第43話 少し、まったりと

「其方、やはり、妖精の類いであったか。人にしては綺麗過ぎると思った」


「違います! 吸うとほんのり甘いんですよ、コレ」


 私は早朝、庭園にいた。

 遠征後なので少しまったりと過ごして良いと言われてる。

 とはいえ、朝一で祭壇に飾る花を探しにくる癖がある。


 そこに咲くツツジに似た、ピンク色のイスマアと言うらしいこの世界の花の蜜を吸っていた。

 私の肩の上にいるリナルドが、これ甘くて美味しいよって教えてくれたから。

 そして、その現場を見られてしまった。


 前世で小学生の頃に庭のツツジを吸っていたのを思い出したのだ。

 懐かしくてつい。


 殿下が花に手を伸ばすといつもの側近が声をかけて来た。


「殿下」

「花の蜜なぞ其方が毒見で吸ったら無くなる、大丈夫だ、目の前で摘むのだ、誰も毒など仕込めない」


 そう言ってプチッと花を手折って口元へ。


「……なるほど、ほんのり甘い」

「子供は花の蜜を吸ったり草食べたりするんですよ、少年らしい事が出来て良かったですね」


 本当は川で一緒に沢蟹獲ったりもさせてあげたかった。


 でもスカートをたくし上げたら叫ばれてしまうから断念して野菜を冷やすのだけやってみた。


「良かった……? そうか、良かったのか……」

「普通の子供の場合ですけどね、こういうのも少年時代の思い出にあってもいいと思うんです」


 殿下の側近が一瞬眩しい物を見たかのように目を細めた。

 青春が眩し過ぎたか、すまない側近さん。


 私は赤く鮮やかな丸いお花の百日草を、祭壇のお供え用に摘んだ。


「それも吸うのか?」

「これはお供え用です。吸いません」

「そうか」

「殿下、ではまた、朝食の時間に」


 私は花を抱えて自室に戻る事にした。


「ああ、また後でな」

 

 殿下はそこに佇んで私の背中を見送っていた。

 城内に戻らないのかな? 


