第63話 恋文
【閑話】 〜 ギルバート王子視点 〜
「おや? 殿下、あちらにいる銀髪の方は確かライリーの騎士では?」
側近のエイデンの声に釣られて視線を追うと、王城の青白い廊下で袋を抱えた侍女らしき女と立ち話をしているのは、確かにライリーの騎士レザーク殿のようだ。
足が長くて背も高い上に、輝くような銀髪の美形だからよく目立つ。
「レザーク殿」
女性と一緒ではあるが、王城で見かけるのは珍しいので、銀髪の美丈夫に声をかけてみた。
「ああ、これはギルバート殿下」
「今日は王城に何か用事でもあったのか?」
侍女は空気を読んで、頭を下げ、大事そうに袋を抱えて去って行く。
レザークは侍女に声をかける事も追うそぶりもなく、こちらを見てボウ・アンド・スクレープで礼をする。
実に優雅で絵になる男だ。
「王城に勤めている姉に届け物がありまして、ライリー産のシャンプーとリンスと石鹸などを」
そう言って、にこりと笑った。
ああ、確かライリー城に勤める身内に代理購入を頼むと、安くなるのだったか。
王都でも人気の品だ。たまに香りの違う新商品が出る。
「そうか、レザーク殿に時間があれば、一緒にお茶でもどうだろうか?」
ちょうど昼の3時くらいで小腹のすく時間だ。
立ち話もなんだしと、セレスティアナの話が聞きたくて、ついお茶などに誘ってしまう。
「ええ、用事は終わりましたので、おおせとあらば」
王城にあるサロンに移動してお茶を飲む事にした。
豪奢なサロンの窓から午後の光が差し込み、紅茶の香りが広がる。
お菓子はカヌレが出されている。
「最近セレスティアナ嬢と何か話はしただろうか?」
前回本人と会ってから、まだ15日くらいしか経ってはいないが。
「ええ、冬の間はよく美味しそうな香りに誘われた騎士がサロンに入ると縫い物をされているのですが、時間を有効利用すべく本などの朗読をさせられていて、内容は多岐にわたります」
「絵本や小説ではなく?」
「どちらというと、勉強ですね。医療、災害、農業技術、治水、平民の生活に関する事など」
「年頃の令嬢の話と言えば新しいドレスやアクセサリー、王都の新作お菓子や男の話ばかりだと言うのに、ライリーの令嬢は立派だな」
「あ、男の話と言えば、普通に乙女らしい事も言っておられた事もありましたよ」
「ほう?」どこの男の噂話だ?
「恋文の話なのですが」
──何だと?
急に体温が下がって、血が冷えたような感覚に襲われる。
「誰かから、恋文を貰ったと? 縁談の申し込みではなく?」
「いえ、お嬢様ご本人のお話ではなく、お母様のシルヴィア様とお話しになられていたのが、物書きの女房の話で」
「物書きの女房?」
「ええ、とある小説家の妻が、結婚前に物書きの恋人から熱烈な恋文を貰っていたと言う話を奥方様にされていたのです。その話の流れでお父君から母君宛に恋文を貰った事はあるか伺っておられて」
何だ、本人の話じゃ無いのか。
「……それで?」
「シルヴィア様のご両親に結婚の許しを貰う為、会いに行く。
と言う内容の手紙を貰った事ならあるとか、それに愛の言葉もあったとか……」
何故かレザーク殿が照れている。そこで照れるなら、ここにはおられないが、辺境伯の方では。
「つまり、その、セレスティアナ嬢が自分も恋文に憧れて、貰ってみたいという雰囲気だったのだろうか?」
「話にはまだ続きがありまして。物書きの妻が亡くなる前に遺言で、生前に夫から貰った恋文を自分亡き後、墓に入れて欲しいと残していて、後世にもその出来事は語り継がれているそうです」
レザーク殿はそこで一旦会話に溜めを作った後に、言葉を続けた。
「お嬢様は、その物書きの妻は今もずっと、墓にて夫から貰った恋文と共に眠り続けている。
という話を目を潤ませて語ったのです」
「大変、ロマン溢れる話だ。つまり、恋文に憧れているという事か?」
レザーク殿は少し首を傾げた。違うのか?
