第90話 ワミード侯爵領への誘い

 〜ライリーの騎士、ローウェ視点〜


「「お呼びと聞いて参りました」」



 俺はヴォルニーと共に、我らが主たる辺境伯、ジークムンド様に執務室に呼ばれて駆けつけた。


「ローウェ、ヴォルニー。早速だが、使者に立って欲しい」


「「はい、どちらへ」」

 幼馴染のヴォルニーとは言葉が自然に重なる。


「王城のギルバート殿下の所にだ。

モーリス殿がセレスティアナに侯爵領へ遊びに来ないかと誘いをかけていてな。

正直彼が何を考えているかよく分からない。しかし、王族である殿下が同行すれば下手な真似は出来まい」


「なるほど、殿下に同行を願えばいいのですね」


「お願いだと、王家に借りを作る事になる。

あくまで娘が誘いを受けて乗り気だという事を告げればいい。

表向きはラピスラズリの布地のお礼とかで良かろう。

殿下の気持ちを利用するのは気が引けるが、娘を守る為だ、仕方ない」



 俺の考えだと素直すぎたようだ。

 確かに壊血病の件でも殿下には既に借りを作っている。

 一緒に行きたくなるよう誘導すれば良いんだな。

 お嬢様を取られたくない殿下なら絶対に同行を決めるだろう。



「そこにアップルパイとプリンが有る、コレを箱に入れて手土産にすれば、とりあえずの体裁は整う」


「お菓子を入れる箱はどのような物に致しましょう」

 ジーク様の側に控えていた家令が口を挟んだ。


「多少は見栄えがするものがいいだろうが、菓子に使えるような箱はあったかな」

「植物の蔦や皮で編んだ籠に入れて花など添えれば可愛いのでは無いでしょうか」



 ヴォルニーが進言した。



「そういう編まれた箱ならございますので、早速用意して参ります」


 その言葉に家令が答え、一礼して足早に部屋を出て行った。


「なるほど、花か、何色が良いかな、冬の庭にはあまり華やかな花はない気がするが、亜空間収納には少しあったと思う」


「殿下の髪色が銀で瞳が青なので白か青の花とかはいかがでしょう」


 またヴォルニーが気の利いた提案をした。


「青花はそもそもあまり無いな。白なら星のような形の花があるから、これにしよう」


 ジークムンド様は目の前に出現させた魔法陣から、愛らしい白い花のミニブーケを取り出した。


「良いですね、星祭りの贈り物のお礼に星型の花というのは」



 金髪の美丈夫のヴォルニーはそう言って華やかな笑みを浮かべた。

 ややして家令が二つの箱を用意して、中に菓子を丁寧に詰めはじめた。


 贈答用のプリンの容器はしっかりとした陶器で、蓋付きだった。


 俺がお嬢様から受け取ったプリンは容器は同じだが、蓋の部分が幅の広い葉っぱであり、麻紐でくくられていた。


 あれはあれで可愛くて味わい深い見た目だった。


 しかし、そうか、蓋付きも有ったのか。

 自分がプリンを美味しく食べた後の容器は食堂へ戻しておいた。


 そうすればまた美味しい、プリンが食べられるかもしれないからな。

 驚くほど滑らかで柔らかく、美味しい甘味だった。


「用意出来ました」



 家令が箱の中に花を入れ、詰め終えた。



「私はいつでも出られます」

「私もすぐに行けます」


「よし、殿下への面会の為の先触れ用の連絡だけは、地下に有る魔法の鏡で王城へ通達してある。

その菓子箱を持ってすぐに発ってくれ」


「「かしこまりました」」



 ヴォルニーと俺は箱を一つずつ抱えて運ぶ。


 魔法の鏡は王城に有る対となる物だ。

 鏡の向こうにいる相手に顔を見せつつ、言葉も届くので、遠距離でも連絡が取れる特殊な魔道具だ。

 邪竜を倒した褒美と、魔の森も近いので緊急連絡用に頂いたと聞いている。


 ライリーの転移陣から教会の塔の転移陣を経由して、王城に到着した。

 鏡でも連絡があったので、殿下への面会はすんなりとかなった。


「よく来てくれたな、ライリーの騎士達」


 我々は豪奢な王城内のサロンに招かれた。



「殿下の貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございます。こちら主から預かった菓子です」


「そうか、ありがとう。こちらも茶と菓子は用意してある。

ゆっくりして、最近のそちらの話でも聞かせてくれ」



