第49話 温泉地
あ──っ! 乙女ゲームしたい!
芸術の秋、読書の秋、ゲームの秋。
窓の外の秋空を眺めながらそんな事を思う。
せっかく子爵令嬢まで来て下さったけど、もう少し城での待機時間があるらしいので、冬の狩りの時用の服のデザインも針子に渡し外注して、やや暇になった私は前世でやってた乙女ゲームに想いを馳せる。
でもゲームとかそんなの無いわ〜〜。 すごろくの人生ゲームすら見た事無い。
せめて恋バナとか聞きたい。
殿下のお兄様やお姉様なら婚約者がいるから何か聞いてないかな。
よし、殿下がいるだろうサロンに移動して聞いてみよう。
* * *
サロンに移動したら焼き菓子とお茶の良い香りがしている。
お、殿下は早速侍女たるブランシュ嬢の淹れたお茶を優雅に飲んでいましたね。
「何かご兄弟からロマンあふれる恋のお話を惚気ながら聞かされた事は無いですか?」
突然そんな事を切り出す私。
「そんな話はわざわざ聞かない、どうせ政略結婚だ」
クール!
またまた身も蓋もない〜。
でも紅葉ライトアップデート後なら聞ける可能性はあるかな。
シエンナ姫の誕生日はもうしばらく先。
「ただ、二番目の兄上は隣国の姫に入れ上げて留学までしてるから、今現在も、熱愛中ではあるだろうが」
「ああ、他国に留学中なんですよね、それでは戻られるまで聞けませんね」
「まあ戻っても俺は…兄上とはそんなに仲良く無いから、聞かない」
うっ!
「じゃあ、イケメンだらけの殿下の側近の恋バナとか」
ピクリと背後に控えてる殿下の側近達が反応する。
「いや、知らぬが」
「もうちょっと興味持ちましょうよ!」
「側近が年下の俺に話したいと思うか? そんな話」
「まあ確かに年下の雇用主にそんな話……しないです……ね」
でもなんか、寂しくない? 私が側近さん達に視線を移せば……目を……逸らされた。
殿下はさもありなんという顔で笑った。
では、子爵令嬢のブランシュ嬢はどうか? とそっと見てみた。
こちらも何故か目を伏せてしまった、年頃のはずだけど、何故かしら?
「ではライリーの城勤めの騎士に聞いて来ますね、失礼します」
ここでの聞き込みを諦めてそそくさと退散。
そして城内から出て庭に来ると、金髪のイケメン騎士のヴォルニーを見つけた。
早速聞いてみたはいいけど、
「こちらに勤める事に決めた時に、豊かな土地に住みたいからついて行くのは無理だと、婚約者には振られました」
あああああああああっ!!
「うちが、瘴気に侵されていたせいで!」
ガクリと膝を突いてしまう衝撃の事実。
「お嬢様! 良いんですよ!
所詮その程度の気持ちしかないと、先に分かってよかったとも言えるので」
そう言ってヴォルニーは私の体を支えて立たせようとする。
「……他の騎士仲間は?」
立ち上がったはいいが頭は垂れたまま聞いた。
「皆、同じような感じで婚約者とは別れて来てるらしいですよ」
あああああああっ!!
「い、今ならほら、手紙を書けば……蘇ってる地域もあるし」
私はヴォルニーの騎士らしく逞しい腕を掴んで言った。
「どうでしょうね……今更感が有りますね」
「イケメンなのに、諦めないで!
そうだ、今度王都にお母様が王妃様のお茶会に呼ばれているし、護衛としてついて行っては!?
王都には綺麗な人多いでしょ!?」
「特に命令が無ければ、私の仕事はこの城の守護なので」
「城の事は私が守っておくから!」
「それでは立場が逆になってしまうのですが」困り眉ではははと微笑まれた。
「では、浄化の儀式が終わったら時間もだいぶ出来ると思うし、お見合い用の肖像画を私が描いてあげるわ」
「ええ!? お嬢様が!? 画家に頼むと良いお値段なんですが!」
「私が描けば無料じゃない」
「そんな、お嬢様の大事な時間を使わせるなんて」
「気にしないで、今すぐじゃないし」
ヴォルニーは肖像画のみならず、ポーズモデルでもやってもらいたい程のスタイルの良い金髪碧眼のイケメンなのである。
ローウェと仲が良いみたい。
自分の分のおやつのどら焼きを一つ奪われたのに唐揚げで許す優しい男の人だ。
……肉の方が良いのだろうか?
