第70話 星降る空の下で
さて、いざ屋台へ! と、行きかけて、思い出した。
「あ、殿下。祭りの最中にちょっと抜けて来ただけでしたら、すぐ城へ戻られます?
それなら、今プレゼントを」
アシェルさんにケーキと御守りを出して貰おうかとしかけたんだけど。
「ああ、それなら十分に時間を貰って来たから、慌てる事は無い」
「よく時間を作れましたね」
「驚異の浄化能力者の接待と言えば要求は通った」
驚異! まあ確かに驚きの奇跡が起きてたか。
「殿下、塔から出る前に色変えを」
「あ、ああそうだった」
側近の言葉に頷いて、姿変えの魔道具で髪と瞳の色をガイ君カラーに変える殿下。
黒髪に赤い瞳。この姿、久しぶりに見た。
殿下達は急ぎつつもお迎え時には冒険者風の衣装に着替えて来てくれていたけど、そう言えば色はそのままだった。
城から出るお忍び中なので殿下も転移陣のある教会の塔から出る前には色くらい変えないとってことね。
無駄に顔の良い冒険者集団である。
「じゃあ屋台を見に行きますけど、構いませんか?」
私はウキウキしながら言った。
隣でアシェルさんが、「ステイ!」って顔してるけど、ワクワクが止まらない。
足早に塔から移動を開始する。
「屋台に行くのは構わないが、お腹が空いているのか?」
「尋常じゃなく屋台が好きなだけですよ」
「尋常じゃなく……」
街は祭り当日とあって、祭り会場の公園は賑やかな喧騒で溢れていた。
篝火も焚かれ、魔法か魔道具の灯りもそこかしこで灯されていた。
冒険者風の人達も沢山いる。
「あれってもしかして聖女様の像?」
公園の中心あたりに普段は見ない白い女性の石像が花と共に飾られ置かれている。
「そうだ」
「普段は見ません……見ないね」
おっと、そろそろ町娘風の言葉にしないと。
「鳥の糞や埃が付かないように、普段はしまってある」
へえ、すごく大事にされている。
聖女像の前でお祈りしてる人までいる。
「うーん、屋台が多くて迷う」
お肉の串焼き、クッキーなどのお菓子、牡蠣、イカ焼き、ホットワインとかがある。
流石に前世のように焼きそば、たこ焼き、りんご飴、お好み焼き、チョコバナナ、綿飴なんかは無いけど。
イカ焼きを見て、醤油が有ればなあと思いつつ、結局鶏肉の串焼きを選んだ。
ポンチョの内ポケットから銅貨を出して支払った。
「かぶり付いて大丈夫か?」
殿下が淑女らしからぬ事をしようとする私を気にかけて言ってくれるけど……。
「今はアリアなので大丈夫」
強引に通す。
焼き立てで湯気も立ち、美味しそうな香りがする串焼きをパクリ。
「まあ、君がそれで良いのなら」
前は確かお前呼びだったのが、正体を知ってから気を使って、君呼びになっている。
「美味しい…」
ホクホク顔で言う私。焼き鳥美味しい!
私の護衛のアシェルさんやライリーの騎士のローウェは隣のイカ焼きを買った。
……塩味かな?
「俺も買うか」
殿下の呟きに反応して側近がさっと財布を出して、私と同じ串焼き人数分買った。
毒見のお兄さんも健在。一口食べてから殿下に渡す。
絶対一口齧られるのって可哀想。かき氷だと、てっぺんを先に食べられてしまうのかな?
せめて下の方を、いや、シロップを疑うのなら、やはり、天辺からかな?
殿下もそれでも串焼きを美味しそうに食べているから、まあ、いいか。
側から見たら兄貴分の男に奢って貰いつつも一口奪われている少年だけど。
「あ、このイカ焼きお父さんにお土産にしたいな、アシェルさん、鞄に入れてくれる?」
亜空間収納に突っ込んでくれの意味。
「良いよ」
私が追加のお金の入ったお財布をポシェットから出そうとすると、リナルドが出て来て、肩の上に移動した。
「ねー、あの動物何ー? 可愛いー」
「リスじゃないの?」
子供と母親らしき通行人に早速見つかったけど、ただのペットですよって顔してスルー。
お金をアシェルさんに渡してイカ焼き爆買いする。
「その鞄めちゃくちゃ入るな!?」
店のおじさんが大量のイカ焼きを全部鞄に突っ込むアシェルさんを見て驚いている。
「魔法の鞄なのでね」
「流石エルフ、凄い物を持ってるな」
アシェルさんはにこりと笑って誤魔化した。
「ねー、あの女の子めちゃくちゃ可愛い」
「エルフいるじゃん。マジ綺麗〜」
「ていうか、あそこの集団なんでイケメンが多いの?」
「知らんけど目の保養! お祭りって良いね!」
などという声も聞こえて来る。
そうだね、私も記録の宝珠で屋台を楽しむイケメン集団を記録しよ!
