第81話 山と早春のキャンプ計画

「リナルド、大丈夫? 重くない?」


 大きい箱に壺が複数入っていて、それを体の小さなリナルドが背負うように宙に浮かべている。



『背中に直接乗ってるように見えるかもしれないけど、実際は少し浮いてるから、大丈夫』



 お魚放流の為、朝から騎士や、アシェルさんと一緒に、近くの山の渓流を目指して馬で移動してる。

 私はアシェルさんの馬に同乗させて貰って、彼の手前に乗っている。

 本日のコーデは動きやすいように女騎士のようなパンツルックにマントを羽織っている。


 山には雪が積もっていて、木々も装いを白くしている。

 馬の通りにくい場所を行くので、騎士のヘルムートさん一人だけ、山の麓に馬と待機して貰う事になった。


「でも、こんな所でじっと待つのは寒いでしょう? このエアリアルステッキを」

「火を焚くので大丈夫です。その杖はお嬢様がお使い下さい」

「こんな所で、一人で待つのは寂しく無い?」


「大丈夫です、全く問題ありません」

 平然と笑っているから本当に大丈夫なのかな。


「ははは、お嬢様はお優しいですな」


 遠慮深い。

 亜空間収納にいっぱい突っ込んで来た、キャンプグッズを取り出す。

 テントと椅子と敷物。さらに、


「パンとハムとクッキーとヤカンとコップよ、待機中、時間潰しにどうぞ」

「ありがとうございます、お嬢様」


 雪景色見ながらソロキャンプする事になった黒髪眼帯のイケメン、ヘルムートさん。

 ソロキャンが似合うイケおじだとは思うし、春夏なら青空の下で気持ちよさそうなんだけど。


「そろそろ登らないと、リナルド殿が大変ですよ」

「一旦降ろして無かったの!? ごめんね、リナルド」

『良いから、早く行こう……』



 壺を運ぶリナルドが大変そうなので慌てて出発する。


 私は土魔法系統の術で身体強化を行い、エアリアルステッキを杖代わりに、いや、杖なんだけど、山を登る。


「お嬢様、足元滑らないように気をつけて下さい」

「辛かったら、背負いますので、いつでも言って下さい」

 

 騎士達が優しい声をかけてくれる。



「身体強化魔法かけてるから大丈夫よ、ありがとう」



 山を登ってると、またレジンみたいな樹液を採取に行きたかったのを思い出した。

 花入りミュールとかを作って樹液の在庫が無くなったのよね。


 でもあの樹液の木の生えてた場所って、確か温泉地の近くだし、かなり遠い。

 あそこまで行くなら竜騎士の力を借りたい。


 無理なら冒険者に依頼を出すかな。


 樹液と言えば初春、雪解け後、三週間以内という、限定期間に白樺ジュースも採取したいのよね。

 前世で見たけどロシア、フィンランド、北海道のアイヌとかでは、白樺の樹液を飲んでる人がわりといるみたい。 

 ミネラルたっぷりで健康に良いのですって!


 金属のストローみたいなのを幹に刺して下にバケツを置いて採取する。

 穴を開けた採取後には、必ず粘土、苔、蜜蝋などで塞ぐ。


 メープルシロップも管を刺して採取するものね。

 白樺の樹液ジュースはほんのり甘くて、森の恵みとか言われてる。

 晩春になると樹液が苦くなるそう。


 この世界は甘味のほとんどが高価で貴重だから、城にあった資料本で読んだけど、瘴気にやられる前はライリーでも白樺の樹液は飲まれていたみたい。


 あれ、樹液がそれなりに貯まるのに二、三日待つ必要があるわよね。

 泊まりがけキャンプは許されるかな。


 いや、先触れを出しておけば、現地の人があらかじめやっておいてくれるのでは。

 樹液があまり日持ちがしない情報や、道具は現地に残っているかしら?

 

 一応道具とやり方の文書は送った方が良さそうね。


 前世だと白樺の樹液は化粧水にも使われたりしてたけど、とりあえずライリー産の白樺の樹液ジュースを飲んでみたい。


 ……現地キャンプなら、カレーもそこで食べたいな。

 今日は麓に人を待たせてるし、ゆっくりキャンプは難しいけれど。


 考え事をしながら山を登ってると、いつの間にか渓流に着いた。


 『よーし、この辺で良いと思うよ』

 「リナルド、お疲れさま!」



 リナルドが重そうな荷物を雪残る地面にそっと置いた。

 念力みたいな力で。


 そして私は酸素を出す魔法石を亜空間収納から出した長いお箸で取り出す。


 この石、何か色々と有効活用出来そう。でも今は稚魚放流が優先だ。


 水は綺麗で澄んでいる。

 いかにも冷たそうな水だけど、加護を信じて、力持ちの騎士が川に壺を傾けて、放流!


