第52話 優しい人
晩秋。
ギルバート殿下と子爵令嬢が転移陣にてこちらに来られた。
子爵令嬢は殿下の後に確かに余程の寒がりか? と思う着膨れした下男と共に来た。
年齢は40代後半の温和そうな男性だった。
通常城の庭園に繋がる転移陣を平民が使えるはずはないが、子爵令嬢たっての希望で鞄を両手に二つ持って、連れて来られた男性は、床に足を突いて、頭を下げた。
「辺境伯、こちら、当家の庭師だった男です。
見ての通り、人畜無害な男で、今回、私と共に転移陣を使用させて頂いたお礼を申し上げたいそうです」
子爵令嬢がカーテシーの後に、お父様に下男がお話したいとの旨を告げる。
お父様が許可すると、庭師は頭を下げたまま話し始めた。
「私はライリー出身の者です。
両親も祖父母もこの地で産まれ、亡くなりました。
庭の花をこよなく愛していたのです。
かつてのあの喜びの庭を蘇らせ、もう一度ここで生きたいと思い、この地に戻る事に致しました」
「つまりは、我が娘、セレスティアナの奇跡により、ライリーの大地から瘴気の影響が抜けた噂を聞き、もう一度美しい庭を蘇らせたいと、戻って来たと言う訳か?」
お父様が庭師に問うた。
「左様でございます。
どんなに手をかけても、かつては瘴気の影響で繊細な花は上手く育たなくなり、悲しくて、他の地で庭師をしようと移り住みましたが、勝手ながらどうしても故郷の地に戻りたくなってしまい、ブランシュお嬢様のご好意で、私が安全にこの地に戻れるよう、共に転移陣を使わせていただきました。
感謝の念に堪えません」
……つまり、子爵令嬢は、この庭師を野盗や魔物の出る可能性のある道を遥々旅をさせるのが心配で、安全に送り届けたくて、浄化の儀式の手伝いをかって出て、転移陣に平民を連れて来る為に信頼を得ようとなさったという事?
……目頭が熱くなって来た。
ただの良い人だったわ!
第三王子の好感度稼ぎが狙いか、イケメンお父様の公妾狙いか?
はたまた、大地が甦れば税収も上がって力をつけるだろうから、後に何か力を貸して貰う為かなどと予想していたら、ただの優しい令嬢だったわ。
ごめんなさい。
「ブランシュ子爵令嬢は、なんとお優しい事でしょう。
庭師の貴方の荷物も多くは無いようですし、今戻っても家は管理者もいなければ荒れて、毛布や食器など、生活に必要な物も足りないかもしれません。
物資を集めて荷馬車を用意し、家まで送らせますので」
私がそう言葉をかけると、もこもこの庭師が慌てて言った。
「そのような事まで、転移陣を使わせていただいただけで十分でございます。
毛布は持て無い代わりに沢山着込んで来ました」
なるほど、それで着膨れしてたのか。
「構いませんよ。
ブランシュ嬢には今回もお世話になります、ささやかなお礼……にもなりませんが」
「セレスティアナ様、もったいないお言葉ですわ。
ですが庭師も年齢的に無理はしない方がいいですし、ここは素直にお言葉に甘えさせていただきます」
この世界の平均寿命は前世の日本より遥かに短いのだ。
「お、お嬢様……」
庭師は恐縮しているが、上が言うのだからこの話は決定だ。
「我が城の庭師に花の種や苗などを分けて貰ってから、実家に戻ればいい」
お父様が言葉をかけて、私も続ける。
「野菜の苗や種も欲しければ庭師のトーマスに言ってちょうだいね。
遠慮なく」
「あ、ありがとう……ございます」
庭師は感動したのか声を震わせ、お礼を口にした。
ブランシュ嬢を変に勘ぐった罪滅ぼしに、庭師には色々贈っておこう。
前世でラノベの読みすぎであった私は、あざと怖い貴族女性の存在を考えて、警戒しすぎているのかも。
でもこんな善良な令嬢は、やはり稀なケースなような気もする。
* * *
最後の浄化の地にワイバーンで降り立った。
晩秋の風はだいぶ涼しくて、マントを纏っていて良かったと思った。
朝の11時くらいの時間に現場に到着。
生気の乏しい大地の畑を今回も歌と祈りで蘇らせる。
白金の輝きは風に乗って遠くまで伸びて行く。
瑞々しい緑色の植物が急速に育ち、次に実りの秋が急激に訪れる。
作物の収穫が出来るので有る。
今回も奇跡にギャラリーが大変沸いた。
緑色の草海原が金色の草紅葉に変化している。
景色を見ながら、これで浄化の旅は終わりなのだと、しみじみ思う。
後は、自浄作用に頼る。言うなれば大地の女神のお力に頼ると言う事かな。
また日々のお祈りをライリーの城から捧げます。
今回は宿が無いのでまたテント泊をする。
美しい金色の草紅葉の中でのキャンプは気持ちが良いと思う。
遊牧民のゲルに似たテントで過ごすのは情緒が有るよね。
この辺にもやはり沢山の人が行ける食堂の類いが無いので、塩むすびと、漬け物と甘い物枠に洋梨とカスタードクリームのガレットを配る。
集まった領民は砂糖を使った贅沢な甘いガレットを食べて、「やばい、美味い、甘い」などという感想をもらして喜んでいた。
「綺麗だな、金色の大地も」
ギルバート殿下が爽やかな風に銀髪を揺らして私の隣に立った。
「今回もお手伝いありがとうございました。領民達も喜んでおります」
「何という事も無い」
眼前に広がる景色を見ながら、晴れていて良かったと、しみじみ思った。
妖精のリナルドは私の肩の上で『満ちて来た』と、言った。
「何が満ちたの?」
『女神様に直接捧げ物を届ける、魔法陣が展開出来る力だよ』
殿下も私もびっくりする。 直接? 魔法陣?
「捧げ物? いつもの通りに祭壇にお花や野菜で良いの?」
『セレスティアナ、君は祭壇に飾る神様の姿絵を描いたろう?』
「え、ええ、イメージで」不敬だったらどうしよう。焦る。
『新しい服が手に入ったと女神様方が喜んでいたよ』
「ええ!? 服を着た絵を描いただけで?」
『女神様方は神力で姿絵と同じ服を編み上げていたけど、今度は実物の洋服を贈ってあげたら?
素敵なお返しが期待出来るよ』
「え!? 私が女神様のお洋服を!?
正しい寸法も分からないのに?
最高級の絹の生地を使っても、神様にお渡し出来るクオリティの物を作るのは厳しいと思うのだけど!」
『ようは気持ちだから素材はそこまで気を使わないで良いよ。
絹じゃなくても麻でも構わないし、縫製技術も十分だよ。
服の寸法、女神様の体型は大体君のお母様を参考にすれば良い』
さ、流石美しいお母様、女神様とプロポーションが似ていらしたとは!
「一体何が、お返しに貰えると言うの?」
震える。
『それは後のお楽しみだよ』
リナルドは愛らしい顔で事もなげに言う。
「神様に直接贈り物を届けるだと?」
殿下が改めて驚愕しているけど私も混乱している。
見れば殿下の側近達も固まっている。
とりあえずこれは、お父様に報告すべきよね?
私はぐるりと周囲を見渡し、お父様を探した。
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