しの死角で横になっていた俺を見つけてしまった。


「はっ! 寝てた!! 今何時だ!?、なんか良いとこにふわふわの毛皮が敷いてあるものだから!」

「昼の2時だ」


「まあ、ローウェ様、そんな所で寝てらしたんですか!? な、何か聞きました?」

「え? 何も?何かあったか? 熟睡してた」


 アリーシャの問いに、俺はお嬢様の名誉のために何も聞かなかったふりをした。


「ローウェ、そこにいたのね。聖下の元へお使いご苦労様。これはご褒美よ」

「え……?」


 肩の上に妖精を乗せたお嬢様が亜空間収納からバッグとベルトを取り出した。


「貴方が狩った黒い大蛇の皮で作った財布入れのバッグとベルト。お父様とデザイン違いよ。

お父様にはまだ渡して無いのだけど、あれを狩って私にくれた本人が一番先で良いわよね」


「ええっ!? 身分的に辺境伯が先では……!?」

 何かお礼をと思っていたらご褒美までいただいてしまった!


「お父様はそういうのあまり気にしないから大丈夫。デザインも違うし」

 お嬢様は天使のような極上の笑顔でまた贈り物を下さった。


「ありがとうございます。大事に、家宝にします」

「できれば家宝じゃなくて使って欲しいわ」

「……分かりました。大事に使わせていただきます」


 今ふわふわの毛皮の上で、またスヤァと眠れば最高に良い夢が見られそうだけど、現実も幸せだった。

 なのでまあいいやと、俺は持ち場に戻る事にした。


 この城を守るのが俺の役割で、それは何より尊いお嬢様を守れる、誇りある仕事だからだ。

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