第78話 姉のシエンナと弟のギルバート

 〜 ギルバート殿下視点 〜


「何か美味しそうな物を食べてる」


 侍女がチーズケーキを切り分けてくれている所に、急に来た。


「シエンナ姉上、先触れも無い上に、勝手に扉を開けて部屋に入って来るのはどうかと」


 弟とはいえ、男の自室だぞ。


「良いじゃない、弟の部屋だし。ところで、それ、どこのケーキ?」

「……ライリーの令嬢にいただきました」


「セレスティアナ嬢に? ああ、星祭りに抜け出して会いに行ったらしいわね」

「はい……」


 新年のお祝いパーティーも終わってからゆっくり食べる為に、星祭り当日にも手を付けず、亜空間収納で大事に取っていたが、裏目に出た。


 ああ、自分たちの取り分が減ると、俺の護衛騎士達がガッカリしてるオーラを感じる。


「私の分も切り分けて」



 そう言って、当然のようにソファに座り、ティータイムに同席するつもりの姉上。


「は、はい、王女殿下」



 侍女が王女相手に「無理です」とは言えない。 仕方ない。



「冬の魔物狩りの日、本当は表彰される者に盾や勲章を渡すのは私の役割だったのだけど、

お抱えの占い師が何かありそうだからと止めて来たから、取りやめたのよね。

せっかくライリーの令嬢に会えるチャンスだと思ってたのに」


「ああ、それで来るのをやめて、代理で文官が表彰式をしていたんですね」


「前回のクイーンですもの。ギルも見事な獅子系の獲物を狩ったらしいけど、帰り支度の途中の急なキラービーの襲撃で死にかけたって言うし、やはりあれを予見して私は止められたって事かしら」


「なかなか優秀な占い師ですね」

「そうね。あ、お茶とケーキの準備が出来たわね」


 目の前には紅茶とセレスティアナがくれた美味しいチーズケーキ。

 そう、前にも食べた事があるから美味しいのは既に分かっている。


 セレスティアナがくれる食べ物にハズレ無し!


 エイデンが先に「お毒見を致します」と言って、口にする。

「問題無く、美味しいです」と、言って、ニコリと笑う。


 当然だ。


 姉上が紅茶を一口飲んで口を潤してから、チーズケーキを食べる。


「……! 本当! お、美味しい! すっごく美味しい!」



 食べる所作は王女らしく美しく、喋る前に口元に手を当ててるのもいいが、声が大きいぞ。



「それはようございました」


 俺もこれ以上奪われる前に食べてしまおうと、チーズケーキに手をつける。


「このチーズケーキはライリーで売ってるの? なんて店の?」

「……ライリーの城で作られた物かと」



 質問攻めは止めてくれ。

 普通の令嬢は料理などしないから、彼女の名誉の為にもふせておきたい。



「そういえば、他にも魔の森とかで美味しそうな物を食べてるのを、宝珠で見た気がするけど」


 しまった、それがあったか! あそこでも食事を令嬢自ら振る舞ってくれた。

 だが、ケーキまで作るのはまだ知られていなかったような。

 ……今更だろうか?


「ええ、まあ、魔の森はメイドも連れて行けない所です。あれは仕方がなかったかと、我々の食事の為に。

空腹で動けなくなるのもいけませんし」


 なんとか彼女の名誉を守ろうとするも分が悪い。


「ねえ、もしかして、あなた、ライリーに行く度こんな美味しい物を食べていたの?」


 ギクリ。


「……こちらからも支度金は渡してましたし」

「ずるーい!」

「狡くは無いです、姉上は魔の森などに用は無いでしょう?」



 俺は狩りがしたくてライリーに行ったら、たまたま彼女がいてだな!



「魔の森には用は無いけどこのケーキは美味しい。料理人を王城のと交換出来ないかしら」


「料理人達にも家族がいて、生活があるんですよ。

それにレシピが門外不出の契約だったら他所では作れない可能性もありますし、あそこを今更出たい料理人もいないでしょう」


「給料を三倍出すと言っても?」

「ライリーの領主一族に嫌われたいんですか?」

「それは嫌だわ」



 姉上、露骨にガッカリしたな。



「せっかく好印象で誕生日の贈り物まで貰ったのですから、甘味の為にそんな愚は冒さないで下さい」

「仕方ないわね。でも、またお菓子を貰ったら、分けてくれる?」



 甘味に対する執着心が強いな!



「分かりました」


「そうよね、ルークの公爵領で取れたラピスラズリの生地を破格で売ってあげたんだし、甘味要求くらい安いものよね」


「確かに姉上と婚約者殿には感謝していますが、半分位は宣伝目的では?」


「まあ、それもあるけど」

「実に正直な人だ。王女がそんなで大丈夫ですか?」

「弟相手にまで外面で話す必要ないでしょう」


 本当にそうかな?と言う顔をしていたら、「無いったら、無いのよ」と、押し切られた。

 強引だ。

 この辺は王族らしいとも言えるか。


「それで、話は終わりでしょうか?」


 ドジを踏む前に会話を強制終了したい。


「まだ、あるわよ。壊血病の件でもルークの家が協力しているじゃない」

「おかげ様でそちらの件も順調です」


「聖下とも会ったんですって? 説教の後にあなたの事業は正しい行いであると信者の前でお話して下さったと、新年のパーティーで聞いたわ」



 耳が早いな。ちゃんと約束通り、もう仕事して下さったか、良かった。



「権力者であり、聖職者の言葉なので、民も信じてくれるだろうと、御協力いただきました」

「セレスティアナ嬢の口添えなんでしょう?」


「ええ、私が病人を集めてうさんくさい事をしてるんじゃないかと、民が噂話をしているのを聞いたらしく、噂話もバカに出来ない影響力を持つ事がありますから」



 俺が王家の公式行事にほぼ出ないし、民の信用が無いのは分かってるが、正妃の子じゃないからな。



「セレスティアナ嬢はまだ幼いのに、賢いわねえ。しかも可愛いし」

「ええ、それはもう」

「私が男だったら求婚したいレベルだわ」



 な、なんて事を! 冗談じゃない! 姉上が女で良かった。

 うっかり苦虫を噛み潰したような顔をしたら、

「あなたもたいがい、正直よ」と、言われてしまった。



 姉上は言いたい事を言って、お茶とケーキを堪能したら俺の部屋を出て行った。

 嵐のような女だな……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る