第37話 王城のサロンにて

 〜ギルバート視点〜


 尊いものを見た。


 奇跡でしか無かった、荒れた大地が草海原で青々として、風を受けてそよいでいる。


 セレスティアナの歌で、瘴気が浄化された。

 風魔法で遠くまで声が届くよう、支援はしたが、俺のやった事等、どれ程の事もない。

 彼女の偉業に比べたら。


 ただ、あの奇跡の瞬間に立ち会えたのは僥倖と言える。


 二回目の奇跡の夜にライリーの城で寛いでいたら

 父上から一旦戻れと連絡があった。


 仕方ないので朝を待って、俺はある物を持ってセレスティアナに会いに行く。

 早朝は大抵畑か庭園にいるとここのメイドから聞いていた。


 彼女は町娘か村娘のようなエプロン付きワンピースという服装。

 エプロンが白くて、ワンピースの色は焦げ茶色だ。


 鶏を引き連れて庭のハーブを摘んでいる。

 愛らしい。 悪い貴族なら連れ去る可愛いらしさだ。

 何しろ平民みたいな服を着ている。

 ここが彼女の城の城壁内で良かった。


「おはようセレスティアナ、記録の宝珠の複製を頼めるか? こちらの宝珠をくっつければ可能なのだが」


「おはようございます、って、ええ!? コピー!? 

いえ、複製出来るんですか!? ど、どうぞ」



 慌てながらもそう言って、いつの間にか首から下げていたのか、エプロンに隠れていた紐付きの宝珠を取り出した。


「ああ」


 そう言って俺はこつんと、軽く宝珠同士をくっ付けた。



「あ、申し訳ありません、殿下の姿ももちろん記録しておりますが、お父様の映像が多いかと、私が、その」


 セレスティアナは照れながらも言い訳を始めた。


「問題ない、ドラゴンスレイヤーは城の者達にも人気だ」


「父上から一旦戻れと言われたから、少し王城に戻って来る。

次回の歌を拡散する時までには戻りたいとは思ってる」


「え、そんな、十分に力を貸して頂きました。こちらの事はお気になさらず! 王城でゆっくりして下さい」


 ……早く帰って欲しいのか? 


「俺としてはライリーに早く戻りたいが、迷惑か?」

 俺は美しい新緑の瞳をじっと見つめた。


「いいえ、そんな事は、でも殿下にもやる事がお有りでしょう?勉強とか」

「……母君に其方のダンスの練習に付き合って欲しいと言われてる、俺の方もダンスの練習はどの道しなければならない」


「ええ!? お母様ったら、いつの間にそんな事を」


「身長が合う方が都合が良いだろう、そんな訳で約束もあるからまた来る」

「は、はい」



 やや呆然とした顔をしているが、了承してくれた。

 ……今はまだこんなものだろう。

 