ポンチョの下に首から下げてる宝珠を握り、撮影。
じっと見つめる事になる。
「何だ? 君の分の追加の串焼きも買ってやろうか」
殿下が焼き鳥を食べつつ聞いて来た。
「今撮影してるだけだから、気にしないで」
「何だ、宝珠を持ってるのか、実は私も今日、自分用を貰った」
陛下からの聖者の日のプレゼントかな。
「良かったね。って、ええ!? もしかして私を撮る気なの?」
「記録するとも、ほら、あの花屋の前に移動しろ」
「食べ物の屋台の前で良いじゃない」
「どんだけ屋台好きなんだよ」
じっと見て来る。
「分かったわよ、移動すれば良いんでしょ」
花屋の前に移動。
不自然じゃないよう花を見てるふりをする。
撮影が終わったのか、殿下はポケットから銅貨を出して、黄色い花を一輪買った。
「一輪だけ買ってどうするの?」
殿下はガイ君の外見でニヤリと一瞬笑って、側近に宝珠を預けてからポケットからハンカチを取り出す。
「こうする」
水気をハンカチで拭って茎を短めにしたと思ったら、私の髪に花を飾った。
こ、こやつ!
何気に乙女ゲーイベントのような事を、ナチュラルに発生させた!
さらに側近が阿吽の呼吸か、撮影までしてるっぽい。
右手で宝珠を握ってるだけでなく、左手で親指を立てて「やりましたよ!」
みたいな仕草をしているから。
うう〜! 恥ずかしい! 照れる!
「あ、ありがとう」
心の準備が間に合って無いのだけど、とりあえずお花を買ってくれたって事だし、一応はお礼を言う。
「大丈夫か? 顔が赤いぞ」
殿下は楽しそうに笑っている。
「篝火のせい!」
「まあ、そういう事にしておくか」
蚤の市みたいに雑貨、小物を並べているお店に移動した。
「こういうお店を出すのって、やっぱり許可がいるんですか?」
お店のおじさんに声をかけて聞いてみた。
「なんだい、お嬢ちゃんも何か売りたいのかい? 食べ物や飲み物の店だけは許可がいるよ。
雑貨なら、薬系以外は大丈夫」
「石鹸とかはどうでしょう?」
「石鹸くらいなら良いんじゃないか? まあ詳しくはお祭りの責任者に聞けば良いよ」
「そうですね、分かりました、ありがとうございます」
一応物を尋ねるので丁寧な言葉にした。
「良いって事よ」
「この木製の器とトレーとスプーンを下さい、5組ずつ」
「お、そんなに買ってくれるのかい。ありがとよ、お嬢ちゃん」
おじさんは満面の笑顔で商品を包んでくれる。
アシェルさんが収納してくれる物は全部鞄に入るからおじさんが目を丸くして驚いている。
おじさんの木工雑貨の出店前から移動した。
私の隣に並んで歩く殿下が小声で話しかけて来た。
「あの、さっきは……ありがとう、な」
「さっき? 私、お礼を言われるような事を何かした?」
「何か白くてすげー人にわざわざ声をかけて、お願いまでして、俺の誇りを守ろうとしただろう」
白くてすげー人って白い服を着た聖下か!
言い方が面白くて吹き出した。
「し、白くてすげー人って、あはは!」
確かに殿下の名誉を守る為に、偉い人にお願いをしたわ!
「仕方ないだろ!」
まあここで聖下の話を堂々とするのもね。
顔を赤くして抗議する黒髪の美少年。
「あはは、そうだね、ごめんて」
「ところで、あそこに場所を取ってる」
花見の場所取りみたいな事をしていたのか、春には緑色の芝生ゾーンだっただろうスペースに椅子を並べた所を指さした。
「ああ、わざわざ休憩所を用意してくれていたの」
「そろそろ空を見上げる時間だ、宝珠を」
側近から宝珠を返して貰う殿下。
「確かにこれ、星祭りだしね。せっかくだし、私も今夜の冬の星空を記録しよう」
晴れてて良かったと思いつつ、宝珠を握り込む。
場所取りしてた所に皆で移動して椅子に腰掛けた。
「来るぞ、上だ」
「え?」
殿下に言われるまま星の瞬く夜空を見上げた。
ゴーンと言う鐘の音が響く。
流星が見えた! しかも一つではない! いくつもの!