とにかく、ぜひ幸せになってもらいたい。
「王妃様のお茶会へ招かれた奥様の同行者は、ヘルムート様に決まったようです」
ローウェの事を考えてたら本人が突然カットインして来た。
びっくりする。
「流石に護衛騎士を全く付けないわけにはいかないか」
「城は俺達で守るぞ」
私も守るぞ。
お母様のお茶会用のドレスも頑張って仕上げなければ。
まあ、外注に出してる針子から納品がされてからだけど。
私の狩り用ドレスより重大だわ、何せ王妃様のお茶会だもの。
水着は……来年の夏までに出来れば良い。
水着で思い出したけど……私のプレイしてた乙女ゲームの主人公は学生が多かった。
たまにOLやファンタジー系の錬金術師もあったけど。
学園物の学生キャラだと最初はお金があんまり無い。
とにかくプールや海デートに備えて水着と、クリスマスのパーティードレスと初詣デート用の振袖を買う為に頑張ってバイトしてお金貯めてたな〜〜。
などとしみじみ思い出す。
こっちは、新年の初詣みたいなイベント、行事は……あるの?
まだ私が小さいから寒い冬は外に出されて無かった可能性……。
教会、神殿に行けば神様にお祈りの挨拶は出来るだろうけど。
でもそういう新年を祝う場所がお外にあった所で、玄関に迎えに来てくれ、晴れ着を褒めてくれて、一緒におみくじ引いてくれる彼氏がいない。
いや、リアルに探せばいるんだけど、嫁に来て欲しい的な婚約、結婚の申し込みは全てお父様にお願いして蹴って貰ってるけども。
(自領から出たく無い)
気楽にゲーム内で遊びたい。 わがままだけど。
自分が恋するより外から平和に眺めたい。
てゆーか、こっちの教会におみくじは無いよね? 無ければ作って貰う?
いや、教会に何させようとしてるんだ、神聖な所だ。
しかし何も無しで寄付を募るより普通に集金出来るような気が。
前世の世界で神社って景品が当たるくじもやってたよね。
自領にデートスポットを作りたい。
水族館や遊園地、観覧車やメリーゴーランド。それにナイトパレード。
欲しいなあ、観光名所。 田舎で自然しか無いとか言われたく無い。
いや、自然は素晴らしいのだけど。
「ティア、殿下の接待もせずに、何でこんな所に」
お父様が庭に現れた。
「今回は侍女さんが、ブランシュ嬢がいるから大丈夫かと」
「何が大丈夫なんだ?」
「彼女、殿下が好きで同行を願い出た可能性は無いでしょうか?」
「……ん? そんな雰囲気でも無いような」
お父様は顎に手を当てて、思案顔で固まったので話題を変える。
「まだ次の儀式の地へ行く準備は終わらないのですか?」
「近くに温泉街があってな、瘴気に侵されてからは封印して廃れているが、我々が寝泊まりする一軒だけでもと、先に修繕しているんだ」
えっ!?
お、温泉があったの!? スパリゾートが作れるのでは!?
「自領の皆さんには日々生きるだけで精一杯より、潤いと楽しみを持って生きて欲しいので、ぜひ温泉復活等を頑張りたいと思います!」
意気込んだ所で伝令が来た。
ようやく次の儀式の地の準備が整ったので明日は竜騎士様の力を借りて現場に向かう。
* * *
私は今回も竜に乗るので騎士服っぽいコーデで来た。
秋空の中を飛ぶのは気持ちよかった。
気温も過ごしやすい感じになって来たし。
子爵令嬢は大丈夫かな、竜に乗って移動するの、とても高い所を飛んでるし、
隣を飛んでる竜騎士さんに同乗してるのを確認して見ると…平気のようだった。
わりと豪胆な方ね。
現地に到着。 古びた温泉街が並んでいる。
瘴気の影響が無かったら人気だったろうに。
今は……廃墟巡りが好きそうな人にウケそうな見た目になっている。
夜に肝試しが出来そう。……多分しないけど。
「あそこの宿を泊まる場所として、内部を綺麗にしていたから、時間がかかった」
昔湯治の客が使っていたこの廃墟宿をなんとか泊まれる状態にしたという。
確かにお父様が指を指した一軒だけ綺麗になっている。
お父様は殿下にテントでの宿泊ばかりさせるのが心苦しかったのかな。
本人はキャンプを楽しんでいたみたいだけど。
例によって儀式前には待機していた巫女さん達によって、白い儀式用衣装にお着替えさせられる。
「これは毎回必要なのですか?」
「セレスティアナ様の品位を保つ為でございます」
……私の為でしたか。
「魔物素材のアクセサリーが禁止なのも、私の為だったのですか?」
「神に祈りと歌を捧げる神聖な儀式です。
魔的な存在の素材など身に付けていると、何かしら誤解を受けたり、噂が貴族の耳に入れば、誹りを受ける可能性がございます。
付け入る隙は見せない方がよろしいのです」
なるほど、ちゃんとした理由はあったのね。
畑地帯にて儀式を行う。
リナルドがいつも通りに鈴のような花を振り、風の妖精が光りと共にふわふわと舞い、妙なる伴奏を奏でる。
殿下や子爵令嬢達が風スキルで私の歌声を遠くまで運んでくれる。
眩しい光が畑や温泉街をも包み込み、浄化される。
淀んだ水が清涼なものに変化する。
──ああ、これで、温泉も蘇った──!
