第89話 カツカレー

「王都に住んでいる両親の元に肖像画を届けた時に、知り合いの漁師が来ていて買って来たのです」


 黒髪眼帯のヘルムートが一日だけお休みを貰って、転移陣から帰還。

 そしてハマチに似た魚をお土産に持って来てくれた。


 美味しそう!

 

 タタキと言えば、カツオが有名だけど、藁焼きはこのお魚でやろう。

 ハマチっぽい魚のたたき。


「ありがとう。これ、大きいけど、どうやって持って帰ったの?」

「普通に袋に入れて藁に包み、担いで来ました」


 ワイルド〜! 流石騎士は力持ちね。



 * *


「セレスティアナ嬢、何をされているのですか?」

「わ、藁でお魚を炙っております……」

「厨房の火で焼くのと、藁で炙るのでは、何か違うのですか?」


 裏庭のBBQスペースでアリーシャと料理人一人を助手にして、藁を使い、網の上でお魚を炙っていると、モーリス様が来てしまった。


 しまった、見つかった。

 煙を見付けて来てしまったのかな。


「藁に少し油分がある分、火力があって、加熱時間が短時間で済みます。

外側だけさっと炙り、中は生ぽいまま食べたい時に良いし、良い香りがつくのです」


「生っぽいままが良いのですか?」

「ええ、まあ、このお魚は新鮮でしたので……」


 魚はガッツリ火を通す文化圏のお人には辛いかな?


