第39話 嵐の中の灯火

 去年くらいに私はオタクで絵を描くのも好きだったので絵の具を作った。


 乾くと耐水性になるアクリル絵の具っぽい絵の具。


 魔法はイメージが大事だと言うので、乾いた後なら水かけても流れない強い絵の具をイメージして、顔彩などを変質させて作った。


 板に絵を描いて乾かしてから水をかけてみたら無事だったから成功とみなした。


 台風の夜は自室で一人で凄い風音を聞いて寝るのもなあって思ってサロンに移動した。

 外は風の音でゴウゴウいってるし、叩き付けるような雨も降っている。


 粗末な家に住んでいる人は家が壊れないか心配しているのでは無いだろうか。

 ライリーの城は堅牢な石造りだから大丈夫だろうけど。


 メイドのアリーシャに未使用の蝋燭を数本持って来て貰った。

 今からこれに火を灯すのでは無い。

 これに絵を描く。


 蝋燭に花模様などを描いていたら、まだ早い時間で寝れ無かったのか

 殿下が側近を一人だけ付けてサロンに来た。

 側近はぺこりと軽く挨拶をした。


「こんばんは、お二人共」

「ああ、こんばんは」



 少し照れたように殿下が挨拶を返した。


 ふと、私が机の上に広げて作業している物に目を止めた。

 私の手元の物をよく見ようと近づいて来る。



「何故火を付けたら溶けてしまう蝋燭に絵を描くのだ。綺麗なのにもったいないではないか」

「これは御守りなので良いのです」


「溶けて消える物が御守り?」


 殿下は納得がいかないという顔をしてる。



「溶けてしまう時に最大の効力が発揮する様に祈りを込めて描いているんです」

「其方はハンカチで御守り効果のある刺繍が出来るのに、何故無駄な事を」


「無駄ではないです、これも文化だと思って下さい」

「……文化と言っても、蝋燭では使えば燃え尽きるだろうに」

「消えるものを大切な人の為に惜しげもなく使う所にロマンを感じませんか?」


「んー?」



 殿下は何か想像をしつつ、作業テーブルから離れてソファに腰掛けた。

「せっかく綺麗なのに」と、まだ惜しいと思っているのかぶつぶつ言ってる。


 アリーシャが無言で冷えたいちご水を殿下の前にあるテーブルに二つ置いた。側近の分もある。

 木苺のジュースは深い紅色をして、甘い香りがする。



 私の分は絵を描いているので邪魔にならないよう、少し離れた小さいテーブルの上に置かれていて、グラスは汗をかいている。


「それ、どなたかへの贈り物ですか?」



 殿下の傍らに立つ側近がいちご水のグラスを一口飲んでから、殿下の目の前に戻しつつ聞いて来た。



「来年あたりは、畑の収穫がまともになって、収穫祭とか出来るかもしれないので、お祭りで売れないかなって」

「そんな贅沢な蝋燭を祭りで売るとして、いくらぐらいで売るのだ?」



 殿下が毒見済みのいちご水を飲み、少し寛いだ感じで問うて来た。



「銅貨3枚くらいでしょうか?」

「絵と祈り込みの物が銅貨3枚!? せめて銀貨では無いのか!?」


「お祭りですし、平民にも買える値段にしませんと」

「はー、お祭りですか、なるほど」 


 側近さんは納得したようだ。


「こういう急な嵐の夜や、大事な人が漁とか狩りに行った時に、家で待つ時に不安を少しでも減らせるよう、こういう御守りがあってもいいかと」


 そう言いながら絵付けをする私。


「漁や狩りに行く者が自分で持って行っても良いですね、船が転覆しないようにとか怪我が無いようにとか」



 側近さんが新しいいちご水のグラスを手にしてそう語った。



「そうね、もちろん待つ人ではなくて、本人が持って行っても良いわ」

「それは、俺も買えるのか? 今は城内ゆえ部屋に戻らないと金はないが」


 殿下が欲しがった。


 外はゴウゴウと風が唸り、嵐だと言うのに城内は思いの外穏やかな夜だ。



「殿下には立派な護衛騎士様も付いておられますのに」

「それはそれ、これはこれだ」

「差し上げますよ」


 珍しい物コレクターか何かかな? 私はくすりと笑った。


「いや、買おう、そんなに綺麗なんだ……」


 殿下は目を細めて蝋燭を見てる。


「誰かの為に使う予定が?」


 私は微笑みつつ、聞いてみた。


「それは……分からないが、もしかしたら使うかもしれん」


「蝋燭の灯りと祈りって相性良さそうでは無いですか?」

「そう言われると……」


 殿下は頭上を見上げた。


 私は「灯篭流し」を思い浮かべたけれど、殿下が何を思い描いているのかは分からない。


「お嬢様、朝には嵐もおさまるかもしれませんし、そろそろお休みになっては?」



 沈黙して見守っていたアリーシャが声をかけて来た。


 私は五本の蝋燭に絵を描き終わった所だった。


 最初に色を入れた蝋燭はもう乾いていたので、私はそれを殿下に手渡しながら言った。


「そうね、そろそろ寝ましょう。 殿下も、おやすみなさい」


「ああ、おやすみ、セレスティアナ。晩餐の煮込みハンバーグも美味しかったぞ」


 殿下は蝋燭を一本受け取って、おやすみの挨拶と、夕食のハンバーグの評価と、ついでに明日の朝に蝋燭の代金は払うと律儀に言った。


 差し上げると言ったのに……。

 この人もやはり大概課金勢だな、などと思った。


 

 * * *


 夜が明ける前には嵐は去った。

 私は浄化の為に領地の畑へ行くので早朝に城外に出た。

 本日は女騎士のような衣装をわざわざ用意してそれを着ている。パンツルック。


 土の香りがする。 雨上がりの後なので濃厚。


 石畳の上から踏み出す先の土部分を見ると足元がぬかるんで靴が汚れそうだなと思ったら、

 お父様が片腕で軽々と私を縦抱っこの形で抱えて、竜騎士様の所へ運んでくれた。


 さあ、朝焼けの中、飛び立とうか。

 私は上を見上げて竜騎士様の手を取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る