第67話 冬咲きの花

 お洋服を買い終わって、市場での買い物も終わらせた。

 いつの間にやら夕方で陽も陰った。


 冬はすぐに暗くなる。


 吐く息も白く、顔が寒い。体はコートに守られているからまだ良いのだけど。

 街中でお忍び中には、エアコン杖も使えないから仕方ないけど。


 祭り前の浮かれた感じの街の様子を見るのは好きだけど、寒いし、やる事も多いので帰る事にした。

 

 * *


 帰城して転移陣を出ると、お父様が近くにいた。

 外は寒いのにわざわざ出迎えに来てくれたのだろうか?


「お父様、ただいま帰りました」

 お父様が目を見開いて、私を見ていた。


「あ……」


 まだ姿変えの魔道具でお父様の色のままだった!


 赤い髪に深い緑色の瞳、この色のまま固まった私の方に、お父様が長い足で歩み寄って来る。


 私の前で止まると、石畳に膝を突いて私を抱きしめた。


 !?


「私の娘が、こんなにも可愛い…どうしたらいいんだ」

 お父様は優しさを滲ませたような声でそう言った。


 お父様のお膝が石畳についてしまった。

 服が汚れてしまうとは思いつつも、抱きしめて貰った事が嬉しくもあるし、やや混乱して私はお父様の腕の中で固まっている。


 だけど、お父様のぬくもりで、ぽかぽかする。


「前から可愛いんだから、どうもしなくて良いだろ」

 エルフのアシェルさんが冷静に言った。


「それもそうか」

「ティア、お帰りなさい。外は寒かったでしょう、早く城に入りなさい」


 お母様は優しい微笑みを浮かべ、冬咲き水仙の花束を抱えて現れた。

 白い花とお母様…絵になり過ぎる、美しい。


「お母様、ただいま帰りました」


 お母様がニコリと微笑んだ。

「このお花、城宛てに届けられてたものなの。門番が預かったそうよ。ティアの部屋の祭壇用にどうかしら?」

 

「ありがとうございます」ありがたく飾らせて貰おう。


 水仙の花はメイドに手渡して、私の部屋に運ばせるようだ。


 お父様は私を一旦離した後に私を抱き上げ、縦抱っこで抱えたまま城へ向かった。

 えへへ。 なんだろ、今日はサービスが多いね。 

 照れる。 


 しかし視界が高い…な。

 城の天井が高いからぶつけたりはしないけど。

  

 * *


 晩餐中に少しの間だけ使用人達を下がらせ、つまり人払いをして貰って、聖者の星祭りの日の使用人用の贈り物の件を相談したら、快諾してくれた。


 良かった。


 * * *


 晩餐の後に自室に戻ろうと食堂の扉を出た所で、家令から手紙を受け取った。


 差し出し人は子爵令嬢のブランシュ嬢からだった。

 自室に戻ってペーパーナイフで封を切る。


 彼女の元には、あの例の庭師から手紙が届いており、瘴気の影響が消えて、庭が蘇り、草ぼうぼうで感動したとあった。


 草ぼうぼうでも嬉しかったのね。つまり植物がまともに育つようになった証だもの。


 彼からの手紙には花の種、苗、球根、この城から貰った野菜なども植えたらちゃんと枯れずに育っているので、かつてのように、美しい庭を取り戻せそうだと書いてあったらしい。


 庭師からの手紙は、所々滲んでいて、でも紙もインクも安くは無いので、平民の彼は、そのまま出したのだろう。


 涙の跡が残った手紙を見て、両親の愛した庭が蘇った事がよほど嬉しかったという事がありありと伝わったという…。



 ふと、清廉な香りがする祭壇に目をやった。


 食事の間にメイドによって飾られたのだろう、お母様が渡してくれた冬咲きの水仙は、そもそもは、どなたがくれたものだろうか。


 お母様はこの城宛てに贈られて、門番が受け取ったと言っていたような…?

 もしかしたらあのブランシュ嬢のとこの庭師からだったのだろうか。

 城からわりと近い所に住んでいると聞いたような。

 そんな事を考えていると、


「その水仙の贈り主は、あの子爵令嬢のとこの庭師だった男だよ」

 私の視線の先を見たリナルドがあっさり言った。


 暖炉の火と燭台の灯りで、室内は優しく暖かなオレンジ色に照らされている。

 リナルドは私のベッドの上でぬくぬくと寛いでいた。


「……彼の庭が蘇って、本当に良かった」


 ふかふかの布団の上で転がっているリナルドをなでなでする。

 気持ち良さげにしていて可愛い。

 

 今夜は……私も水仙の香りに包まれて、眠るだろう。

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