「その話をしていたお嬢様も、聞いていた奥方様も感極まったのか、お二人ともが滂沱の涙を流していました。確かにドラマチックな話ですが、そばで聞いていただけの私は慌てました」
……母娘で感極まりすぎて面白いな。
しかし、クールそうな辺境伯夫人もそういう話で泣いたりされるのだな。
「さらにお話の着地点が、平民の識字率を上げて文字の読み書きを出来るようにしたら、平民だって、そういう恋文を貰ったら宝物にして、お墓にも入れて貰えるのにとか言っておられました」
「識字率を上げる……」
ただの恋の話では無かったのか。
「他にも、研鑽した農法や医療技術なども記録として残しておけば、後の伝達にも役に立つとか、大事な情報が不慮の事故等で失われてしまわないように書き記すのは大事だとか」
「ロマン溢れる話から、ずいぶんと現実的な話になったのだな」
「そうですね、根が真面目なのでしょうか。最近印象的だった話がこんな感じです」
「退屈しない職場だな」
「正直楽しいです」
そう言って朗らかに笑った後に、「そちらの、お嬢様に託された医療計画は順調でしょうか?」と、斬り込んで来た。
壊血病に関する話を彼女から聞いて知っているのか。
俺は気を引き締めて返答をする。
「ああ、姉上の嫁ぎ先の公爵家にも協力を頼んでいるし、優秀で熱心な人材に色良い返事を貰った。そちらから提出されたレポート通りに、遠洋漁業の船乗りに患者が多いし、芋づる式に被験者は多く見つかった」
引き受けてからまだ15日程度しか経ってない割に迅速に進んでいると思う。
「では、万事、滞りなくと報告して構いませんか?」
「ああ、今の所順調にいっている」
眉目秀麗なこの男、突然言葉で斬り込んで来るような所が油断ならない。
流石騎士、驚かせてくれる。
……値踏みされているのかもしれない。
せいぜいガッカリされないよう、堅実に仕事をこなそう。
一番大事な相手から託された案件だし。
「今日は急に茶飲み話に付き合わせてしまったが、興味深い話を感謝する」
「グランジェルド王国に栄光あれ」
レザーク殿はにこりと微笑み、騎士然として緋色のマントを翻し、帰って行った。
騎士の纏う赤いマントは、何時でも血を流す覚悟が有るという意味を持つ。
叙任された時に王から賜る物だ。
俺も彼女の、セレスティアナの為なら何時でも血を流す覚悟はあるのだが……。
サロンから移動して大理石の敷き詰められた廊下でコツコツと踵の音が鳴る。
エイデンが俺の左隣を、他の側近は後ろからついて来る。
「それで、ギルバート殿下、恋文を、かの令嬢に書くのですか?」
ライリーの騎士が去った後で、エイデンが遠慮も無く聞いてくる。
「ま、まだ先日の狩りで死んだと勘違いして倒れた記憶も新しいだろう。
もう少し、何かいい印象を重ねてからでないと……そういうのは……難しい」
思い出すと羞恥で顔から火を吹きそうだ。
血を流す覚悟はあれど、恋文を書く勇気はまだ無い。
そもそも恋文とは何歳くらいから書くのが普通だ?
早すぎやしないか?いくら貴族の婚約が早いと言っても。
「左様ですか、まあ攻撃は最大の効果が見込める時にした方が効率は良いですね」
……攻撃って……でもそのくらいの意気込みで挑むべきか。
ふいに靴音に混じって雨が降り出した音が聞こえた。
「……まずは、地固めでしょうね」
美しい金髪の騎士、リアンの声がいつの間にか俺の右隣から聞こえた。
背の高い大人の騎士二人に両脇を挟まれた。
圧を感じる。
天空から落ちる雨が地面を叩く様を窓越しに一瞬見て、俺は「そうだな」と頷き、前を向いた。
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