第48話 子爵令嬢
我々家族はライリー城内のサロンにて、優雅にお茶を飲んでいた。
「大変だ」
「お父様?どうなさったのですか?」
お父様が家令から受け取った手紙を見て急に焦ってるわ。
「殿下の付き添いに侍女がついてくる」
「初めて…女性を連れて来られるのですね、お気に入りの侍女なのかしら?」
私は平民のメイドではなく、貴族女性と聞いてやや緊張した。
「エイダー子爵令嬢なのだが、風の精霊の加護持ちで、儀式の手伝いが可能で、ブランシュ嬢が自ら同行を申し出られたらしい。年齢は15で成人している」
「まあ、浄化の儀式の手伝いの為にわざわざ貴族の令嬢が、親切な方ですね」
転移陣があるにしたってわざわざ辺境まで来るなんて、彼女に何のメリットが有るのかと私は考えた。
高位貴族に恩を売って仲良くなりたいだけかな?
「そうだな、直ちに貴族女性の使える部屋の用意を」
「はい、かしこまりました」
側に控えていた家令が返事をして、速やかに動いた。
「貴族の令嬢が来られるなんて、緊張しますね」
「家格は貴方の方が上なので必要以上に恐れる必要はありませんが、淑女らしくするのですよ」
お母様にやんわりと釘を刺された。
「淑女っぽくですか」
また令嬢っぽい演技しなくちゃ。
「ぽくではなく、淑女らしくね」
お母様の言葉を受けて、手元に置いていた扇子を持ち、口元でパチンと開いてふふ、と曖昧に笑い、誤魔化した。
令嬢は扇子で口元を隠して、エレガントに笑う物だと思っている。
そんなこんなで大急ぎで貴族女性をお迎えしても良いように、新しく部屋を整える。
* * *
庭園に有る転移陣が光る。
いつもの殿下達と、新顔の銀髪、青い目、白い肌の貴族の令嬢が光と共に現れた。
濃紺の上品なドレスを着ておられる。
なるほど、やはり風のスキル使いのカラーリングは銀や青なのか。
「ライリーの方々にはお初にお目にかかります、ブランシュ・エイダーと申します、以後、お見知り置き下さい」
「ようこそ、エイダー子爵令嬢、この度はわざわざライリーの浄化の儀式の為に力を貸して下さるとか、感謝します」
お父様がイケボで最初に歓迎の挨拶をしてくれる。
令嬢にカーテシーでの挨拶をいただき、そして私とお母様も微笑みを返す。
メイドがブランシュ嬢をお部屋に案内するから、お茶をしながら待つとする。
一応殿下の侍女として来ているけど、ここライリー城は初めてなので、彼女が荷物の整理などをしてる間に、私が殿下のお茶のお相手をする。
「王都の紅葉は、まだこれからが本番という感じでしたね。
夜に紅葉をライトアップをすれば、とても幻想的で綺麗でしょう」
殿下にお茶とシュークリームを出しつつ、そんな話をした。
「紅葉をライトアップ?」
美味しいシュークリームに目を輝かせて夢中になっていたらしい殿下の動きが、馴染みが無い言葉に一瞬止まる。
「夜に灯りを贅沢に使う事はあまり無いでしょう?」
「火事とかの危険性を考えたら、夜は早めに火を消して寝ろと広く言われていると思うが」
「ですから、実際の火より灯りの魔法が好ましいでしょう。
でも特別な日くらいは流石王都って言われる事をしても良いかもしれません。
これ、私が光魔法の灯りを入れた魔石です」
そっと魔石を10個程入れた袋を差し出し、魔力を通せば簡単に使えると説明する。
「これを、其方が……わざわざ?」
私はこくりと頷いた。
「シエンナ姫のお誕生日当日に婚約者の令息もお招きして、殿下からの贈り物という事で良い感じに紅葉してる木の側で夜に照らすと良いのでは?」
「姉上的には虹色と銀色の鱗の魚を狩ったのは俺だから、半分は俺からの贈り物という認識らしいぞ」
「別に贈り物が一つでなければいけないという事も無いでしょうし、姉君と婚約者の令息とのムードを盛り上げて差し上げても良いのでは?」
「何故、わざわざ他人の為にそのような事を」
「殿下はどうせ政略とおっしゃいましたが、恋が産まれないとは限らないでしょうし、お姉様の幸せと、殿下の将来の為にも」
「良い案ですね、シエンナ様の降嫁先の公爵家には力が有りますし、恩を売ったり仲良くしておくのは、殿下の将来を考えますと、確かに」
殿下の側近がアシストしてくれた。
「……姉上の為だけでなく俺の事まで心配しているのか?」
「心配というか、わざわざライリーの地の浄化のお手伝いを自らして下さる殿下への恩返しですよ、ほんのささやかな。お父様からの謝礼金を受け取らないらしいじゃないですか」
「金の為にやってる訳では無い、俺は、其方と、この国の民の為に」
「ですから、少しでも報いたいだけですよ」
殿下は一瞬逡巡してから、
「……まあ、其方が姉上と懇意にすれば、そちらでも何かの利に繋がる可能性もあるから、受け取っておく」
と、魔石入りの袋を手にした。
ブランシュ嬢が準備を整えてサロンに来られた。
用意していた物をテーブルに置く。
私は先日花売り少女から、大人買いしたお花を石鹸に入れた。
花の形がそのまま残る形で。
そう、石鹸用に購入していたのだ。ただのボランティアでは無い。
とても綺麗で可愛いくてオシャレに出来たと思う。
儀式を手伝って下さるブランシュ嬢にも見せて気に入るようなら差し上げてもいいかな?
「これはライリーで作っている石鹸なのですが、どう思われますか?」
と、様子を窺う。
「なんて可愛いらしい、使うのがもったいないくらいの石鹸ですわね」
とりあえず、良い反応のようね。
「お気にめされたなら、これらも一緒にどうぞ」
花の石鹸にシャンプーとリンスもお付けする。
「まあ、こんなにも下さるのですか、嬉しいですわ、このシャンプーとリンスは王城でも使われていましたが、本当にこれらもライリー産でしたのね、私も分けて貰っていて、重宝してますの」
「まさしくライリー産ですわ、どうぞ遠慮なく」
彼女の青い瞳を注意深く観察する。
わざわざ儀式を手伝いたい理由はなんだろうか、本当にただの親切だろうか?
友達でも無い初対面の貴族女性の方の親切に、内心、若干の戸惑いが有る。
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