第88話 湖の伝説

「ライリー製のシャンプーとリンスと聞いた洗髪剤ですが、良い物ですね。

当家でも購入させていただきたいのですが」



 モーリス様は、晩餐前にお風呂で使ってみたら気にいったみたいで、早速食事の時に話題を振って来た。


「もちろん、かまいませんよ」



 私の代わりにお父様が答えてくれる。


 美味しい牛肉のステーキ等を食べつつ、和やかに食事タイムを終えた。

 こちらもシャンプーとリンスを売るのだし、香辛料を売って下さいますよね。

 取引き材料がこちらにも出来たので、期待が持てる。


 * *


 夜、お父様の天蓋付きベッドに滑り込む。

 部屋の前の廊下にいる護衛騎士には「入ります!」と言って堂々と入った。


 お父様は入浴中だった。

 なので先に入ってお布団の中を温めておく。


「おや、いつの間にか可愛い湯たんぽが布団に入っているな」

「お母様がウィルと寝るそうなので、お布団の中を温めておきました」



 某武将にまつわる伝説みたいな事を言う私。



「やれやれ、お客様も来ているのに、他所の家の方に甘えん坊だと知られてしまうかもしれないぞ」


「侯爵家の方なら巡礼の旅の疲れで今頃はぐっすりだと思います! それに私は今から寒い廊下に出る根性がありません」


 布団から出ると寒い〜! 無理〜! お布団最高〜! とばかりに動かない私。


「しょうがない子だな」



 お父様は苦笑してるけど、本気で怒ってはいないのは雰囲気で分かる。説得は諦めてベッドに入って来た。



「ところでお父様、ライリーにある聖地、聖者の伝説とはどんな物なのですか?」


「勇者と聖女にまつわるものなら魔の森関係が多いのだが、あの湖も魔物に追われてる勇者と聖女が部分的に湖を凍らせて足場にし、滑り抜け難を逃れたと言うものがあった。

後にあの湖で端から端に滑り抜けるゲン担ぎをする者が現れた。困難から切り抜ける事が出来る様にと」



 そんなものがあったとは!

 伝説とはそうやって残っていくものなのですね。



「だからモーリス様は湖におられたんですね」

「そうかもしれないが、他にも何かあるのかもしれない」

「よく分からないけど、カレーのスパイスを買わせてくれますように」

「確かに昼に食べた、あのやや辛い料理は美味しかったな」


「はい。お母様の分は亜空間収納から出して熱を冷ましてから、氷室に移しておきましたので、明日食べていただく予定です。一晩寝かせると味がさらに良くなるかもしれないので」



 お父様はそうか、と優しい声で言って私の頭を撫でてくれた。

 撫でてくれる大きな手が暖かくて気持ち良くなったので、そのまま寒い日の猫のように体をくっつけて、朝までスヤァ……したのだった。


 

 * * *


 冬の朝。


 お父様はもう早朝の鍛錬に行ってしまったのか、ベッドはもぬけの殼だった。


 部屋に戻って白のワンピースにコートを着込んでから、祭壇へ行く。

 お供えのお花を替えるタイミングかな?と思ったので、籠とハサミを用意して庭園へ。


 うーん、今日は水仙にしようかな。

 冬なのであまり選択肢が無い。

 温室が作れたら良いけど、大きなガラスがいるのよねえ……。


「あ! お嬢様! おはようございます!」



 朝から元気なローウェが声をかけて来た。


「おはよう、ローウェ。今朝も冷えるね」


 吐く息は白く、鋏を持つ手が悴みそうだった。


「寒いですか!? マントに入りますか!?」

「……? じゃあ、お花切る間、風避けになっていて」

「はい!」



 ローウェは後ろと言うより、横に立つと、マントでふわりと私の肩を包んだ。


 はっ! 


 もしや乙女ゲームのスチルのようなこのシーンをやりたかっただけでは!? と、気が付いてしまった。


 でも私が騎士側でもやりたいと思うはずなので、……許す!

 私も次に生まれ変わって男性の騎士だったら、女の子をマントに包んでみたい。

 今、青年騎士の夢を叶えているので徳を積んだはず。

 来世ローウェが女の子に生まれ変わったら、頼むよ!


 お花をゲット出来たので、立ち上がった。水仙の良い香りがする。

 祭壇に向かおうとすると、ナリオが前方にいた。

 あ、そうだ。



「本当はカレーの後のデザートだったの。あげるね、このプリン」



 と、言って、亜空間収納から容器に入ったプリンを取り出し、先日の視察に同行した二人にあげた。


「先日は湖で揉めていたけど、それ食べて仲良くするのよ! もう、あんなのは、めっ! だからね!」


 私は騎士達を軽く叱ると、ローウェのマントからするりと出て、てててと小走りで祭壇に向かった。


「「は、はい! お嬢様!」」


 背後から騎士二人の返事が聞こえた。

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