「流星群!」
わ────っ!! と周囲から歓声が上がる。
「え、星祭りって、いつも流星群が見れるものだったの!?」
知らなかった! 今まで見逃してたって事!?
「いや、いつも見られる訳じゃない。
誰かがその年に、徳の高い事をした時だけ見られるという言い伝えが有る」
殿下が流星を見ながら答えてくれた。
「あの流星群は神様からの祝福の輝きだと言われております。久しぶりに見られましたね」
殿下の側近が感慨深げに捕捉説明をくれた。
久しぶりなんだ! 見逃しまくってたわけじゃなくてほっとした。
「徳の高い……あ! もしかして第三王子殿下が壊血病の件で頑張って下さってるから流星が!」
私は声高に叫んだ。
「……自分の行動は忘れているのか?」
殿下が小声でお前は何を言っているんだという雰囲気でボソリと言う。
「ねえ、ガイ君は何で流星群が来るのが事前に分かったの?」
「風の精霊が騒いでいた」
「ああ……風の精霊の加護持ちだったね」
ややして流星群の天体ショーが終わった。
ほーっと、ため息をつく声が、周囲の多くのギャラリーから漏れた。
さらに、教会の方角から、喜びを表すかのように鐘の音が響き渡った。
わーっと再び沸き立つ人々。
「こりゃめでたいな! 酒だ! 乾杯をしよう! 子供はジュースだ!」
「「かんぱーい!」」
周囲の盛り上がりは最高潮。
お酒の注文がじゃんじゃん入っている。
楽しげな様子の中で、プレゼントを渡す事にした。
「チーズケーキとお守りです」
お守りは小さな箱に入れて紫色の布で包んである。
「ありがとう」
殿下は思わず見惚れるような華やかな笑顔を見せてくれた。
そしてお守りの箱だけ一旦腰の鞄に入れて、狩りのご褒美で貰った転移魔法陣の布を取り出した。
二人の側近にその布の端を持たせ、拡げて貰ってそこにケーキを収納した。
今度はぬっとロール状の布地を魔法陣から取り出した。
それは瑠璃色の美しい、見事な布地だった。
「これを、君に」
「あ、ありがとう」
立ち上がって椅子の上に布地を立てて、食い入る様に見る。
なんて鮮やかな瑠璃色の生地!
圧倒される。凄い技術で染められている気がする。
「ラピスラズリを砕いて染料にして、錬金術師が特殊な技術で染めた生地だ」
殿下がさらっと、とんでもない事を言った!
どんなお金の使い方をしてるんです!
「私なんかに、またこんなにお金をかけて」
外見が凄い美少女でも中身は残念オタクなんだぞ!
とはいえ、せっかくのプレゼントだものね。
大事に使わせていただこう。
アシェルさんに頼んで汚さないように、亜空間収納に入れて貰った。
「君がくれたこのペンダントも、宝石のようだが」
私が布をしまっている間にいつの間にか中身を出して見てた。
「お守りなので砕ける事を想定して、そんな高い物は使ってないのよ。
服の下にでもそっと忍ばせておいてね」
「綺麗な青だ……」
ペンダントを手に取って、キラキラした瞳で見ている。
反応が可愛いけども、昔と違って今は私そこまでお金に困ってないから、多少は人に使えるし、私の為に殿下が自分のお小遣いをガッツリ削らなくていいのよ?
「お守りなのでちゃんと装備してね!」
これだけは、というポイントは念をおしておく。
「今着けてしまおう」
赤茶髪の側近のエイデンさんが早速強引に装備させる。
世話焼きのお兄ちゃんみたい。
私は再びそっと宝珠を握った。
……私が、性別逆で男だったら彼氏面して着けてあげたいシーンだわ。
こう、好きな子のうなじにドキドキしつつ。
乙女ゲームファンだけど、ギャルゲーも好きなんだよね。
いやでもこういうのギャルゲーじゃあんま見ないかな。
どちらかと言うと……少女漫画か。
長い後ろ髪を胸の前に除けて、あ、髪サラサラだ……とか思いつつやるやつ。
「ちゃんと身に着けたぞ」
やや照れ気味に報告して来た。 ……可愛いじゃないの。
とりあえず無事にプレゼント交換イベントを出来た事に満足して、私も笑顔で返した。
夜空を見上げれば、星は美しく瞬いている。
今日は本当に良い星祭りだった。
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