第55話 崖の一歩手前

 〜ギルバート王子視点〜



「浄化儀式の手伝い、大儀であった」



 帰城すると、俺は謁見の間にて父王に労いの言葉を貰った。



「ところでまた其方にいくつか婚姻の申し込みが来ておるが、どうする?」


 次にさらりと深刻な話が来た。

 前にもあったが、全部断って貰っていたはず、まだ今回も一応選択の余地があるらしい、良かった。


「15歳になって成人したら、セレスティアナ嬢を守る騎士になりたいと思っております。

故に、全て断って下さい」


「令嬢の護衛騎士になりたいと?」

「はい、私がライリーに移動するなら、私の護衛騎士の5人も、あちらへの仕官を望んでおります」


「……浄化の力を持ち、再生の奇跡を起こす、聖女をも凌ぐ力を持つ存在だ。

王家から守護騎士を何人か送っても問題はあるまい、ギルバートよ、精進するがよい」


 ──許されたようだ、心底ほっとした。



「はい、剣も魔法も精進致します。ライリーで騎士になりたいという打診も、まだ先にしておいて下さい」

「まだ先でいいのか、わかった」


 本当は騎士になるだけではなく、彼女と婚約したい、結婚して夫になりたいが、どうも今は難しい気がするし、権力を使って無理強いはしたくない。


 普通に俺を好きになって欲しい。


 セレスティアナが神様に直接贈り物を出来るようになったとか言う荒唐無稽な話は、彼女本人が妖精の冗談かもしれないから秘密にしておいて欲しいと願い出たので報告はしない。


 確かに妖精という存在は、いたずらをする存在だと聞いた事があるし。


 彼女を守る為に、同行していた側近全員にも妖精の冗談だと思って、全員に誰にも言うなと厳命しておいた。


 彼らもセレスティアナを大事に思っているようだから、勝手に話したりはしない。

 俺が願い通りライリーに移動出来たら、同じようにそちらで仕官したいのだ。

 貝のように口を閉ざすだろう。



 * * *

 

 王への謁見、報告も終わって、晩餐の後にテラスでお茶を飲んでいた。


 侍女のブランシュ嬢は浄化の仕事の手伝いの後という事で二日ほど休暇を貰っていた。

 同じ侍女である仲の良い同僚とお茶を飲みつつ土産話をしているようだ。


 ライリーの辺境伯夫人が相変わらず美しかったとか、セレスティアナが本当に愛らしくて、温泉に入った後に父親の辺境伯に頬擦りしてたのが死ぬほど可愛くて、「私にもして欲しかった」とか、「料理が美味し過ぎた」とか、楽しそうに話しているのが少し離れたここまで聞こえてくる。


 声が大きい、よほど興奮しているのだろう。


 頬ずりしていたセレスティアナは確かに、本当に可愛らしくて、俺も辺境伯が羨ましかった。


 ブランシュ嬢は辺境伯夫人が侍女を募集したら行きたいとまで言っていた。


 俺だって早くライリーに行きたい。

 早く成人したい……。


 サロンから移動して自室に戻った。


 窓の外を見ると今宵は満月だった。


 ……胸がざわつく。


 彼女は、セレスティアナと言う少女は……。

 崖の一歩手前で穏やかに微笑んでいるかのように感じる事がある。


 水の精霊の加護の力を持ち、その力により、魔法で水が出せる者は

「大切な者の死の間際に、死に水をとってやれる」だとか


 火を点けると溶けて消えてしまう蝋燭をお守りとして、わざわざ美しい絵を描いて、


「お守りは、失われる時に最大の効果を発する」


 などと言う。


 聞くと心がギュッと締め付けられるような事を平然と言うのだ。

 天使のような笑顔で。


 子供は花の蜜を吸うものだとか、知らなかった事も教えてくれる。

 心を捕らえて離さない。


 俺の世界に灯りを灯すのも嵐を呼ぶのも水浸しにするのも彼女の存在のような気がする。


 崖の側に立ってそうな彼女に必死で手を伸ばして安全圏まで引き寄せたくても、手を取って貰えるか分からない。


 彼女は御守りを作ったり、美しい服を作ったり、美味しい食べ物を作って、食べて、愛する家族と幸せそうなのに、時折何故こんなに不安にさせるのだろうか。


 こんな感じで不安になるのは俺だけなのだろうか。


 そう言えば彼女は邪竜の呪いで死にかけた事があるのだった。

 ゾッとする話だ。


 呪いは解けているそうだが、彼女の両親は不安になったりしないのだろうか。


 彼女の持つ光魔法の素養すら、天に近い存在だと思うと、連れていかれてしまいそうに思える。

 何しろ浄化の奇跡まで起こせる。


 さらに神様に直接贈り物をしてお返しまで貰える予定まであると聞く。

 あの妖精の言う事が戯言では無かった場合。


 夜の森で謎の虫が飛んで来た時に咄嗟に彼女は俺のマントにしがみついて来た。

 なんで体の方でなくマントなんだと思ったが、頼られて嬉しかった。


 今回はたかが虫を退けただけではあるが、彼女に頼られたり、どんな存在からも守れる強い存在になりたいと、俺は思う。


 春も夏も秋も、彼女はずっと胸を打つ美しさを持っていた。


 秋の夜はどうも心細くなるというか、不安定になってしまう。


 机の上に置いてある、花の絵が描かれた御守りの蝋燭にそっと触れた。


 ……セレスティアナ本人にはまだ騎士になって、そばにいたいとは伝えていない。


 急に王にまた、婚約の話を問われ、焦ってしまった……。


 そばにいる事を、彼女は許してくれるだろうか?


 * *


 ──俺がセレスティアナに感じる不安の理由を、この身でしかと思い知るのは、もっとずっと後の事になる。

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