第61話 訪問

 お母様がお茶会から帰還した。


 手紙を預かって来られて、殿下が壊血病の件で話があるそうで。


「わざわざお越しいただく事になってしまい、申し訳ありません」

 殿下がライリーまで来られたのでサロンで応対している私。


「それは構わない、問題は、こちらが壊血病の件での功績を総取りみたいな条件での申し出とか、おかしいだろう。何を考えているんだ」


「何をと言われれば、手紙に書いた通り、私は名誉はいりませんし、これ以上目立ちたくないので、隠れ蓑になっていただけたら助かりますと」


「……はあ、手柄を譲られて俺が喜ぶとでも? 男として立つ瀬が無いのだが」

 殿下は深く溜息をついた。


「いえ、私を助けて、更に、壊血病で苦しむ人を助けていただけたらと」

「其方を助ける?」蒼穹の瞳が真っ直ぐに私を見た。


「大地の浄化の奇跡だけでも目立って仕方がないのですが、壊血病までどうにかしてしまったら、私を才女だと勘違いした人が増えるかと」


「そこは、才女というのは間違いではないのでは? 違うなら何故そんな知識がある?」


「それは、その……、うちの森の妖精は植物に詳しいですし、ローズヒップのある場所も教えてくれたんですよ」



 壊血病にはビタミンCの爆弾と言われるローズヒップが有効だというのは、前世の知識だとも言えず、私はリナルドに聞いたふりをした。


 リナルドは今はただ、目の前のテーブル上で葡萄を食べていて、一言も喋らない。

 多分空気を読んで黙ってくれてる。



「確かにこの妖精なら、そんな知識を持っていても不思議は無いが、しかし、いくらなんでも功績独り占めの挙句、資金まで援助されるのはな」


「でも、人を集めて研究チームを組織して、被験者集めて、治療して、経過観察、レポート制作とか、実際面倒な事をやったり、人を指揮する方が大変なんですよ。私なんか聞いた知識を横流しするだけで、別に偉く無いのです。面倒な所を他者に、殿下にお願いしようとしてるんですよ」



 私が色んな事を主導でやると悪目立ちするから。


 殿下が目を閉じて指で眉間を押さえる仕草をしている。

 思案中かな。


 あと一押しかな? 更にたたみかける為に言葉を続ける。


「あ、あと、才女だと勘違いされたら、求婚者もまた増えてしまうでしょうし、面倒だなあと」


 殿下は一瞬大きく目を見開き、「……求婚?」と、いつもより低めの声を発した。


「浄化の奇跡を行ったり、数少ない光魔法の使い手なせいもあるのか、社交界デビューも前だというのに求婚者が多いので、困っているのです」


「……分かった。俺が隠れ蓑になれば良いのだな?」



 あ、困ってますアピールが効いた!



「こんな面倒な事、引き受けて下さるのですか!?」


 やっぱりギルバート殿下は基本的に良い人だわ。


「ただの……人助けだ」


「ありがとうございます! 流石です! 人助けの為に動いて下さるなんて」


「……はぁ、まあ、とにかく、資金も人集めも研究もこちらでどうにかする。

何か困ったことがあれば知恵を貸してくれたらそれで良い」


「はい、私で出来る事でしたら」



 そういう事で話は纏まった。

 ──ああ、良かった。断られなくて。


 他にこんな面倒な事頼める知り合いとかいないし。



「あ、お茶菓子をどうぞ、ブッセです」



 大事なお話の最中なので、殿下はまだお菓子に手を付けていなかった。


「初めて見るお菓子だ」


「失礼致します」



 沈黙して控えていたいつもの側近さんがお茶とブッセの毒見をする。


「……美味しいですね。殿下、問題ありません」



 側近の様子を横目で見やり、殿下はブッセを口に入れた。


「サクふわで……美味しいな、面白い食感だ」

「お口に合ったならようございました」


「……いちご味?」

「はい、殿下、以前パンケーキに付けるのにいちごジャムを選ばれたので、お好きなのかと」

「……まあ、嫌いでは無い」



 何故素直に好きと言えないのか。複雑なお年頃か?



「あ、この箱に入っているのがローズヒップです、お持ち帰り下さい」



 一応現物も見せて渡さないとね。箱を開けて中にある実を見せる。



「赤いな」


「はい、これは赤いですね。オレンジもどこかにあると思いますよ。

私は今回冬に収穫しましたが、本来なら春に花が咲き、その後に実が出来、秋に熟して収穫となります」


「詳しくはこちらの資料にまとめておきました」



 私は箱に続いて紙の束を渡した。

 中身を確認後、狩りの時に目にした魔法陣を描いてある布に箱と紙束を置いて収納した。


「俺はあの金貨の御守りに命を救われた。借りを返そう、隠れ蓑として、盾として、働く事にする」



 美しく真摯な瞳で言われた。


「あ、ありがとうございます。晩餐を良ければご一緒にどうぞ。

鳥系の魔物が居ましたし、ピザと焼き鳥……と言うか、串焼きをご用意しますよ」


「ありがとう、うちの側近もピザが好きらしいから、喜ぶだろう」



 殿下が柔らかく微笑んだ後方で側近さん達も満面の笑顔であった。

 よほど嬉しいのね。


 ピザが大好きな側近さんの事も気にかけている優しい上司なのだと、改めて思った。

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