現地の人や巡礼の観客もわ──っ!って歓声をあげて喜んでいる。
大地に五体投地してる人もいた。 感極まりすぎでは。
それはともかく、温泉街に移動した。今日の休憩、宿泊場所だもん。
私は青いお湯をたっぷりと湛えた岩場の露天風呂をゆび指して言う。
「ねえ、これ、温泉、もう入れるのでは?」
「鑑定して見るから、少し待ちなさい」
お父様が言うなり、亜空間収納から鑑定鏡を出して、それをかけ、温泉を調べる。
眼鏡かけた──! 眼鏡イケメンだ──! やった──!
かっこいい──っ!! ダンジョン産の鑑定鏡、ありがとうございました。
「大丈夫だ。瘴気はちゃんと消えている」
青くて美しい温泉からはもくもくと湯気がたっている。
周囲の植物も復活してて見栄えが良い。
枯木から蘇ったばかりの緑の葉がすぐに紅葉したのは、元々秋だったのと、私が豊かな実りと収穫を願う歌を歌ったせいだとリナルドに聞いた。
なるほど……。
強引に紅葉まで行ってしまったか、でも季節的には秋なので合っている。
「瘴気の影響が無いなら温泉に入れますね! ちゃんと男湯と女湯は分かれてますし!」
紅葉露天風呂に入るチャンスを逃す訳にはいかない!
お父様がひびが入った壁を小突きながら言う。
「だが、壁の仕切りが壊れている」
「私が土魔法で今すぐ修繕します! 下がって下さいませ!」
すると速やかに下がってくれたので、ひびが入って崩れている土壁は一旦崩してから、綺麗な壁を作り直す。
「よし、これで完璧!」
私はつるりとした綺麗な壁の前で拳を作ってガッツポーズ。
いかん、淑女演技忘れた。
「やれやれ、女性騎士が見張りに立つ事も出来ないのにやっぱり露天風呂に入るのか」
お父様が呆れ顔だけど、絶対に温泉には入りたい。
「女性騎士の数が少なくて、まだうちに居ないので仕方ないでしょう。
壁もあるので大丈夫ですよ」
「王都から女性騎士を連れて来てやれば良かったな、露天風呂に入るとは思っていなかったからな」
殿下が青い温泉のお湯を興味深い顔で見ながら言った。
「殿下、大丈夫です。お気持ちだけで! 温泉楽しみですね!」
「ああ、実は俺も温泉は初めてだから、楽しみだ」
殿下も笑顔である。
嬉しそうな私達を見るとダメとも言えないお父様は我々が露天風呂に入る事を許してくれた。
* * *
秋の青空と紅葉を眺めつつ、温かい温泉にまったりと浸かって癒されている所で、ポツリと私が言う。
「光、治癒魔法の修行もしたい」
『光魔法のレベルは上がってるよ』
同じく気持ち良さげに温泉に仰向けになって浮かんでいたリナルドにそう言われた。
「いつ!?」
『大地を癒してるじゃないか、祈りと歌で』
あっさり言われた。
そうか、対象が人じゃないから気が付かなかった。
言われてみれば…。 あれも光魔法系統の浄化であり、癒しだった。
同じ貴族女性という事で、子爵令嬢とも一緒にお風呂に入っている。
チラリと見る。
流石貴族だ、元から肌も綺麗なんだけど、温泉効果でますますツルツルすべすべになりそう。
アニメだと温泉回は同性のオッパイとか揉むイベントも有るんだろうけど、修学旅行の同級生の友達とは訳が違う。
いや、前世でもそんな事はやってないけど。
アニメや漫画ではよく見た。
「また大きくなったんじゃない? この〜〜」
とか言って胸を揉むイベント、マジで実際には見た事は無い。
アニメや漫画には夢があって良いね。
「温泉、とても気持ちが良いですね、浄化に参加させていただいて得しました」
ブランシュ嬢が青いお湯の中で頬を薔薇色に染めてそうおっしゃった。
毒も何も感じない、素の言葉のようだ。
「ええ、ここのお湯はとても気持ちが良いですね。浄化のご協力、感謝致します」
お礼を言いつつ観察もしているけれど、この令嬢の協力は普通に善意のような気がして来た。
彼女はうふふと、機嫌良さそうに笑っている。
「そう、得で思い出しましたが、シュークリームでしたかしら?
私もいただきましたが……絶品でしたわ」
うっとりとした顔でお茶の時間に食べたシュークリームを思い出しているブランシュ嬢。
うん、またうちのお菓子に魅了された人が増えたようだ。
──ところで……隣の男湯はお父様と殿下が一緒に入ってるらしい!
ワーオ! 大丈夫か、隣のイケメンパラダイスは?
とても気にはなる、私は鍛えられたかっこいい筋肉が好きなので。
覗く訳にもいかないので誰かスチルだけ回収していて欲しい。
紅葉と露天風呂とイケメンって絵になるじゃないですか。
湯気はあっても良いので。
我々王族と貴族が入った後には、ちゃんと平民達にも温泉は解放された。
浄化の儀式を見る為に、はるばるついて来ている巡礼者も癒やされる事でしょう。
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