第44話 奇跡を見た、とある領民の話
【〜とあるライリーの領民の話〜】
奇跡を見た。
ライリーのお城の可憐で美しいお嬢様の歌声で
弱々しい様子の畑や林や大地が息を吹き返したように生命力に満ち溢れた。
作物も実らせた。
なんたる奇跡か。感動して涙が出た。
隣にいる女房も赤ん坊を抱いたまま泣いてる。
こんな足元から命がほとばしるように緑が芽吹いて、荒地からは草原まで生まれるなんて。
うちの親父は足腰が弱って最近じゃベッドの中からあまり出られないけど、今度背負ってでも見せてやろうと思った。
儀式は終わったけど、世にも尊いお嬢様や美しい人達がまだ近くの林でキャンプするらしいから、出来るだけお側にいたくて、俺はまだ、乳飲児を抱えた妻と一緒に周囲を散策していた。
足元に生えてる雑草からさえ力を貰えそうな気がする。
妻は頬も痩け、あまり栄養状態が良くないが、旅の商人から奇跡が見れるかもしれないと聞いたらしく、行きたいとせがむので連れて出て来た。
うちの継いだ畑は耕しても瘴気のせいで収穫はガッカリな物だ、貧しくても仕方ない。
いや、妻の状態を見ると夫として不甲斐ないとは思ってはいる。
俺の畑は奇跡の場から少し離れてるけど、蘇ってると良いな。
蘇った白樺の林で貴族の方達はテントを張った。
この辺お貴族様達が泊まれるような宿が無いからか、ずいぶんと遠い所から竜に乗って来て下さったんだろう。
ありがたい事だ。
旅の神官様が歩き疲れた足を冷やしたいというから川に案内した。
美しい川が復活していた。
水は太陽の陽射しをうけてキラキラしてる。
神官さんはライリーのお嬢様のセレスティアナ様の奇跡を追ってるらしい。
毎回感動するらしい。
あの歌声は素晴らしいものだったので気持ちは分かる。
俺も汗をかいたので川の水で濡らした布で汗を拭く事にした。
先に妻の顔を拭いてやろう。
俺が赤ん坊を代わりに抱こうとすると妻に子が泣き出すからいいと言われた。
…なぜなのか。
子よ、父の何が不満か、胸が無いからか? まあ、仕方ない。
ここで赤ん坊が泣き出すと、お貴族様達にうるさく迷惑だから兵士の方に帰れと怒られそうだ。
凉を求めて上流の方に歩いていたらお嬢様がいた。
プラチナブロンドと新緑の瞳がキラキラしてる。天使のようだ。
どうも川で野菜を冷やしているらしい。
昔はライリーでもああいう風景も良くあったらしい、瘴気の影響が出てから、それをやるやつはいなくなったと聞く。
今この場で昔の風景が復活したのか。
また…目頭が熱くなって来た。
お嬢様が移動したので俺達も後を追うように移動する、近付き過ぎたら護衛の方に怒られそうなので十分距離はとったまま。
布の仕切りの向こう、風上から香ばしい、肉の焼けた匂いが漂って来た。
胸がいっぱいで何も食べられないと思っていたが、急に腹が減って来た。
しまった、パンでも持ってくれば良かった。
長居をするつもりは無かったのにあまりに凄い奇跡を見たものだから…。
しばらくして、騎士様が領主様からのご好意だと、パンに腸詰めを挟んだ「ホットドッグ」なる物を配って下さった。
なんて優しい領主様か。ありがたくいただいた。
口にすると驚くほど柔らかいパンだった。
そしてすごく、すごく美味しい。
あまりに美味しいのでパンは半分だけ食べて、半分残して布に包んで親父に持って帰る事にした。
腸詰めは冷める前にと、全部食べた。
俺が残していたパンを見て近所に住むローガンが食わないならくれとか言って来た。
親父の為にわざと残してると言ったら、すまないと謝ってくれて、鞄から出した干し肉をくれた。
食べ物を持っていたのかよ。まあ貰うけど。
俺はホットドッグのパンを半分しか食ってないので干し肉も半分だけ食べて残りを妻にあげた。
妻はそれをポケットに入れた。今食わないのかよ。
ホットドッグを食べて元気を貰った俺はまた妻と一緒に川の側に来た。
水の側は涼しいから。
お嬢様もまた川に来て岩場に座り、野菜を眺めていらした。
お嬢様の隣に王子様まで来た、銀髪に青い瞳に褐色の肌。
まるで夏の申し子のような方だ、美少年だ。
仲が良いのだろうな、隣に座って微笑ましい。お二人ともとても綺麗でお似合いかもしれない。
…眩しい……。
夜になってまた食べ物の配布があった。まさか二度もくれるなんて。
謎の温かくて白い三角の食べ物と串焼きを配って下さった。
ありがてえ。ここの領主様はすげえかっこいい上に優しい。
しかもこの食べ物、めちゃくちゃ美味しい。
串焼きは分かる。何かの肉だ。スパイスが効いてて極上の味。
それとこの白いのなんだっけ、確か…おむすびとか言ってたか?
ほかほかして薄い塩味。良く噛むと優しい甘さもある。
昼と夜に美味しい肉を食ったせいか力が湧いて来た。
更にうちの妻には焼いたトマトと温めた牛乳までもいただいた。
野菜や牛乳は数が足らないから乳飲児を抱えたうちのに優先的に下さったそうだ。
王子様の計らいらしい、この国の第三王子様って優しい方だな。
そしてあまりに俺達が帰らないから、背が高くかっこいい騎士様に言われた。
「この辺の生活は娯楽が少ないだろうから、お嬢様の心配りで今から空に光の花を咲かせて下さる。
空を見上げていろ」
更に五回くらい花が咲く予定だと。
言われたとおりに夜空を見上げていると、ヒューとか言う音の後に、光の花が咲いた。
光魔法だ、凄い。
とても綺麗だった、こんなの見た事無かった。
瘴気の影響で長らくライリーでは祭り的な物がなかった。
皆んな喜んで手を叩いたり、歓声をあげて見てる。
桃色の花、青い花、白い花、黄色い花、最後に虹色のような鮮やかな花が咲いた。
五回花が咲いた後、貴族様のいる方から騒めきがあって、お嬢様が魔力の使い過ぎで倒れたとか言う声が聞こえた。
寝れば回復するとも聞こえた、静かに寝かせて差し上げなければ。
俺達が帰らないせいで迷惑をかけてしまったのかもしれない、周りも慌てて帰り支度をした。
奇跡を見せて下さったお嬢様とうちの妻を気使って下さった王子様に感謝しながら月明かりの中、荷馬車に乗って帰った。
家に帰って親父に柔らかいお土産のパンを食わせてやった。
「柔らかくて美味しい」
そう言って喜んでいたし、俺達が見た奇跡の話を聞きながら感動して泣いていた。
翌朝、早朝のまだ幾分涼しく明るい時間に、うちの前にある畑を見ると、畑に作物が元気に実ってる。
昨夜は暗くて気が付かなかった。
更に周りには雑草まで青々と茂っている。
感動して泣きながら野菜を収穫をしていたら、起きて来た妻の顔を見てまた驚いた。
頬が痩けてなかった。
張りがあり、血色も良い。奇跡すぎる。
妻は大地色の瞳に涙を滲ませて言った。
「今朝は母乳の出も良かったの。元気が出たし、草むしりも頑張らないとね」
俺は畑作業で手が汚れていたので、涙を拭う事も出来ずに、頷いた。
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