第58話 暖炉の前の人達

 女神様への貢ぎ物の縫い物をしている。

 ミシンが無いからチクチクと地道に手で縫っている。


 縫い物の最中でも勉強はしたいので、あえて暖炉で暖められたサロンで縫い物をして、入室した騎士や執事等に本を読み上げて貰ったりしている。


 イケボも聞ける一石二鳥。


 己の時間の有効利用の為とはいえ、ほぼ罠である。

 対価に美味しい保存食や飲み物をあげるから許して欲しい。


 サロンに新しい人が来たら、さっきまで本を読んでいた人は小休止して、美味しい物を食べて交代出来るので、「新しい生贄が来た」そう言って、ニヤリと笑うのである。


 国の歴史、宗教、災害、農業、平民の日々の暮らしを記した本、魔物の生態の本。

 その時に知りたい、聞きたい話を指定して、本を読み上げて貰う。


 故に何種類かの本をサロンの棚に置いてある。


 だいたい10年おきくらいに何かの災害が起きてるとか、そういうのを特に真剣に聞いている。

 干魃、水害、蝗害など、実に警戒すべきだと思う。


 他領に起こった事も大事な情報。

 時に医学や薬草の話も聞く。


 話題は多種多様で、知識の交換もある程度出来るので、騎士達も嫌がらず、付き合ってくれる。

 知識欲という物は大人になって出る気がする。


 勉強とは勉めを強いるとか書くし、学生時代はやれと言われるとやりたくならなかった。

 興味がある事以外は。マジで。


 本来は気が進まないことを仕方なくする意味であったとか。

 商人が頑張って値引きをする勉強という言葉は江戸時代くらいからあったとかなんとか……そういう事も思い出す。


 あ、エルフのアシェルさんも来た。


 なんと今日の髪型はハーフアップだ。

 イケメンはハーフアップまで似合ってしまうとは。

 なんとなくイメージでお嬢様っぽい髪型だと思っていたけど、普通にイケメンにも似合うのね。


 ちょっと誰か記録の宝珠で撮影しておいて。

 と、視線をめぐらすと、良い所に執事がいたので、そっと宝珠を握らせる。 頼んだぞ。


「燻製のお魚美味しいですね」

「肉も美味しい」

「本当に」


 この騎士達やエルフの嬉しげな声。

 男の人の穏やかで低く、優しい声って安心感ある。


 暖炉の火と燭台の色で、部屋全体は優しく柔らかなオレンジ色に彩られている。


 私はこのように穏やかで暖かい時間を愛している。


「燻製に使う木材、チップで香りが変わるな」

「うん、これもイケる」


「お嬢様のお飲み物には、この温かい紅茶に生姜を少し入れれば良いのですね?」

「ええ、そうよ」


「ホットワインも出来ました。冬と言えばホットワイン」


「ワインこっちにもくれ」「俺にも」


「このパン、軽く温めたらめちゃくちゃ香ばしい匂いして来た」

「ホクホクのジャガイモとバターの組み合わせがヤバイ」


「ほら、香りに誘われてまた新しい生贄が来たぞ」

「よし、交代だ、読み上げ役を交代して食べていいですよね? お嬢様」


「しょうがないな──、あ、アリーシャ、そのチーズを串に刺して暖炉の火で炙って、パンの上に……」

「あ──、チーズが蕩けて……美味しそう」


 いやがおうにもテンションが上がる。

 ハハハハハ。


 ここは美味しい物を食べて喜ぶ人の気配に満ちているから、布に針を刺す度に喜びと日々の糧への感謝も繍い込める気がする。


 もちろん、布は絶対に汚さないようにと、気は使うけど。

 自分が小腹が空いて何か食べる時には、離れた所に布を移動するし、上に違う布もかけるし。


 縫い物と言えば、お母様のお茶会のドレスが仕上がって納品され、もうじき王都に行かれる。

 お守りを忘れずに持っていってもらわなきゃ。


「お嬢様、明日の予定は?」

「明日の日中はローズヒップを収穫しようと思うの、リナルドが近くの林にあるって言うから」


 浄化後に復活した森や林の恵みの収穫である。

 青い空の下、雪の積もる中でもあの赤色は鮮やかで、綺麗で目立つだろうと思う。


 ビタミンがとても豊富。

 壊血病にも効くって、こちらの世界の人はまだご存知ないようで、でも私は世間でこれ以上は目立ちたく無いから、ギルバート殿下あたりに代わりに知識を広めていただけないかな?と、思う。


 隠れ蓑にして申し訳ないけど、人が救われる情報だし、功績にもなるのでは?


 ローズヒップでビタミンCが含まれたシロップやお茶を作って、研究チームを作って、治療を検証していただきたい。予算も出しましょう。


 面倒くさそうだけど、こういった地道な作業、仕事が将来に繋がり、殿下の後ろ盾となりたい人も出てくるだろうし。


 壊血病に悩んでた国民の支持も上がるでしょう。

 王家の求心力を上げるのも、王族の臣下である我々の勤めですし。


 まあ、私のやる事なんて、ただの知識の横流しだから、過分な功績も私には不要。

 本当に目立つ事は他者にお願いしたい。

 

 お母様が王城に王妃様主催のお茶会に行く事だし、殿下へお手紙を書いてから渡して頂こうかな。


「アリーシャ、便箋とインクを用意してくれる?」

「はい、お嬢様」


 忘れないうちに書いておこう。


 そういえば、狩りの獲物のお礼と、庇っていただいたお礼も、文章にしておくべきよね。


 あの時は心配したあまり、ついカッとなって軽くキレてしまっていた……。


 我ながら不敬……。


 あ、クマを下さった騎士、ブライアン様にもお礼状を出さないと!

 大きい蛇の獲物をくれたライリーの騎士のローウェには……あの蛇革で財布でも作ってあげようか。


 ……やる事が多いなと、思いつつ、私はアリーシャがテーブルの上に並べてくれたインクとペンと数種類の便箋を見やって、殿下とブライアン殿で便箋の色は変えるべきだろうなと、目を閉じて考えた。


 ……普通の白をブライアン殿用にするとして、殿下は何色にする?


 脳裏に殿下の命を守ってくれた、金ピカの金貨の色が浮かんだ。


 淡い黄色の便箋を、殿下用のお手紙に使う事にした。

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