「大丈夫です。モーリス様のお食事はきちんと火を通した物をお出ししますので」

「そうなのですか、興味深い料理だと思ったのですが」

「まさか、食べて見たいのですか?」


 これは食べたい人だけで、ネギをかけて、ポン酢でいただくつもりだった。

 でも、この人も食べたいと言うのなら……。


「ダメですか?」

「ま、まだ毒見も済んでいませんので」

「毒があるんですか?」

「漁師おすすめのお魚なので無いとは思いますが、一応私が先に食べてみますので」


「「お嬢様! 毒見なら私が!」」

 アリーシャと料理人が手を上げて名乗り出た。


 目が輝いている、食べたいのか、君達。



「モーリス様は一旦食堂へ移動されて下さい、後でお届けしますので」



 侯爵家の方だし、きちんとテーブルについていただこう。

 城は目の前に有るし。



「……仕方ないか。分かりました」



 モーリス様は侍従の褐色美女と一緒に城内へ戻った。


 仕方ないな、神様の調味料は他所の人の前で使いたく無かったけど、出しますか。

 何か言われたら全部入手困難な頂き物って言えば良いよね、本当の事だし。


 醤油、味醂、酢、レモン汁でポン酢を作って、小さく切り分けたタタキにネギを散らし、料理人に食べさせてみた。


「お嬢様、これ、美味しいです!」

「そう、良かったわ」


 私とアリーシャも毒見をしてみる。

 侯爵家の人の口に入れる前に安全確認よ、これは仕方ないのよ。


「うん、美味しい」


 ちゃんとブリ系の味だわ。


 執事に言って、モーリス様の待つ、貴族用の食堂にハマチのタタキを運んで貰う。


「じゃあ、いただいても?」



 食い気味で来るな、この貴族の子息。

 まあ、でも食べ盛りなのでしょう、15歳くらいに見えるし。


 食堂にはモーリスさんとライリーの領主夫妻と私が一堂に会していた。

 執事やメイドは壁際に控えている。


「はい、そこの黒い調味料に付けて、お召し上がり下さい。

でも、お口に合わない場合は無理をしないで下さいね」



 モーリス様は躊躇なくタタキを食べた。



「……美味しいですね! 表面だけ炙った魚料理は初めて食べました。

酸味のあるソースも美味しいです」


 ポン酢ですね。


「お口に合ってようございました」


 お父様もお母様も美味しいのか、パクパク食べている。

 他所の人がいなければ日本酒もつけて差し上げたい。


「所でモーリス様、湖の他にもどこかの聖地に行かれるのですか?」



 お父様が、一旦食事の手を止めて問いかけた。



「本当は温泉まで行きたいのですが、かなり遠いので身内にそこは諦めろと言われております」

「あら? 温泉にも聖女様の伝説があったのですか?」


 私は知らなかったので、素で聞いてしまった。



「いえ、そちらはセレスティアナ嬢が奇跡を起こした地ですよね」

「あ、あそこも聖地扱いでしたか。確かに神様の力で蘇ったと考えれば聖地ですね」



 私は自分の話題は恥ずかしいので、話題を逸らす事にした。



「カリーの調味料の他に、美味しいフルーツの特産品とかございませんか?」

「ドラゴンフルーツとかマンゴールでしょうか」



 名前似てるけどマンゴー!?



「マンゴール? もしかしてオレンジ色の甘い果物でしょうか?」



 植物の辞典で見た気がするわ、マンゴーによく似た植物。



「はい、太陽の果実と言われており、甘くて美味しい果物ですよ」


 やっぱり!


「まあ、素敵! それは王都のお店等に卸されていませんか?」

「王室にも献上していますし、一部の店に卸しております」

「宜しければその王都のお店を教えていただくか、直接ライリーの城に販売していただけたらと思います」

「父に話しておきます」


 OKとは言われてないけど、ダメとも言われて無いし、希望は持てる。

 はっ! お父様が良いとも言って無いのに食欲に釣られて勝手に交渉をしてしまった!

 

 チラリとお父様とお母様を見ると苦笑いをしていたけど、怒ってはいない様子。


「私からもお願いします、カリーの香辛料と侯爵領の特産物の果物の件。

うちの者は美味しいものに目がなくて」


「誰しも美味しい物は好きですから。良い返事ができるよう、父によくお願いしておきます」

「「ありがとうございます」」


 お父様と私のお礼の言葉が被ったわ。

 

 それにしても……

 モーリス様は、敬虔な神の信者というより、華やかでナンパな雰囲気から刺激を求めて遠出して来た人って感じがする。


 暖かい地域から来た人で凍った湖に興味を持ったとかのが分かりやすいと言うか。

 でも家族に侍従二人だけ供に付けて遠くに旅行するのに、聖地巡礼とか言う理由を付けたとか……どうかな?


 まあ、無事に地元に帰って問題起こさずにいてくれたら、別に良いんだけど。


 * *


 昼はカツカレー。

 お母様に一晩寝かせたカレーをご賞味いただいた。多めに作って置いたから。


 揚げたてのカツレツからは湯気が立ち、温めなおしたカレーの香りとの相乗効果で食欲をそそられる。


「先日より、味に深みが出ている気がする」



 おお、お父様はよくお分かりですね。



「揚げ物の衣は口に入れるとサクっとして、こんがりと揚がっていて香ばしい。

中の豚肉は柔らかくて、噛むほどに肉汁と旨味を感じる。  

ライリーの料理はとても美味しいですね」

 


 モーリス様からも食レポをいただいてしまったわ。



「ええ、本当に。ファイバスの上にかかっているソースはピリッとしてるけど、奥に玉ねぎの旨味も感じるし、色んな味が絡み合って、美味しいわ」


 分かります、お母様。

 カレーに入ってる玉ねぎっていいですよね。

 私はカレーに入ってるにんじんも好き。



「気に入っていただけたようで、嬉しいです」



 私も満足して微笑んだ。


 美味しい食事に心の中で神様に感謝を捧げる。



 ……運動もしないとね。


 次はバドミントンと、聖下にリボンのお礼の蝋燭とパン、プロに注文し忘れてた一階の祭壇絵を頑張ろう。

 もう絵の方は経費節約で自分で何とかしようと思う。

 いや、バドミントンは後で、先に蝋燭に絵を描く方を……。



 * *

 

 翌朝、朝食の場でモーリス様が私を見つめながら言った。


「いい事を考えたのですが」

「いい事? 何ですかモーリス様」

「セレスティアナ嬢、我が侯爵領に遊びに来ませんか? そうすれば父上と交渉がしやすいかと」


 ……え!?

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