第82話 バニラの香り

 冬の朝。


 お供えのお花を探しに、私は庭園に向かう石畳を歩いていた。

 今日はよく冷える。 吐く息も白い。


 花を運ぶのに邪魔だったからエアコン杖、エアリアルステッキは部屋に置いて来た。

 今、私の手には籠、中にはハサミが一つ。


 そこへちょうどマントを靡かせ、騎士が歩いていた。

 金髪のイケメン、ヴォルニーだ。


 私はてててと小走りでヴォルニーに近付いて行き、さっと彼の脇に立ち、片手でマントを引っ張る。

 するりと包まるように中に入った。



「お嬢様、何をされているんですか? かくれんぼとか?」

「暖を取っているの」

「ああ、寒かったんですね」

「もし時間があるなら、このまま庭園のお花を探しに同行して」

「良いですよ」



 庭園に着くと、ピンク色のエリカという花が目に入った。

 今日のお花はコレにしよう。

 花の前に屈んで、籠に入れて来たハサミで少しいただいていく。


 私が花を選んでいる間は、ヴォルニーはマントを広げ、背後に立ち、風除けになってくれていた。

 流石騎士だわ……。

 かっこいい。


 ヴォルニーにはそのまま、一階の祭壇の間まで送って貰った。

 祭壇にお花を飾り、今日もお祈りをした。



 * * *


 コンコン。


 自室のソファでまったりと植物図鑑を見ていた私は、ノックの音に顔を上げた。


「どうぞ」



 返事をしたらアリーシャが箱を抱えて部屋に入って来た。



「失礼します、お嬢様。職人に依頼していた物の試作品が2点ずつ、納品されました」



「ハンドミキサーと霧吹き!」



 アリーシャから受け取った、風の魔石を組み込んだハンドミキサーと霧吹きを見て私は喜んだ。


 早速、水差しに入っている水を霧吹きに入れて、自室に飾っている苔に噴射してみた。

 細かい霧状の水が出てくる。

 ちゃんと出来てる!


「では、いよいよハンドミキサーも試してみましょう!」



 ふわふわシフォンケーキと牛乳ホイップクリームを作るわよ!

 私は厨房に行って神様から頂いたゼラチンとバニラエッセンスを使う事にした。


 まず、先にシフォンケーキを作る。


 材料は卵、砂糖、植物油、牛乳、小麦粉、バニラエッセンス数滴。


 卵は卵黄と卵白に分ける。

 さて、ハンドミキサーに活躍して貰おう。

 風の魔石を動力に動く。



「うん、ちゃんと動いてる」



 ボウルで卵白を軽く泡立て、用意した砂糖の半量分を入れる。

 さらに泡立て、持ち上げても落ちないくらい固さのメレンゲを仕上げる。


 ボウルの卵黄に砂糖の残り半量を入れて、先ほど卵白を泡立てたハンドミキサーで、白っぽくなるまでよく混ぜる。


 よし、ハンドミキサーがちゃんと仕事したのを確認した。

 残りの工程を終わらせてシフォンケーキを完成させる。



 次に、牛乳ホイップクリームを作る。

 牛乳ホイップクリームに必要な材料は四種。


 牛乳(成分無調整)、粉ゼラチン 、水 、砂糖 、バニラエッセンス。


 ハンドミキサーを使ってホイップクリームを作る。

 ホイップクリームは生クリームよりカロリーが制限出来るし、

 バニラエッセンスを追加で入れる事で生クリーム感が出る。


 厨房の料理人達に、一度手順を見せ、後でレシピを紙に書いて渡せば、また作ってくれるでしょう。


 料理人がホイップクリームを味見する。


「素晴らしい……バニラエッセンスとやらのおかげで良い香りがしますね、口溶けも良く、上等な味がします」



 うんうん。



「ホイップクリーム、ミルク感溢れてて美味しいです!! これと先程のケーキを合わせれば良いのですね!」

「ええ、そうよ」



 先に用意したシフォンケーキにホイップクリームを添えれば完成する。


 私もホイップを味見する。

 ……はあ、美味しい。

 濃厚さでは生クリームには負けるけど、冬は籠ってばかりだし、カロリー的にホイップクリームは良いよね、罪悪感が減ると言うか。


 まあ、先日登山したけど、そこは置いておこう。


 今日のおやつよ。


 目の前に手をかざすと、丸い魔法陣が出てくる。



「このホイップクリームは氷室に入れて冷やすと気泡が潰れておそらく固まってしまうから、お茶の時間まで、シフォンケーキと一緒に亜空間収納に入れておくわ」


「おや、硬くなってしまうのですか」

「なのでホイップは食べる直前に仕上げた方が良いの」

「分かりました」



 亜空間収納万歳。



「後でレシピを紙に書いて渡すから、また作ってみてね」

「はい、お嬢様」


「それと、ヨーグルトは順調に増えているかしら?」

「はい、おっしゃるとおりに牛乳を追加して作っております」


「明日の朝はヨーグルトにドライフルーツを入れて出してちょうだい。

きのこのキッシュと燻製のベーコンをメインにして」


「はい、ところで今夜のメニューは何に致しますか?」

「えーと、夜のメニューは……あ、せっかく神様に頂いた調味料があるし、豚肉……、カツレツね」


「かしこまりました」


「神様にウスターソースを頂いたし、とんかつ、カツレツ用のソースを作っておくわ」



 ウスターソース、トマトケチャップ、醤油、砂糖、すり胡麻、水などをつかってソースを完成させた。

 味見をしてみたけど、うん、問題無し。



「お嬢様、申し訳ありませんが、このソースの分も後でレシピを紙に書いていただけますか?」

「もちろんよ」

 

 

 * * *


 お茶の時間にシフォンケーキとホイップクリームを出した。

 同席しているのはお父様とお母様とアシェルさん。



「あら、ふわふわしてて美味しいケーキね。それにこのホイップ、甘く良い香りで美味しいわね」


「シフォンケーキとホイップクリームです。香りは神様から頂いたバニラエッセンスのお陰でランクアップしています」



 お母様は今回も気に入ってくださった。

 お父様はこくりと紅茶で喉を潤してから、フォークを手に取った。


「これが、あの職人に作らせた道具を使って作ったお菓子か」

「そうですよ、お父様」


「……ケーキもクリームもふわりとして、柔らかいし、良い香りがする……美味しいな」

「……本当。ふわふわのケーキも美味しいし、良い風味のクリームだね」

「お父様もアシェルさんも気にいって下さって良かったわ」


 しみじみと味を堪能する三人の姿を見て、私は満足した。


 さて、私も食べよう。


「……美味しい」



 幸せ! ホイップクリーム大好き。



 晩餐も神様から頂いたウスターソースに少し調味料を加えて、とんかつに合うようにしてお出ししますからね。


 とても楽しみ。

 だけど、今は甘いケーキの余韻に浸れるように、全く別の美味しさのとんかつの話は止めておこう。


 甘ーい、バニラの香りは幸せの香りだなぁと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る