「無事に大きく育ってね」


 願いをかけながら稚魚やエビ達を送り出す。

 すいすい泳いで行く姿が可愛い〜。


 やや身を乗り出すように、お魚を見送っていたら、急にがっと肩を掴まれた。



「お嬢様、川に身を乗り出さないで下さい! ハラハラします」 



 そう言って、一瞬肩を掴んだのはナリオだったが、私を真っ直ぐに立たせると、手を離してくれた。



「そうですよ、冬の川に落ちたりしたら、洒落になりません」



 ローウェも声をかけて来たと思ったら、私の脇の下にさっと手を突っ込んで、猫の子のようにひょいと持ち上げた。

 強制的に川の側から引き離される。 


 こっちの騎士も心配性〜。



 空になった壺と壺をまとめて入れていた木箱を亜空間収納に入れる。

 

 雪景色の山は綺麗で、空気も澄んでいる。


 かまくら、七輪、お餅、お餅を砂糖醤油で……などと次々と脳裏に思い浮かんだけど、妄想を打ち消す。


 お餅は作って無いし、麓に人を待たせてる。

 なるべく早く下山しないといけないけど、少しは休憩をしたほうがいい。



『無理、ちょっと寝る』


 リナルドは原稿修羅場中の限界オタクみたいなセリフを言って、お疲れなので私の懐にもそもそと入って……寝た。


 スヤァ……。


 私は温かい生姜入り紅茶と甘酸っぱいクランベリー入りのクッキーを亜空間収納から取り出した。

 このクッキーはヘルムートさんにも登山前に渡してある。

 雪景色を見ながら、皆でお茶して、クッキーを食べた。


 クッキーに赤い色が入ってるのが可愛いと思うの。


 中央に赤いジャムらしきものが入ってるロシアンクッキーとか言うやつとかも。

 懐かしいあのデザイン、発作的に恋しくなる。

 あれでフェイクスイーツのキーホルダーとか作ると可愛いと思う。


 星型の口金を作ったらあのクッキーもいつか作ってみたいな。



「このクッキーも甘酸っぱいクランベリーが入ってて美味いですね」

「美味しいです。そしてとても……姉が好きそうな味です」


 クッキーを食べながら姉を思い出すどんぐり卿。いえ、騎士レザーク。

 姉と弟で仲良しなんだろうね。


「じゃあ、お姉さんに会う時はお土産に持たせてあげるね」

「ありがとうございます、お嬢様」



 レザークは嬉しげに微笑む。 ほっこりした。


 少し雑談をして、休憩を終えた。 

 


 よーし、これから下山頑張るぞ。


「お嬢様、下山はより、雪で滑らないように気をつけて下さい」


 はーい!

 

 いずれ大きくなったお魚さん達が、綺麗な水の中を、元気に泳ぐ姿が見れたらいいな。

 と、思いながら山を降りる。



 麓に降り、待機してた騎士のヘルムートさんと合流したら、もう日は暮れている。

 慌てて夕食の代わりを用意する。


 亜空間収納に突っ込んで来た、ほかほかコーンスープとほかほかアップルパイ。

 皆、美味しそうに食べてくれた。

 美味しいし、糖分がエネルギーになるよね。


 既に暗くなっているので、

 光魔法持ちの私が、灯の魔法で前方を照らしながら、ライリーの城に向け、馬を走らせる。

 


 * *


 帰城すると既に真っ暗闇の夜。


 夕食を済ませたお父様は執務室で書類仕事をしていた。

 お供してるのは家令のみだ。

 文官達は年始の休みで里帰り中らしい。


 私は騎士達に先に休むように言って、アシェルさんと二人だけで暖かい執務室に入った。


「お父様、ただいま戻りました。」

「ただいま。ジーク、問題なく放流は終わったよ」

「お帰り。二人とも、ご苦労だったな」


「ところでお父様、樹液が二種欲しいのですが、樹液採取用の中が空洞の管が欲しいので、

手の空いてる工房と職人を探して欲しいです」


「ティア、待ちなさい。さっき帰ったばかりで何を、樹液二種?」


 私のせっかちさに、お父様とアシェルさんが突然何を言い出す? って顔をしてる。


 でも忘れる前に言っておきたい。



「小物作り用の樹液が在庫切れしてるのを思い出したんです。

それと以前行った白樺の林には、白樺の樹液ジュースを採取したくて、早春にキャンプ希望です」


「どちらも結構な距離があるぞ」

「殿下経由で竜騎士に依頼を出したいと思います」


「樹液の為に殿下経由で竜騎士にまで依頼を?」


「えと、固めて使う方の樹液は冒険者に依頼して取って来てもらうのでも構いません。

でも白樺の樹液ジュースは口に入れる物ですし、現地で見たいのです。

もちろん、採取の仕方など、道具も揃えて書面に書いて、

先に現地の人に送ります。

そして管と桶を設置しておいて欲しいのです。

できれば現地入り二日前くらいから」


「白樺樹液の方は、やはりキャンプ希望なのか……」


「キャンプで食べたい料理もありまして」



 カレー食べたい!