 自室にて花を飾ってお祈りしてから、部屋で眠る弟の寝顔をこっそりと見る為に廊下に出た。

 寝顔も可愛いのでね、癒し。


 城の窓から庭園を見やると、殿下がお父様と並んで剣の鍛錬をしていた。

 なるほど、体を鍛えてらしたのね。

 今朝の料理は料理長に指示を出してあるから、私は出来るのを待つだけ。



 * * *


 私は昼食後にサロンで作業をする事にした。

 お父様は書類仕事で執務室。


「お嬢様、新しいレースで何を作られているのですか?」

「付け襟よ」

「付け襟?」


「襟だけでも綺麗なレースで飾ると雰囲気変わるし、華やかになるし、

 服一着買い替えるより付け襟二種買う方が嬉しい人もいるかもしれないし」


「セレスティアナ、新しい服を買う金が無いなら俺が贈るが」


 サロンでお茶を飲みながら興味深げに作業を見ていた殿下が言う。


「そういう事ではなくて、オシャレですよ、首元だけアレンジしたい時に有用」

「……そういう物か?」 そうです。


「あまり新しい服が買えない下級貴族か平民向けなんですか?」

「アレンジが好きな人でも、新しい服一着がなかなか買えない人でも、まあ何でもいいのよ。

欲しい人が買えばいい」


 私は出来上がった付け襟を持って立ち上がり、それを差し出して言う。


「アリーシャ、エプロンを外してこの襟を付けてみて?」

「は、はい」


 アリーシャは素直にエプロンを外して襟を付けた。


 すると、何という事でしょう、シンプルなお仕着せが上品で格調高いワンピースに。


「おお、良い所の子女の服に見えるな」

「本当に随分高級な服に見えますね」


 殿下と殿下の側近も感心してる。


「ちょっと鏡を見て来ても良いですか?」


 アリーシャがソワッとした感じでそう言うので「良いわよ」と許可を出した。

 すると足早に部屋を出て行った。

 このお部屋にも鏡があれば良かったわね。でも良い鏡って高級品なのよね、この世界。


「す! 素敵でした!」


 息を弾ませてアリーシャが付け襟の感想をくれた。

 よし、成功。


 そして殿下がやおら話を切り出した。


「ところで、冬の魔物減らしの狩りの件だが」

「はい」

「狩りの時のドレス、衣装はそのまま俺から贈られるのと、支度金を貰って自分の所で作るのは、どちらが良いのだ?」


「自分でデザインして作りたいですし、針子に頼むにしろ自領の者に仕事をあげたいので、支度金をいただけるなら、そちらの方が嬉しいですね」


 私は正直に言った。バカ正直過ぎるかもしれない。


「なら支度金を用意しよう」

「あ、でも布は王都で買いますね」王都にもお金落とすわ。

「そうか、王都なら、一緒に買いに行くか?」


「え、いえ、そんなお手間をおかけする訳には」

「他の令嬢も来るのだ、一流店の生地を買おう」

「え、平民用の市場の物ではダメですか」


 まだ成長期の子供なのでサイズアウトしたらもったいないという貧乏性。


「王子の連れとしての参加ですので、セレスティアナ様」


 殿下の側近さんが口を挟んで来た。


「ああ、そういう事でしたね。どさくさに紛れて自分も狩りしたいとか考えて、破れてもあまり惜しくない、動きやすい服を考えていました」

「しれっと男の見せ場を奪おうとするのはやめてくれ。令嬢は山には入らず、麓で自分の前に獲物を積み上げられるのを待てば良いのだ」


「まあ、女王様かお姫様のようですね」


 私の元に貢ぎ物を持ってらっしゃい! 的な。


「それで良い、暖かくして待っていてくれ」

「テントですか? 建物内部ですか?」


「あの山の麓にはちゃんとした宿泊場所がある。

でも獲物を持って来るのは、広場のテント前の土の上だ」


「連れの男性が獲物を持って帰還する時に山にて色付きの煙り玉が上げられます。

それを見たら建物から出てテントのある広場でお迎えして下さい」


 側近さんが教えてくれた。


「ああ、勿論制限時間は有ります」


 と、付け足して。


「煙玉、狼煙の色の組み合わせで相手が分かる。俺は王家を表す紫と……青と白の三色だ」

 

 王家の色と自分の瞳と髪色だろうか、髪の銀色狼煙が無理だから白って所かな。


「分かりました。

狼煙が上がるまでは、建物内の暖炉の前でぬくぬくしてて良いのですね」


 私も狩りしたかったけど。


「そういう事だ。

ちなみに連れの男性以外からも人気が有る令嬢は獲物を貰えるので、より多くの貢ぎ物を貰った者には国から褒賞が与えられる」


「え、獲物を狩った男性側でなくて?」


 何その女側のぼろ儲け仕様。


「男性側にも、勿論より多く、もしくは凄い獲物を狩った者には褒賞が貰える」


 まあ寒い冬にわざわざ山に入って、魔物狩れって言うからにはご褒美がないとね。


「ちなみに男性が何も狩れずに手ぶらだったら、どうなるのですか?」

「……レディーに謝罪する」


 ふっ。 ちょっと笑えた。


「私は珍しい物でも構いませんよ。

調味料になりそうな物や、綺麗な花が咲く苗木とか、綺麗な小石とか」


「俺はちゃんと狩って来るぞ、何かしら」

「ふふ。無理はしないで下さいね」

「さては信じてないな?」


 クスクスと笑ってる私に向かって、不服そうに言う殿下。


「そんな事はありませんよ」

「連れは、同行者はいても良いし、力も借りて良いのだ。

探索魔法を使える者を連れて、魔物がどこに居るか教えて貰うから、必ず狩るぞ」


「頑張って下さいませ」


 本当に参加賞の小石でも構わないのですよ。


 殿下は勢いをつけてぐいっと手元のアイスティーを飲み干し、胸を張った。


「もちろんだ」


 さて、浄化ツアーはまだ秋にも有るんだけど、また遠出になるならお食事は何にしようか?

 などと考えながら、私は縫い物を続けた。

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