 促されて、華麗な草花の模様のついたソファに腰掛け、我々はまず紅茶で喉を潤した。



「最近あった事と言えば、侯爵家の次男のモーリス様がライリーの城に逗留中でございます」


 そう言って俺はのんびりした風を装い、クッキーを食べる。

 やや固めだが食べごたえがあって美味しい。

 隣に座っているヴォルニーも俺と同じような動きをしている。


「モーリス? モーリス・レイ・ワミードか?」

「左様です。学院の冬季休暇中に聖地巡礼とおっしゃって、湖にスケートに来られていたのですが、そこでお嬢様と出会いまして」


「なんと、セレスティアナ嬢もスケートに行っていたのか」



 殿下の顔には自分も行きたかったと描いてある。正直だ。



「そうなのです。お嬢様には初めてのスケートで、初めは父君に手を引かれて滑る練習をしていたのですが、途中からそれではジークムンド様が楽しめないと思われたのでしょう、お嬢様は自由に滑って来てと告げられ、そこまでは良かったのですが」


「……が?」


「我々が支えを変わる予定でお嬢様に近づいたら、あのモーリス殿がさっと横から滑り込み、お嬢様を攫って、手を取るわ、腰を抱いて引き寄せるわ、やりたい放題で」


「な、なん……だと。俺だってそんな事は、ライリーの夫人にダンスの練習を頼まれた時にしか」



 よし! 食いついた! 

 殿下はとても素直で、策士っぽいモーリス殿より好感が持てる!


 何しろ殿下はキラー・ビーの攻撃からお嬢様を身を挺して守った実績がある。

 その一途な想いは、信頼出来る。



「さらにジークムンド様がどこに泊まっているのかと聞けば、キャンプでテント泊だとおっしゃるんですよ。

侯爵家の御子息が。連れていたのは侍従が二人だけで」


「なに……では、もしや」

「もちろん、何かあってはいけませんので、ジークムンド様がライリーの城に泊まるようにお誘いしまして、それを受けられました」


「まあ、それは当然とも言えるか」



 そう言う殿下の蒼い瞳は不安気に揺れて、憂いを含んでいる。

 母親を早くに亡くしたせいか、強気な発言をしてもどこか影を感じる少年だ。



「それはともかく、モーリス様はお嬢様を抱き寄せた時、特殊な香辛料の香りをさせていたのですが、それをお嬢様が欲しているものと気が付いてしまい」


「ん? 嫌な予感がするな」



 殿下は眉間を押さえ、そう言った。 嫌な予感は当たりです。



「お嬢様はモーリス殿にやや辛い、カリーと言う、貴重な香辛料を使った手料理を振る舞われました。

それは本当に貴重な調味料で二度と手に入らないと思っていた物です。

当然消費すれば無くなりますので、新たな入手先として……」


「ワミードの特産品に辛みのある香辛料があったはずだが、もしや」


「それですね、カリーの香辛料です。

モーリス様側は宿泊された際に気に入ったシャンプーとリンスを欲して、侯爵との交易の交渉の為にもと、ワミードに誘われたのです」


「本当に欲しているのがシャンプーとリンスだけとは思えぬな。

何しろ貴重な浄化能力者で光属性持ち、さらには、セレスティアナ嬢はとても可愛いからな」


 そうです! うちのお嬢様は世界一可愛いので!



「セレスティアナ様と年齢的にもそう差は有りませんね。

モーリス殿は確か成人したての15歳、婚約狙いの可能性は有りますね」


 殿下の側近の赤茶髪のエイデン殿がそう言うなり、


「私もワミード領へ同行する。すぐにワミード侯爵側に伝令を」



 殿下はこちらの思惑通りにキッパリと言って下さった。



「殿下がうちのお嬢様をエスコートして下さるのですね。ありがとうございます」

「お嬢様もさぞかし心強いでしょう」



 俺とヴォルニーで殿下に感謝を伝えた。



「当然だ」


 別に婚約者では無いから殿下にエスコートの義務は無いのだが、ともかく良かった。



「では、お菓子も無事お届けしましたし、殿下も準備がございますでしょう。我々はコレで失礼致します」

「ああ、辺境伯夫妻とセレスティアナ嬢によろしく言っておいてくれ」

「はっ」


 深々と頭を下げ、我々はサロンを出た。

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