第36話 課題

 竜に乗れると分かっていたら、女騎士風衣装でも作っておきたかった。


 でもそんな服は無いので白いフリルのノースリーブのブラウスと短パンで竜に乗る事に。


 流石にスカートは無理でしょと思ったので。

 竜騎士様から自己紹介で名前を聞いた。 ジェイク様と言うらしい。


 夕空を翼の大きな緑色のワイバーン、竜の背に乗せて貰って飛ぶ。

 私は抱えらえるように竜騎士様の手前で落ちないように支えられ、リナルドは私の胸元でひしっとしがみついている。


 オレンジ色の空が雄大でとても綺麗。

 風も心地が良い。

 竜に乗るお父様の背中を追いかけて飛ぶ……。 殿下も竜騎士と同乗してる。


 今日も私は記録の宝珠を持って来ている。

 あらかじめ大事な宝珠を落とさないように球体を結ぶ時用のロープワークで縛って来た。

 宝珠の紐は手首と繋がっている。

 宝珠を握りしめてしっかりと見た。


 夕空を竜に乗って飛ぶお父様を……。かっこよくて美しい風景……。

 今回は留守番のお母様にも後で見せて差し上げなくては。


 現地に着いたら先触れ効果か、農民のギャラリーもけっこういた。


 遊牧民のゲルのような天幕まで用意されていて、神官や巫女が揃い、

 「お召し替え下さい」と言う。

 え、わざわざ着替えるの?

 仕方ないので私はお父様に記録の宝珠を預けて着替えに向かった。


 まあ今日はもう夕方なので一件やって終わりの予定だけど、これ毎回着替えるの?

 ちょっと面倒だけど演出にも拘りたいのかな。

 白い衣装を渡された。 儀式用といった雰囲気。裾も袖も長い。


 でも私もお母様みたいな美女に儀式をやってもらうなら、このような白い衣装で格調高くして拘りたいかもしれない。


 仕方ない。


 着替えて畑の前に立つ、風魔法の使い手も支援の為、待機している。

 5歳の時に会った加護の儀式で見た騎士の子も二人来ていた。

 そういえば、二人ほど、風の精霊の加護を賜っていたね。


 前回同様リナルドがベルのような形の花を振ると幻想的な妖精の奏でる伴奏が流れる。


 深く息を吸い込んで、言祝ぎを紡ぐ。

 奏でられる妖精の伴奏に乗せて、祝福の歌は今回も奇跡を呼んで、瘴気を消して、瑞々しい植物が育つ。

 夕陽に照らされる草海原も出現する。


 歌が終わると観衆が感動で泣いている。

 大地に膝を突いて私相手に聖者を崇めるようにするのは止めて欲しい。


 私は歌の仕事も終わり、せっかく竜騎士様がいるので、話かけた。


「あの、ジェイク様、折り入ってお願いが……」


 私はもじもじして言った。

 ギルバート殿下が側で怪訝な顔をして見てるけど、気にしない。


「何か? 私で出来る事なら何なりと」


「大変、言いにくい事なんですが、たまにお手紙とか、書いてもいいでしょうか?」

「私にですか? もちろんどうぞ」



 ジェイクさんはニッコリと笑って下さった、気さくな雰囲気の方で良かった。


「は!?」


 殿下が声を上げたが、気にしない、気にしてはいけない。

 あ、お父様まで何事かと寄って来てしまった。……言いにくい。



「実は、たまにお願いするかもしれなくて」

「竜に乗りたいのですか?」

「もちろん竜にも乗りたいのですが、あの、耳を貸していただけますか?」



 内緒話の為に背の高い騎士様は屈んで耳を傾けてくれた。


 私は小声で耳元で話しかける、顔も赤くなっていて、まるで恋の告白にでも見えたかもしれない。

 お父様も怪訝な顔でこっちを見てる。



「は? おしっこ?」


 ああ〜っ! 声に出してはっきり言われた! 恥ずかしい!

