第96話 神のケーキ?

 〜シエンナ王女視点〜



「シエンナ。紅茶に入れるお砂糖は控えめになさいね」

「お母様。分かっておりますわ」


 王たるジェイダルお父様と王妃、イザベラお母様と第一王子のアーバイン兄様も私と一緒に、サロンで弟の帰還を待っていた。

 時間は昼過ぎ、3時のお茶の時間。


 弟のギルバートはワミード侯爵領に行ったかと思えば王城に戻らず、さらにライリーに寄ったらしい。


 報告に駆け込んで来た金髪の騎士の報告を聞いて、どんだけ遊びたいのかと、一瞬呆れたけれど。

 金髪の騎士の詳しい報告によれば、弟の希望というより、ライリーの令嬢の方から招待を受けたらしい。


 とあるきっかけで母親の事を思い出して落ち込んでるのでは? 

 と思った令嬢が、気を使って食事に誘ってくれたのではないかと言う事だった。


 おや、優しくされているじゃないの。

 多少は思われているなら脈有りかしら。


 そしてライリーに一泊した弟がお土産を持って、本日帰城したので、王城の豪奢なサロンにて我々はお茶を飲みつつ、待っていたのだった。


「ギルバートよ、よく戻った」


「ただいま帰りました」


「「お帰り」」

 あ、お母様とアーバイン兄様の言葉が被っているわ。


「ギル、お帰りなさい。旅行は楽しかった!?」


「ライリーとワミードの交易の見届けと、ライリーの令嬢の護衛です。なんですか、旅行って」


「そうなの? まあいいわ、お土産の南国フルーツは?」


 私の言葉を受けて、弟は亜空間収納の魔法陣の描かれている布をポケットから出した。

 床に敷かれた赤い布の上に美味しそうな瑞々しいフルーツを出していく。

 まるで露天商だわ。


「魚介類を出すのは氷室でも良いのでしょうか?」

 弟がお父様にお伺いを立てる。


「ああ、魚介類はその方がいいな」


 ギルバートは布の上に雑貨も出して来た。それはテーブルに置きなさいよ。


「一応、ワミードの香水入れや布地も用意がございますが、どれがお好みか分かりませんので、お二人で分けて下さい」


 ギルバートはお母様と私を見てそう言った。


「あら、そういう洒落た物も買って来てくれたのね」

 私がそう言うと、お母様は箱から出した香水入れに注目された。

「まあ、その香水入れ、綺麗な造形ね」


「必要無ければ侍女にでもあげてください」


 私もお母様も褒めているのに何を言っているのか、この弟は。

 自分で選んだ物に自信が無いのか、自己評価が低いの?


「必要無いわけないでしょ、綺麗じゃないの」


 なかなかお土産選びのセンスがあるじゃない。


「それで、こちらがライリーの令嬢からのお土産のケーキです。

シャンプー、リンス、石鹸はいつものです」


 流石にケーキは床ではなくて中央のテーブルの上に置いた。


「まあ! 白くて綺麗なケーキ!」

 すっごく美味しそう!


「マンゴールの生クリームケーキ。ご家族で召し上がって下さいとの事です。

生クリームは濃厚で美味しいけれど、糖質も多い菓子なので、食べ過ぎて太らないように注意をと」


「……私が結婚式前に太らないよう、ダンスレッスンのある日以外は甘味を制限されている事を知っているのかしら?」


「女性なら誰しも体型は気にする物でしょう。

あのライリーのいつも美しい夫人でさえもケーキを食べた後は辺境伯をダンスに誘っていましたよ」


「シルヴィア様っていつも、と言ってもごく稀にしかお見かけしないけれど、女神のように美しいのに太る事ってあるの?」


「さあ? いつもより食べたらダンスなどされて、念の為、気をつけておられるのかもしれません」


「このケーキに飾ってある黄色いフルーツはワミード産のマンゴールなの?」


「そうです、早速使ってくれたようです。

そして、香り付けに神様から頂いた調味料を使ったと聞きました」


「は!?」「神!?」「調味料!?」「神様から頂いた!?」


「何か、毎日神にお祈りして神力を取り戻すのに力を貸していたのと服を贈ったご褒美だとかで、調味料や魚の稚魚を賜ったとか」


「……相変わらずライリーは意味が分からんな。神から直接物を貰ったあげく、それを料理に使ったと?」


 服を贈っただの、ご褒美に調味料と稚魚を貰っただの、意味が分からないわ!


「ずっと欲しかった調味料だったので、使わない選択肢はなかったと」

「この神のケーキ? は、永久保存しなくて良いのか?」


「お父様! ケーキは食べられる為に存在する物ですわ!

保存されても神様はお喜びにならないと思いますけど!」


「そうですわ。逆にこのケーキを食べると寿命が延びるとか美しくなるとか、健康効果もあるかもしれませんわ、だって神の調味料が使われているのでしょう!?」


「太らないようにと、心配されているのにか?」


 お父様! まさか食べさせてくれない気なの!?


「そんな事は運動やマッサージを受けるのでいいのです! 些事です!」

「そ、其方達、そこまで甘味が……」


「父上、女性の目の前に美味しそうなケーキを出しておいて、永久保存など、可哀想ですよ。

ケーキを家宝にする国とかは流石に無いでしょう?」


「そうですよね! アーバイン兄様も食べたいですよね!」

「分かった、分かったから、二人共、落ち着きなさい。じゃあ切り分けさせよう」


 お父様も保存は諦めて下さって良かったわ。

 さっと侍女がケーキを引き取って、切り分けて持って来た。


「お、美味しいですわね……寿命が延びる気が致しますわ」

 お母様も興奮して頬が薔薇色に染まっているわ。


「甘いし、良い香りがする」

「ふむ、良い味だ」



 お兄様もお父様もしみじみと味わっておられる。



「私、このクリーム部分を永遠に食べたいわ……」



 この風味豊かな生クリームが美味しすぎる。



「あの、私はライリーで同じ物を食べて来ましたので、譲ります」



 弟が殊勝なことを言った。


「良いの!? じゃあ私が!」


「待ちなさい、そこは年上の母に譲るべきではなくて?

あなた結婚式前にドレスのサイズが合わなくなったら大変でしょう」


「ええっ!? ダンスで運動をしますけど!?」

「……争うでない。この残りは亜空間収納に入れて、留学中の第二王子ロルフの分として取っておく事にする」


「そんな、お父様! ロルフお兄様は甘い物は好きでは無いとおっしゃっておりましたわ!」

「しかし、せっかく神の……」


「神様も美味しいと感じる人にこそ食べて欲しいはずです。お母様、半分こにしましょう」

「しょうがないわね」

「全く、仕方のない奴らだ」

「まあ、確かに弟のロルフは甘い物は苦手だと言っておりましたよ」


 そーよ! そーよ! 

 かくして、私とお母様はケーキのおかわりをゲットしたのだった。

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