 * * * 


 帰還の時間に転移陣の前にセレスティアナが駆けつけてくれた。


「お土産です!」

「中身はなんだ?」箱を受け取りつつ俺は問うた。

「ただのチーズケーキです、お茶の時間にでもどうぞ!」

「ありがとう、食べるのが楽しみだ」



 彼女がくれる食べ物は全部美味いからな。

 側近が俺の代わりにケーキを受け取った。


 俺は冷気を纏うイチイの杖を右手に持ったまま、転移陣で軽く左手を振った。

 既に立派な贈り物は貰っていたのだが…親切だな。

 転移陣が眩く輝き始めた。



 * * *


「陛下、戻りました」

「ギルバートか、戻った所で悪いが、直近にある祝い事、パーティーのエスコートについて話がある」


 王城のサロンには父上や一番上の兄上、つまり第一王子と姉上、そして宰相も同席していた。


 二番目の兄上は他国へ留学中、正妃たる母上は夏は暑くて怠いと言って自分の部屋で休んでいる。


「シエンナ姫の誕生パーティーがございます」


 姉上の誕生日か。

 宰相が父王に進言する。

 姉上がニコリと笑ってから優雅に紅茶を飲む。


「パーティーは嫌いです」


 俺は行きたくない。


「そう言うな、ライリーの令嬢のエスコートを出来る好機だぞ」

「姉上の誕生日パーティーとなれば、姉上が主役のはずでしょう。

何故まだ社交界デビューもしてない幼いライリーの令嬢が出るのです」


「こちらから招待状を送るからだ」


 父王、強引だな。


「物見高い人が多いですね、ですが、姉上の誕生会でライリーの令嬢の方が、居並ぶ貴族の令息達の視線を集めてしまったら、どうなります?姉上は傷ついてしまうのでは?」


「そんなに!?」



 姉上は驚いた顔をしている。

 王宮の薔薇とも称されて整った容姿をしているし、自信もあったのだろう、無理も無いが。


 姉上は華やかで鮮やかな赤い髪が赤い薔薇のようだとよく言われている自分の髪をじっと見て

 思案顔になった。


「うちの姫も、十分美しいと思うが」


 父上の見通しが甘い。


「相手は可愛くてもまだ8歳の子供でしょう? 私は15歳よ」


 姉上は年齢が上なだけで呑気だな。それは確かにスタイルは現状は上かもしれないが。


 兄上がここで初めて口を開いた。


「父上達が贈った記録の宝珠にも、かの令嬢の姿が入っているのだろう? 見れば分かるのでは?」


 もっともだ、事実が映っている。兄上が珍しく女に興味を持ってるような所が気がかりだが、既に公爵令嬢という婚約者がいる。

 ……大丈夫だと思いたい。


 よし、では見てみようではないかと、父王が言うので急いで

 記録の照射準備が行われ、大きく白い布が目の前の壁に設置されて、映し出された。

 最初に映ったのはライリーに産まれた待望の愛らしい男子のウィルバート。


 そして母親である美しすぎる領主夫人のシルヴィア。

 更に領主である、ジークムンド、精悍な顔立ちのこれまた大層な男前だ。


 ライリーの城の中から場所が変わる。

 魔の森へ出発前の居並ぶ騎士や俺や、辺境伯。


 そして魔の森の中。


 森魚を見た時に父親と共に記録した時の彼女の姿が映っている。


 清らかな光を集めて編んだ糸のような美しいプラチナブロンドの髪。

 吸い込まれそうな神秘的な光を宿す、新緑の瞳。長い睫毛。透き通るような白い肌。

 愛らしいさくらんぼのような色の唇に、守ってあげたくなるような細く華奢な手足。


 生ける宝石のように美しい少女、セレスティアナの姿。


「「天使…………?」」声を揃えて皆同じような感想だ。

 

 俺もプラチナブロンドの彼女を見て、やはりそう思ったものだ。

「うーん、これは確かに、私が野盗や山賊の類なら攫うわ、可愛すぎる」

「ひ、姫様……」



 いくらなんでもと宰相が姉上の物言いに苦言を呈する。



「まあ私は賊じゃ無いから攫わないけど、確かに誕生パーティーなどでは主役を…彼女は食いかねないわね」

「いやはや、ここまでとは……」



 兄上も父王も驚いている。


「ギルバートが私の誕生パーティーで私が無駄に傷つかないよう心配してくれるのにも驚いたけれど、……先に正直に言ってくれてありがとう」



 姉上に礼を言われた。



「礼を言われる事でもありません、私は自分がパーティーが嫌いなので」



 なるべく彼女を大勢の貴族の前に晒したくも無い。


「でもいずれは出ないといけないわよ」

「出てもどうせ踊り子風情の息子がと、陰口を言われるだけです」



 俺は正直に言った。


「其方の母親が側室となるのを拒んで自由を選んだのだ」

「知っています、父上を責めている訳ではありません、最後まで自由であり続けようとして、運悪く旅芸人一座の営業先、他国で起こった内乱に巻き込まれて死んだのが我が実母です」



 ただのどうしようもない事実だ。


「陰口を言う者は処罰するから正直に言え」


 父王はそう言うが……


「何の後ろ盾もない私の為にやたらと貴族の敵を作るのは得策ではありません」

 俺は現状どうにも立場が弱い、肩書きだけの王子だ。


「…………だが、其方は水と風、二つも加護を賜った優秀な我が息子だ」

 精霊の加護が二つあってもな、というのが俺の認識だ。


「まあ、とにかくセレスティアナ嬢が得難い存在なのは分かる。 

瘴気を祓えるのだし、なるべく仲良くした方が良い」



 兄上が重い空気を変える為に話の矛先を修正した。


「ああ、そうだ、歌の奇跡の記録もあるんだろう」


 父上もその話に乗った。

 程なくして、セレスティアナが歌を歌い、奇跡が起こる。それを目の当たりにする一同。


 ────絶句。


 しばし無言の時が響く。

 天使のようなセレスティアナの歌声は城内にそこそこ響いた。


「……いや、やはり仲良くしてなんとか縁を深めたいものだ」



 ────父王がそう言うのも、無理からぬ事だと思った。

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