 もう内緒話の意味が無い……。


「こ、これからライリーの畑の作物が充実したら、獣害が増えると思うのです。

ワイバーンは竜種ですので、そんじょそこらの猪とかより強いでしょう?」


「それはもちろん、そうですね」


「動物はその、おし……っ、お、黄金水とかで、あ、ワイバーンのソレの色は私、存じ上げないのですが、動物とかは縄張りをあれで主張するじゃないですか」


「はあー、なるほど」

「狼のお小水とかを布にかけて臭いで畑の獣避けをする方法が有るのですが、竜の方が強いと……思って……」

「斬新な発想ですね、竜のお小水を獣避けに使いたいだなんて、初めて言われました」



 それはそうかもね。


「お願いできますか?」


 おしっこワードには、流石に私でも赤面せざるを得ない。

 だが、領民の作物を守りたい。仕方ない。



「はい、ですが、畑に寄った時にさせれば良いのですか?」

「そうですね、出来れば畑の四方を囲むように、部分的にで良いので結界のように。

アレを壺に入れて集めて貰おうかとも思ったんですが、

誰がそれ管理するのか、どこで保存するのかと言う、問題がありまして……

あ、今回は獣害の前に収穫が出来るはずですから、実際にお願いするのは次回以降になると思います」



 ああ、そう言う事か。と、殿下とお父様が会話を聞いて納得してるようだ。



「うちの城には転移陣も有り、出張費用も支払うゆえ、手紙が、連絡が届いたら竜と一緒に来ていただけるだろうか、実りの時期あたりに」



 急にお父様が足早に近寄って来て会話に入って来た。



「はい、お任せ下さい」

「頼んだ、大きい畑持ちの農民にも話を通しておく」



 お父様と竜騎士様が契約を結んだのでほっとした。



「突然何を言い出すのかと思ったぞ」


 殿下の顔もやや赤い。


「仕方がないのです、せっかく実った作物が動物などに収穫目前で先に食べられたらガッカリするでしょう」

「それはそうだな」

「じゃあ、私は着替えて来ますね」



 そう言って、ぞろぞろと長くて白い衣装の裾を掴んで天幕へ移動した。



 * * * * * *



 一方王都、王城内。


 広々とした豪奢な謁見の間。 壁面には見事なレリーフが刻まれている。


「ライリーの令嬢は聖女でも無いのに、そんな奇跡を起こしていると言うのか、結局何者なのだ」


 貫禄の有る王者然とした男が玉座に座って前方で膝を折っている聖職者に言葉をかける。

 玉座の傍らには宰相と護衛騎士が控えている。


「聖下に遠見で霊視していただきましたが、聖女では無いけれど……精霊どころか、その上の、大地の女神と月の女神の祝福を得ている存在との事です」


「なん……だと、神の祝福を」


 王は目を見開いた。


「それでどうして聖女では無いのだ?」


「性質が違うというか、例えば神も聖女も信じない愚かな者が聖女に小石などをぶつけて来たら、聖女は魔物でも無い人間相手には反撃しません、慈悲と憐憫で、哀れな者を許してしまうでしょう。

ですが、かの令嬢であれば、怒らせなければ基本的に優しい方ですが、自分の大事に思う者に石を投げられたり、傷を付けられたら、報復をする可能性が有るとの事です」


「なるほど、そこは誇り高く貴族的だな」


「月の女神は愛と美を司る神ですが、弓、狩猟の得意な女神とも言われ、勇ましく、その神の祝福を受けている分、そういう気質もあると思われます」


「ふむ、流石にドラゴンスレイヤーの娘よの」


「ライリーの令嬢は大事にしていれば国にとって恩恵は有るとの事です」

「祭り上げればいいのか?」


「そういうのを好む性格の方でも無いようです、しかし、他国に嫁がれたりすると我が国の損失になりうるらしく、是非国内で婚姻をさせるべきかと」


「余がライリーの領主なら領地から出さず婿を取るな。瘴気を払える逸材だ、是が非でも手元に置いておきたい。

うちの第三王子のギルバートはかのセレスティアナ嬢に夢中のようだが、はたして、令嬢の心を射止める事が出来るのか……」



 王は自らの立派な白い髭を撫でて考えを巡らせた。


「陛下、王命で王子殿下と婚約をさせてみては如何でしょうか?」


 宰相がここで初めて口を挟んだ。


「王命でゴリ押ししてはライリーの領主のジークムンドの怒りを買うかもしれぬ。

あちらも娘と同じように逸材なのだ、あの魔の森や隣国から国を守ってくれる勇士だ、しかも娘を溺愛していると聞く」


「確かにライリーの領主には既に重荷を背負わせている分、国に愛娘まで差し出せとは言いにくい事ではございますね」



 宰相も渋い顔をして語った。


 この国の王は慎重だった。

 普段温厚な人物程、怒らせてはならないと言うのは多くの者が知る話である。

 しかも国の要所を任せている相手だ。


「令嬢は得難い存在ですから教会にお迎えしたい所ですが、無理ですか……」


 神官は意気消沈として言った。


「事は慎重に当たらねばならぬ。

差し当たって他の貴族の令息に持っていかれないよう、パーティーなどのエスコート役は息子ギルバートにさせて貰うよう招待状等は早めに送るか。

王子妃として嫁にくれと直接言われるよりは聞いて貰えるだろう」



 ライリーの領主たる父親のジークムンドも逸材だった為、差し当たって彼の地の平穏は守られた。


 これよりギルバートのセレスティアナ攻略が目下の課題となるのである。

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