「竜騎士への出動依頼は余程の緊急時以外は王家の許可がいるのでしょう?

自分で空が飛べたら良いのですが、流石に無理なので」


 以前お勉強したら竜騎士への依頼の件がでてきたのだ。


 「やれやれ、仕方がないな」


  承諾して下さった!


「殿下経由で竜騎士の派遣をお願いしたら、冒険大好き少年のギルバート殿下は絶対ついてくると思われます。現地の人も使いたいでしょうし、管は複数お願いします」


「ああ〜、殿下まで来られるのか」



 お父様はこめかみを押さえた。



「来ないと思われますか?」

「絶対来るだろうな」


「大丈夫、私が殿下をお守りしますよ! キラー・ビーの女王からも守った実績があります」

「我が娘ながら勇ましい事だ……」


「話は聞かせて貰った!」



 意気揚々と手と声をあげるエルフ。


「アシェルさん!」

「思い出したけど、樹液採取用の管なら昔エルフの森で使っていたのが20個位、亜空間収納に入ってるから、半分位あげようか?」


 スッと亜空間収納から管が入った袋を出し、目の前で袋の中身も見せてくれた。


「わあ! 持っていたんですね! 助かります!」


「代わりにお留守番でなく、私がついて行っても構わないかな?」

 じっとお父様の反応を見るアシェルさん。


「……じゃあ、殿下とティアの護衛を頼めるか?」

「もちろんだとも、森や林の事なら任せてくれ」



 流石エルフ!

 カレーはお父様とお母様の分も残しておくから安心して欲しい。



「ところでティア、壺の中には見慣れぬ調味料のような物もあったようだが、使い方は分かるのか?」


「私の謎知識の出所は基本的に夢の中の図書館のものですが、だいたい分かりますよ。

私が考案した物ではないので、うろ覚えの部分もありますが」


 内心の焦りを隠しつつ、胸元から顔だけ出してる妖精をそろそろと撫でながら言った。

 リナルドはかなりお疲れのようで、まだ眠そうにしている。



『そうだね。ティアは異世界の過去の集合知に脳内で接触してるような物なんだよ。

だいたい合ってると思うから大丈夫』



 リナルドの説明にゾクリと鳥肌が立った。


 周囲からもゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえた。


 嘘からの言い訳である夢の中の図書館の存在。

 そして異世界の過去の知識に触れていると言う説明はまるで、アカシックレコードとかを見てるかのようだわ。


「私から確認しておいて何なんだが、前にも言ったように、

夢の中の図書館の事は他所の人間、特に教会の人間に聞かれないようにな。

大地の浄化だけでも既に教会の文献に名を残してるはずだ」


 ひえ……っ! 凄い所に名前を残してしまった!



「はい……教会の人には聞かれないようにします」


 お父様が心配そうな顔をしている。 それはそうだよね。


『まあ、何か有れば妖精の僕から聞いたって言ってもいいから。ティアが知ってる事は僕も知ってる訳だし』


 け、契約で繋がってるからね。


 リナルドとお父様の言葉に、私は神妙な顔で頷いた。




 * * *


[ギルバート視点]


「殿下、ライリーより、お手紙です」

「御苦労」


 勉強の合間に自室で一息ついていると、侍女が手紙を届けに来た。

 差し出し人は、セレスティアナだ。

 口元が緩まないように、気をつける。


 おそらく、聖者の星祭りの日に贈った物のお礼状だな。

 側近のエイデンが差し出すペーパーナイフで中を見る。


「……やはりラピスラズリの生地と壊血病の件を引き受けたお礼だな」

「他には何かありますか?」エイデンが興味津々で突っ込んで来る。


「雪解けの初春あたりにあの白樺の林へキャンプに行きたいらしい。

……そうか、また竜騎士を借りたいのだな」


「わざわざ竜騎士を借りてまで、白樺の林に何があるんですか?」

「白樺の樹液はほんのり甘く、体に良くて、昔、あの地では薬代わりに飲む事もあったそうだ」

「それは知りませんでした」

「彼女は季節ならではのものが好きみたいだ。旬を味わうのだとか」


 詩人みたいだ。


「ふふ、甘い花の蜜の次は樹液だなんて、森の妖精みたいで可愛いらしいですね」

「俺もそう思う。

 ……先触れを出しておけば、樹液を貯める時間もあるだろう。俺も一緒にキャンプ出来るな」



「殿下まで行かれるとなると、大事になるのでは?」


「視察だ、地方視察。姉上の為の甘味も頼めるし、樹液が体に良いなら陛下への土産にもなる。

多分、許可は出るだろう」


 身内の為に甘味のおねだりなど恥ずかしいが、仕方ない。

 壊血病の件でも姉上の婚約者の公爵家には借りがあるし。


 しかし、春にはまた、セレスティアナと一緒にキャンプが出来ると思うと、勉強も頑張れる気がする。


 休憩を終えて、俺は積まれた教科書の山に再び手を伸ばした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る